9章-(11)末期の悲鳴も昼餉となる
「……あれ、なに、これ……」
ぼんやりとした表情で、マオが、初めて言葉を話す。
自分の右手の機械手甲を見つめ、数回、手甲の指で握り、開く。
「…………ま、いっか」
呟き、彼女はヒューリックさんやシャムナさん、セイへと近づくゾンビの一体へ素早く近づき――
ザンッ!
巨大な手甲で素早くゾンビを引き裂いた。
鉤爪のような手甲の指はゾンビの肉を柔らかいパンケーキの如く簡単に、気軽に裂断。
なおも蠢く上半身。しかしマオは道ばたの蟻を踏みつけるように、容赦なく、冷酷に、機械手甲の拳で叩き潰した。
……なんだあの武器は? あの金属の球が変形してできたものなのだろうが、明らかに質量がおかしい。
あの金属球がどれだけ複雑に変形しようとも……マオ自身が抱えきれないほど巨大化した機械手甲を再現するには、明らかに量が、質量が足りない。
マオの意思によって増大した……増殖、増大する金属、機械といえば……まさか、ナノマシン……?
「クソッ! 死に損ない共が寄るんじゃねえッ!!」
声は、あのヴェルグのものだ。
「フラフラ歩くだけの魔獣以下の死体共! お前らに殺られるほど俺は! 異端審問旅団は甘くはない! 俺を食えるならやって……!?」
殺到するゾンビ達を難なく斬り捨てるヴェルグの、剣が止まる。
「……はははっ! これはこれは我らが頼れる隊長殿! ピンチの時に颯爽と現れる! 流石ですなあ!」
焦りの表情を見せるヴェルグの前に、身長2m以上の筋骨隆々で、全身に鎧甲冑を着込んだ大柄のゾンビが現れた。
「WWWWRRRRRRUUUU!!」
「ははあ? ご自身が死んじまったことをご存じでない? 空気の読めなさは相変わらずですなあ!
……俺はお前達とは袂を分かった! 死体ごときが未練がましく寄って来るんじゃあねえよ!」
ヴェルグは力強い踏み込みから、疾風のごとき剣の一閃を巨躯のゾンビへ放つ!
……だが。
「な……!?」
「UUUUUUURRRRRRRRRWWW……!!」
巨躯のゾンビはヴェルグの一撃を己の肉で受け切った。己の腹の肉と、剣で斬り裂かれた両手で絡みつくように……ヴェルグの剣を肉と骨で受けきった。
「……自己犠牲精神ってか? そんな状態になってようやく? ……ナメやがって!!」
剣が刺さったまま巨躯のゾンビへ、ヴェルグが回し蹴りを放つ。
その剣は、右から左へ振り抜かれ、ゾンビの左腹部の肉で受け止められた状態で刺さっていた。
ヴェルグはその剣へ、左から右への回し蹴りを放った。
剣の柄は回し蹴りを受け、左から右への反時計回りに回転。
つまり――ゾンビの腹部に残っていた左半分の肉も斬り裂くように、切れ味鋭いヴェルグの剣は回転。隊長と呼ばれたゾンビは胴を真っ二つに裂かれ、動けなくなった。
「……ざまあみろ。これまで俺達の命を虫けら同然に扱った末路だ……!?」
ヴェルグは恐怖に一瞬身をすくませた。
「うううゥうゥゥウウオ……!」
「ええええェえええぇぇェェ!」
「イイイ……いぃイイィィ……」
彼の周囲に、鎧を着込んだゾンビ、異端審問旅団のかつての仲間達が殺到していたからだ。
「ははは……なんだよ怒ってんのか? そんな姿にされたのをよ? まあ待てよ。実はまだ人の意識とか残ってんだろ? 俺がこんな事を起こした本当の理由を知りたくないか? 聞きたいだろ? ……あのな?」
ヴェルグはゾンビ達へ両手を広げて牽制しつつ、必死に説得を試みていた。
説得しつつ……ゆっくりと“隊長”とやらの下腹部へ……隊長の腰に差している剣へ、右手を伸ばす。
だが。
「がああああぁぁあァァっ!?」
その一瞬の隙を突き、背後から鎧を着たゾンビが、ヴェルグの左肩に噛みついた!
「クソッ!! よくもテメエ、カイディ!! 魔人の村を襲う度に“こんな仕事辞めたい”だの泣き言ほざいてやがったゴミが! いつもいつもこの俺の足引っ張りやがって!!」
ヴェルグが隊長の剣を奪い、カイディとか言われたゾンビの首を刎ねた。
しかし。
「うォオァアアァアアッッ!?」
その隙を逃さず、甲冑姿のゾンビ達……ヴェルグの仲間達は、次々と彼の体に牙を、爪を立て、彼の体を斬り裂き、食らいついてゆく……
「ァ……て、転生者、さん……」
ヴェルグと、目が合った。
「助け……」
……無理だ。
助けようにも、もはや奴自身もゾンビの感染者となった。
加えて、俺はゾンビ達から守らなければならない人がいる。セイ、シャムナさん……ヒューリックさんも……
「助けて……誰か……たすけ――!」
それ以降、ヴェルグの言葉は凄まじい断末魔へと置き換わった。
「嫌だ……生きたまま喰われるなんて最後は――あああァァあァアアアっッ!!」
因果応報。
ヴェルグは、落ちた蝶が蟻に食い尽くされるように――体はバラバラに解体され、悲鳴すら飲み込まれ。
死体の洪水に翻弄されるがまま、喰われ、削がれ、みるみる間に食い尽くされ貪り果てていった……
人間からただの肉塊へと変わる彼の様子を、俺はじっと、冷静に見届けた。
殺人への興奮、そういう感情じゃない。それ以外の……知的好奇心が勝っていた気がする。
……どこからが人間で、どこからが、ただの肉なのだろうか……
奴の言った通り、俺もまた狂っているのだろう。
冷たい喜びと、諦め。それらを感じる自分自身へのおぞましさ……
俺はこの時、心底自分自身を嫌った。
だが……それすら嘲笑うかの如く、現実は歪み狂っていた。
「お、オ……オオ、ォ、お……」
「ヒュール……!?」
ヒューリックさんは、顎が外れる寸前まで口を開き、苦鳴を漏らし、やがてピタリと動きを止める。
ゆっくりとこちらを見据える眼は――灰色に濁り、まるで死したゾンビ達と同じく――
「嘘……ヒュール、やめて、冗談だって……言って……」
「AAAARRRGGGGGGGHH!!」
「ヒュール……!!」
牙を剥き、シャムナさんへ襲いかかるヒューリック。
俺は。
…………時間魔法を使用。
二人の間に割り込み、
ヒューリックさんの胴を……斧で斬り飛ばした。
……こうするしかなかった。
シャムナさんやセイを守るには、彼を……!
その時。
血を吐き、俺の右側面を飛ぶヒューリックさんが、一瞬、呟いた。
「――ありがとう」
確かに、そう言った。
まさか。
彼は自我が――自分が完全にゾンビになる前に、わざと俺に殺されるために……!?
「ヒュールっ!!」
悲痛なシャムナさんの声。
同時に。
凄まじい速度で、マオが機械手甲による突きを俺に繰り出した!
――チィっっ!!
とっさに斧で攻撃を防ぎ、俺は吹っ飛ばされつつも両足でブレーキングし、臨戦態勢を取る。
「…………」
無言で俺とシャムナさんの間に立つマオ。
どうやら、俺をヒューリックさんを殺した敵として見ているようだ。
しかも。
「「「AAAAAAAAAGGGGGGHHHHH!!」」」
背後ではゾンビ達が鬱陶しく包囲している状況。
ゾンビに加え、こいつも相手にしなけりゃならないのか……この、得体の知れない転生者を……!




