9章-(8)感染
俺は斧を一閃させ、周囲360度にいたゾンビ達をブッ散らした!
すると後方のゾンビ達に残骸が当たり、後列の動きが一瞬止まる。
「あと一撃! いけるわよ!!」
わかっている。全て見えている……!
斧のロックを解除。遠心力を生かし、斧の刃を飛ばす。
回転する斧の刃は金切り音を立て、後続のゾンビ達を無残に薙ぎ払った!
血まみれの刃を引き戻し、斧へセット。
周囲を見渡せば……40近い数のゾンビが斬り捨てられていた。
あの一瞬で40体。
最低工数による最大効率……これが数を超える質。〈機先〉……
「感覚はだいたい掴めたみたいね。〈機先〉はどんな戦いにも応用できる戦闘技巧。忘れないようにここでしっかり体に覚えさせなさい」
屋根の上で冷たく笑うマーリカに、俺は無言で頷いた。
「「「GGGRRRRRRUUU!!」」」
なおも数を増やし、俺の周囲を取り囲むゾンビ達。
俺は教わったことを反芻しながら、ゾンビの群れに対応する。
まずは見る。周囲の状況を見る。
ゾンビ達の間を抜け、己の有利な場所へ移動。
「「「RRRRRRRRHHHHAAA!!」」」
背後には壁。ゾンビ達は俺へ目掛け、一直線へ歩いてくる。
だが全てこちらの想定内。敵全体の動きを、“波”を見極める。
“機”を待つ。最大の戦果を得られるその瞬間を待つ。
「「「AAAARRRRGGGGGGH!!」」」
その瞬間を――戦いの“先”を掴む!!
俺は斧を引き、地面に縫い止めていた斧の刃を引き戻した。
引き戻された刃は一直線に俺の元へ飛びながら、直線上に多く集まったゾンビを次々と切り刻む!
ゾンビに当たるたび刃は左右に跳ね、さらに多くのゾンビを巻き込みながら一直線に俺の元へ。
同時に俺は身を低くし、頭上を飛ぶ刃と入れ違いで疾駆。
仲間の残骸が当たり、一瞬動きを止めるゾンビ達の横を抜け、先ほど刻んだゾンビ達の死骸の道を走る。
刃が壁に刺さったのを確認し、俺は残ったゾンビ達の周りを一周するように駆けた。
斧の鎖でゾンビの群れを囲み、捕らえる。後は仕上げだ。
俺は壁に刺さった刃を引き戻した。
すると刃は金切り音を立て、回転しながら俺の移動した後を追う。
斧の刃はゾンビの群れを2周、3周し、ゾンビ達はなす術なく切り倒されるのみだ。
……全体を見る。“波”の動きを見切り、最大戦果の得られる“機”に乗じて叩く。
こちらの攻撃で“波”はどんな動きをするのか。その“先”まで見極め、動く。
それが〈機先〉。
戦場の流れをたった一人で支配してみせる。それほどの戦闘技巧なのだ。
「その調子。んじゃ、ガンガン駆除していこっか!」
遠くで脳天気にはしゃぐマーリカの声をよそに、俺は斧を握り、身構える。
この場にいた奴らは全滅させたが……新手だ。
遠くでヨロヨロと蠢く人影。間違いなくゾンビだ。
だがもはやどれだけ数がいようと問題ない。この村以外へ散らばる前に、ここで完全に滅ぼさねば……
そう思っていた俺の目が、これまでと違った異変を捉えた。
「「「GRRRRRRRRRAAAHH!!」」」
そのゾンビ達は、先ほどの連中とは装備が異なっていた。
紅色の民族衣装ではなく、鉄製の胸当てや兜を被り、右手に剣を握るゾンビ達。
その姿には見覚えがある。
あの兵士風の男、ヴェルグと同じ。
……こいつら、まさかこの村を襲おうとしていた異端狩りの兵士か……?
ならば、あのヴェルグもその一味だった……?
嫌な予感が頭をかすめ、俺はマーリカへと振り返る。
だがその時、俺はありえない奴の姿を見た。
マオだ。
あの記憶喪失をした転生者の少女が、ぼんやりとした様子で銀の球体を抱え、こちらを見ている。
なんだあいつ……ヒューリックさんと一緒に逃げたはずじゃ……?
「…………」
無言でこちらを見るマオ。相変わらずの無の表情だが、その瞳には何か、感情のような色が見えた。
……何か、憧れのものを見るような眼差しで、こちらを見ているような……
いや、今は彼女の変化について考えるのは後回しだ。
俺はすぐに彼女の隣に立つマーリカの元へ移動した。
――これは一体どうなってる? なんでこいつがここに?
「ヘタ打っちゃったんだってさ。ねえ?」
マーリカが視線を上に向ける。見上げると、屋根の上からヒューリックさんとシャムナさん、さらにセイまでも顔を出した。
「すまない……墓地周辺も奴らでいっぱいだ。ここに戻らざるを得なかった……!」
落胆するヒューリックさんの横へ、身軽な動きで人影が降り立つ。ヴェルグだ。
「残念だがこっちもダメだ。数が多すぎてお宝どころじゃねえ」
結局振り出しに戻っちまったか。
まあいいさ。俺がここでゾンビ共を全員片付ければいいだけだ。
俺がゾンビ達へ振り向き、身構えた時――背後でドサリ、と落下音。
「ヒュール!」
シャムナさんの声。見ると、ヒューリックさんが屋根から地面へ落下し倒れ込んでいた。
だが、彼は地面に打ち付けられた痛みよりも、自分の左腕を押さえ、苦しそうにうめいている。
一体何が……そう思った俺の目が、とんでもないものを見た。
血だ。
包帯を巻いた左腕から、おびただしいほどの血が流れている。
まさか――あの傷、ゾンビにやられた傷なのか……!?




