9章-(10)守り立つマオ
――何だとっ!?
「違うね。隊やこの村を滅ぼした裏切り者はお前さ」
「なにが違うものか!! 隊から抜けたいと僕が言った時、お前はなんと言った!? なんとか隊長を説き伏せ、この村だけは守ってやると言ったはずだぞ!? この後に及んでくだらん嘘を――!」
「いいや。裏切り者はお前だ。いずれそういう筋書きになる」
「お前……!」
シャムナさんが声に怒りを滲ませる。
しかしヴェルグはそれでも飄々とした調子を崩さない。
「見てみろよ、この有様を。隊は全滅。村人も死に絶え……ヒューリック。お前さんもじきに奴らの仲間入りだ。つまり真実を知るものは全て消える。どうせくたばるんだ、俺の罪ごと抱えて死んでくれてもいいだろ?」
……どうやら、ヒューリックさんの語ったことが真実らしい。己の部隊へゾンビをけしかけ、壊滅させたのは他ならぬヴェルグ。
だが……
「貴様……なにが目的で……何のために……!」
「何のため? お前さんと同じさ、ヒューリック」
「な……」
「隊を抜けたかったのはお前さんだけじゃなかったのさ……兵士としての生き方を捨て、人としてまともな生き方をしたかったんだ」
唖然としたように沈黙するヒューリックさんをよそに、ヴェルグは部隊を裏切った理由について楽しげに語る。
「殺し合いなんざまともな人間のやることじゃあねえ。いつ自分が殺られるかわからない恐怖と常に向き合い、自分から死地に飛び込むなんてなあ……オマケに相手は“人間”だ。『これは魔人だ。モンスターだ』と自分に言い聞かせても、実際に剣を交えると分かっちまう。相手が俺達と同じ心を持った人間だってな」
「…………」
「隊の連中は狂っていた。同じ人間と分かっていながら、間違った事をしていると自覚していながら……考えることを“放棄”していたのさ。
恐怖や罪悪感を忘れるために、戦いを“作業”と同じと捉えていた。畑を耕すために鋤を振う感覚で人を斬る。作物を荒らし逃げ回るネズミを捕らえる気持ちで人を殺す。本国からの命令を疑いもせず、何の感情すら抱かず、機織りのように鍛冶のように無心で人を殺し続けていた。
……戦ってのは、その行為自体が狂っている。歪んでいる。もしそこに身を置く人間の心が正しければ、歪んだ現実と心が一致せず、精神に激烈な負荷がかかる。放置すれば心が死ぬ。
だから狂う。自分自身の心を歪んだ現実と一致させるため、心を生かすために自ら心を歪ませ、狂うのさ……残念なのは、俺の心は正常そのものだったってことだ」
ヴェルグは笑う……歪んだ笑み。まるで狂ったような……
「俺は隊の連中とは違う! 命令のままに戦に身を投じるってのは、絞首台へ続く列へ自ら並ぶのと同じだ。やってられねえ! だが隊を抜けるのは簡単じゃあない。裏切りはすなわち死だ。ならよう……死んでもらうしかねえだろう? 隊の連中にはよう?」
「……それが隊をゾンビに襲わせた理由だと……? 隊を抜けたいなら他に方法はあったはずだ!」
「いいや無いね。あの時、あのタイミングしかなかった。俺の罪をなすりつけられる、お前という裏切り者を見つけた瞬間しかな」
「貴様っ!?」
「お前さんから隊を抜ける話を聞いたときは、思わず神様に感謝したぜ。
隊もろとも村を潰し、お前さんの命もいただけば、もはや俺の後を追える奴は一人もいない。全員死んでもらった後は、お前さんの反乱でこうなったという証拠を残す。そうすりゃお国の捜査も打ち切られるだろう……後は奪った村のお宝で金を作り、悠々自適な隠居生活を楽しませてもらうぜ」
「……仲間だったのだろう? 金のために、自由のために、簡単に……」
シャムナさんの言葉に、ヴェルグは鼻で嗤ってみせる。
「仲間ァ? 違うね。命令に従うだけで現状に何の疑問も抱かない……そんな奴らは生きているとも言えない。まさにそこのゾンビと同じだ。死んでいるとも、生きているとも言えない死に損ないだ。ゾンビと仲間になった覚えはねえよ……なあ、ゾンビになりかけのヒューリック君?」
――お前が一番狂ってるよ。
俺が吐き捨てると、ヴェルグは歪んだ笑みを俺へと向ける。
「手厳しいねえ転生者さん。俺のどこがイカレてるってんだ? いいか? 俺は冷静だ。いつでも周囲の状況を観察し、どうすれば俺にとって利益になるのかを考えている。思考を放棄して国の道具に成り下がる連中よりもよっぽどまともだろうよ?」
――周囲の状況はわかっていても自分自身のことはわからないらしいな。狂っている奴ほど己を正常と言ってはばからない……お前は、狂っている。
「……その言葉、そっくりアンタに返すぜ。笑いながらゾンビ共を狩っていたアンタにな」
…………
「なんてな、冗談だよ。だが状況はシリアスだ。アンタは目の前のお客さんの相手をしなきゃなるまい?」
「「「AAAARRRRGGGGGGH!!」」」
じりじりと、しかし確実に、元兵士のゾンビ達が俺へと距離を詰めてくる。
確かに奴の言う通り、もはや会話をしている余裕は俺にはない。
だが……!
「さあて、転生者さんがお仕事に入ったことだし、俺も仕事を済ませるとするか」
ヴェルグが腰の剣を抜き、ヒューリックさんとシャムナさんへとゆっくり近づく。
「お宝を得られなかったのは残念だが、ここいらが潮時だ。二人まとめてあの世へ行ってもらう。仮に転生者達が生き残ったとしても、こいつらの言うことを真に受ける奴はこの世界にほとんどいない。お前らさえ消えちまえば俺は晴れて自由の身ってことだ」
「お前は……許さん……!」
シャムナさんが立ち上がり、臨戦態勢を取る。
「はは、やる気かお嬢さん? ……俺がアンタみたいな魔人を何人、何十人斬ってきたと思ってる? ちょいと武術をかじってる小娘が、10年修羅場をくぐってきた俺と渡り合えると思うんじゃねえよ……!」
「やめろ、シャムナ! 君だけは僕が……!!」
その時、背後から強烈な熱気。
おそらく魔法だ。視界の端で、紅蓮の炎で形作られた弓矢を引き絞るヒューリックさんの姿を見た。
「おうおう。流石の魔術の腕だ。その炎の弓の支援があったからこそ、“エリドゥスの谷”の戦いでも有利に立てた……何度もその弓には助けられた。だからよう……」
「……!? が、あああ……!!」
不意に、背中から感じた熱気が消失。
嘲るように、ヴェルグが口を開く。
「“魔法はどれだけ集中できたかが物を言う”。誰かさんの受け売りだったなあ? ゾンビ化が進んでいる状況じゃあ魔力の集中もおぼつかない。お前さんの弓と俺はよっぽど相性がいいらしいな。いつでも俺を助けてくれる……」
「が、ああ……! クソ、お前だけは、オマエだケ、ハ……!」
「そろそろ限界だなヒューリック? いいぜ? 俺が引導を渡してやる。人のまま死ねることをこの俺に感謝しな」
あの野郎……!
今すぐヴェルグとヒューリックさんの間に入り、ヴェルグを殺す事も考えた。
しかし……目の前に迫るゾンビ連中がそれを許さない。
ゾンビ達がいつ来ても迎え撃てるように、〈機先〉を用いたアタックプランをここまで練り上げてきた。ここで予定外の動きをすると……ここまで練り上げた〈機先〉が無駄になり、ゾンビ共に後れを取る可能性がある!
「……やってみろ!」
「やる気かお嬢さん? なら殺ってやろう。すぐにヒューリックもあの世へ送る。二人仲良くあの世で添い遂げな」
「……やめ、ろ。シャムナ――止めろ……! キミは生キるんだ……この村……ジャオウルの民としテ……その文化を志を……未来へ、受け、継がせエる、た、ために……!」
「ヒュール……!」
「今ここにない未来のためだと? 欺瞞だな! 未来の行き先は過去で決まる! つまりだ!! 積み重ねた過去がゴミ同然なら未来もまた然り! 裏切り者がほざくんじゃねえよ! お前の未来は、お前の過去が許しはしねえんだよ……!」
剣を抜き、シャムナさんとヒューリックさんへと向かうヴェルグ。
止めようと思った。だが、もう既に目の前に、ゾンビ達が迫っている状況だ!
魔法を……己の時間を早める魔法を……だがその魔法は急激に体力を消耗する! 使えばまともにゾンビ達と戦うことができなくなる!
魔法は使うべきでない……自分自身の命を危うくする……!
……自分の保身のために行動する。だがそれではあのヴェルグと同じだ。それだけは避けたい。だが……!
「「「GRRRRRRRRRAAAHH!!」」」
今は……目の前で迫り来るゾンビ達を相手にするしかない……のか。
なす術なく……ヒューリックさんとシャムナさんの断末魔を、背後で聞くしかないというのか……!
その時。
「……なんだ、お嬢ちゃん? まさかこの俺と対峙してるつもりか?」
視界の端で、鮮やかな緑の髪の少女が、背中の剣を抜いてヴェルグへ必死に対峙している姿が見えた。
――やめろ! セイ!!
「……っ!」
「可愛いなあ。それで脅してるつもりか? ……寝てろ。子供の出る幕じゃねえ」
剣の腹の部分でしたたかに打ち付けられ、セイはなす術なく倒れ、気絶した。
……あの野郎……!
「さあて? これにてショウタイムだ。俺の人生という演目は俺が主役。脇役にはさっさと退場願おうか……!」
剣を構え、シャムナさんとヒューリックさんを殺すべく歩むヴェルグ。
今すぐ奴を倒してしまいたいところだが……ここで俺が動けば、ゾンビ達への対処が遅れる。そうなればセイ、ヒューリックさん、シャムナさん達3人を危険にさらすことになるだろう。
ヘタに動けない……どうすれば……
その時。
「――へ」
ヴェルグが、宙を飛び、そのまま20メートル後方まで投げ飛ばされた。
何が起きた……!?
俺が最小限の動きで背後を見る。
すると。
見えた。
銀色の球体を巨大な機械式手甲に変え――ヒューリックさんとシャムナさんを守るように立つ、マオの姿が。




