9章-(7)波
――キザシ?
聞き覚えのある単語だ。
クリッター共と戦っている間、彼女がそんなセリフを吐いていたような……
よくわからんが、なんかの必殺技みたいなもんか……?
俺がそう尋ねると、マーリカは馬鹿にするように笑う。
――じゃあそのキザシってのは何なんだよ? もったいぶりやがって。
「ヘソ曲げないでよカワイイなあ……〈機先〉は技じゃない。戦い方だよ」
――戦い方?
「うん。戦いの流れを支配するための戦闘技巧。特に研ぎ澄ませた〈機先〉は、たとえ多対一の状況でも有利に立つことができる……ノロいゾンビ連中は丁度良い練習相手になるんじゃない?」
こうしてマーリカと話している間にも、ゾンビ達は続々と現れる。
数は既に先ほど一掃したゾンビ達を越え、5、60近い人数だ。
徐々に距離を詰められ、俺の心でだんだんと焦りの感情が膨れ上がってくる。
――なんでもいい。早くその技、教えてくれ……!
「技じゃないつってんのに……いい? 〈機先〉を得るには、まず周囲を見ること」
――それならとっくにやっている。
「違う違う。ただ様子を見るんじゃなく、周辺の状況を把握すんの。自分が戦っている地形や敵の数、陣形、後ぞなえの有無、トラップの可能性……それらを見て、確認して、予測して、常に頭の中で地図を広げるようにイメージする」
――それで?
「それで、自分にとって有利に戦える場所を見つけ出すわけ。退路が確保できる場所、背面から奇襲されない場所、遠距離からの弓矢や銃弾が飛んでこない場所とかね……
一対多の状況ならそうね、向こうの路地とかがベターかな? 通路が狭けりゃ囲まれる心配もないし、正面から来る数人を相手にし続けるだけでいいからね」
マーリカのアドバイスを聞き、俺はすぐに行動に移す。
一足飛びで右横の建物の壁を蹴り、三角飛びの要領でゾンビ共の頭上を越え、囲いを脱出。そのまま路地へと突っ走る!
「GGGRRRRRRUUU!!」
立ちはだかるゾンビを斬り上げ、さらに路地から出てきたもう一匹の首を刎ねる! 路地の向こうに敵の姿は無し。ならば……!
「「「GRRRRRRRRRAAAHH!!」」」
振り返ると、こちらの誘いに乗ったゾンビ達が狭い路地へと足を踏み入れようとしていた。
路地は斧を十分振れるだけの幅がある。確かにここならば冷静に戦えそうだ。
「対人戦の場合、有利に戦えそうな場所があったら、トラップ仕掛けられてる可能性が濃厚だから注意しなきゃなんだけどね。まああの連中にそんなオツムないだろうし、今は考えなくてもいいんだけど」
マーリカがいつの間にか路地の塀の上に立ち、淡々と説明を続ける。
彼女はいつも戦闘中に見せる好戦的な笑みを収め、戦略を練る司令官のように冷静な面持ちだった。
「場所を見たら、次は敵を見ること。敵の動きをよく見なさい」
――見ろったって、あんな大勢のゾンビ達一人ひとりの動きを見るなんて無理だろ?
「だからダメなのよ。それがダメ。クリッター共と戦った時もそうだったでしょ? 一匹一匹をしらみつぶしに叩こうとするからどんどん撃ち漏らす。非効率ったらありゃしない」
――ならどうすりゃいいんだよ……!
「敵を“点”として捉えるからダメなのよ。集団を相手にするなら“点”ではなく“面”。前線の兵列は“波”として見ること。OK?」
――面だの波だのよくわからん……!
言っている間に、ゾンビ達がほぼ2~3列になってヨロヨロと俺へ近づいてきた。
斧の重みを遠心力に変え、時計回りに回転。さながらミキサーの刃の如く、ゾンビ達を斬り刻み撹拌!
「それじゃダメ。よく見なさい。“点”ではなく“面”で見る。兵列全体を見ること。
一人ひとりを“点”で見ればランダムな動きをしているように見える。けど“面”で見れば、その動きは一定の“波”のような動きをしていることがわかる……いい? 波を見るの」
――もっとわかるように言えよ!
「つってもこれ以上わかりやすくなんて無理なのよねえ。元々感覚に頼るもんだしさあ……あ、ソウジ、後ろからも来てるわよ。たくさん」
「「「AAAARRRRGGGGGGH!!」」」
――チッ!
俺はマーリカの反対側の塀へ飛び移り、素早く場所を移動する。
先ほどゾンビ連中を爆破した場所へ降り立ち、戦闘に有利な場所を探す。
だが。
「グルゥううゥゥオオ……!」
「オオオォオォォォ……」
「ギキキッギっギ……!」
いつの間にか俺の周囲はゾンビ達に囲まれてしまっていた。
どこ行っても無尽蔵に湧いてくる……有利に戦える場所なんてもうないんじゃねえのか……?
「不利な状況で無理に攻めるのは下策中の下策。戦闘は防御が7割で攻撃が3割。まずは逃げる! そして“機”が巡った時に“先”んじて叩く! まずは逃げなさい!」
建物の屋根からマーリカの声。
俺は彼女の声に従い、ゾンビ達の囲いを縫うように疾走!
「敵を見る! 敵全体の動きを見なさい! 兵列は常に一定の動きをする! それを見極めるの!」
俺は走りながら、彼女に言われたように敵を――敵全体の動きを観察する。
ゾンビ達は理性のある兵士とは違う。本能に任せ、ゆらゆらとおぼつかない足取りでこちらへ襲いかかるだけの獣と同じ。
しかし。
よく見れば、大勢の集団を形成しているため、ゾンビ同士が接触し、一人ひとりの動きが制限されているのがわかる。
個々の動きの制限はやがて一種の統制を生み、それは一律した流れのように……
そう。
“波”だ。
俺は走る足を止めた。
獲物を見つけ、ヨダレを垂らしながらゆっくり俺へとにじり寄るゾンビ達。
俺は一つ深呼吸し、高揚する感情を強制的にクールダウンさせる。
わかる。
敵全体の動きが――“波”が見える。
「「「SSSHHHHHHAAAAAAAARR!!」」」
ゾンビ達が近づく。
だが俺は動かない。
無理に動くのは下策中の下策。防御が7、攻撃が3……
「「「GGWWWWWWWWOOOOOOOHHH!!」」」
ゾンビ達がさらに近づく。
周囲四方を囲まれ、徐々に囲いは狭まってゆく。
だが動かない……まだ動かない。
「そう、“機”を待つ。闇雲に攻撃するのは体力のムダ。まずは待つ。そうすれば見える。最低工数で最大効率を得られる瞬間が。戦いの流れの“先”がわかる……!」
「「「AAAARRRRGGGGGGH!!」」」
ゾンビ達がにじり寄る。ほぼ眼前、手を伸ばせば届きそうな近さまで。
周囲の囲みがさらに狭まり、互いの腕や肩がぶつかり、やがてその動きが統制される。
一律の動き。波。周囲一列が全く同じ動きを見せた、
その瞬間。
――――見えた!!




