9章-(3)ヴェルグという男
「…………」
マオは俺の視線から逃れるように顔を背け――ギュッと、先ほどから大事そうに持っていた銀色の金属球を強く抱きしめた。
――それは?
「わからないんだ。なにもかも」
彼女に代わり、ヒューリックが答える。
「名前以外は何も覚えてなくてね。自分が何者かを知るため、これまで様々な場所を旅してきたようだ。今持っている金属の球や、彼女が乗ってきた奇妙な乗り物も旅の途中で見つけたのかもしれないが……何も語らないからね……」
異世界へ転生した時のショックで記憶を失くした、のだろうか……?
「…………?」
マオが、ふと傍らを見る。
彼女の側で、同じく無口なセイがスカートの裾を軽く引っ張り、じっ、と彼女を見つめる。
無口同士の視線がぶつかり、無言のコミュニケーションが繰り広げられて……いるのか?
だが。
「…………」
ふい、とマオがセイから顔を背け、
「……!」
セイがショックを受けたように悲しい顔をした。
無言のコミュニケーションが無言のまま破綻した瞬間である。たぶん。
「はいはいもう不毛な空気の読み合いはおしまい! んで、一体全体何が起こってるわけ!? この街は!」
マーリカが強引に本題へ戻ると――ヴェルグが口元にニヤリと笑みを湛える。
「何が起きてるのか? 見ての通りのごろうじろだ」
「アホなの? 知りたいのは“現状”じゃなく“原因と過程”なんだけど?」
「残念だ。その辺は空気で察してくれるかと」
「空気読めるのが得意なんだ? んじゃ、アンタのクソみたいな軽口に付き合ってるあたしの空気とか読める? あたしが今アンタをどうしたいかとか?」
「読めるさ。アンタは俺の好みじゃねえし、アンタも俺は趣味じゃない。こんな所かね?」
「その通りだけど、そうならざる“原因と過程”が分からないみたいね……」
――おい。
(大丈夫よ。殺さない。少なくともここではね)
不穏な含みを持たせたまま、マーリカはにこやかにそう答えた。
「原因と過程、か……僕から言えるのは3日前……どこかから、あの動く死体がやってきた。奴に傷つけられた者は例外なく奴と同じ動く死者となる。
たった3日だ。その間にこの村の者達も、遠くで陣を張っていた異端狩りの兵達も残らず動く死体へ成り果てた……」
ヒューリックの言葉に、俺は唖然とした。
――全員? 異端狩りの兵も全て……?
「むしろ、異端狩りの兵達があの動く死体……君達の世界ではゾンビと言ったか? 先にそのゾンビによって壊滅したらしくてね。そしてゾンビとなった連中が今度はこの村に押し寄せ……この惨状というわけだ」
――元凶は異端狩りの連中か。で、なんで連中はあんな状態に?
「それがわかれば苦労もしないだろうね……」
ヒューリックは、落胆するように大きく肩を落とした。
「今分かっていることは、奴らの体液が体に入った瞬間、こちらも奴らの仲間入りするということだ。奴らに噛まれた時に入るツバだけじゃなく、奴らを倒した時の返り血が口や目にに入っただけでもアウトだ。本当に厄介だよ……」
――ゾンビになった連中を治す方法は? 治せる魔法とかあるのか?
俺の問いに、ヒューリックはゆっくりと首を左右に振った。
「死した者を生き返らせる魔法……そんな大魔法を扱えるのは転生者くらいだろう。逆に聞くが、君こそそんな魔法を使えないのか?」
俺は首を振り、ヒューリックはため息を一つ。
「そうか……では、ここから逃げるしかない」
ヒューリックは集落の地図を台の上で広げ、この村から脱出するルートを説明しだす。
「ここから北西の方角へ行けば墓地がある……あのゾンビになる病は生きている者にしか現れず、既に死んでいる者はゾンビにはならない。つまり、元々人のいない北西の方角を目指せば、最短であのゾンビのいないエリアまで逃げ切ることができるはずだ」
なるほど……確かにこの状況だ。一刻も早くここから逃げ出すということは理解できる。しかし……危険を冒してまで、この建物から出る理由は……?
「水や食料もそろそろ尽きる。生きるためには行動するしかない……」
俺が疑問を口にするより早く、ヒューリックは悲壮を顔に浮かべ、そう言った。
「……生きるためには、ねえ?」
ヴェルグが、嘲るような笑みを浮かべる。
「何が言いたい?」
「お前さんの言うことは正しいし間違っちゃあいない。そう言いたかったのさ」
「お前は……よくもそんな事を……!」
「よせよせ。俺とお前だけじゃないんだぜ、ここにいるのは?」
「くっ……」
ヒューリックの視線がシャムナへ向き、彼は口惜しげに口をつぐんだ。
「ヒュール……?」
「なんでもない! 君だけは無事にここから逃がす。安心してくれシャムナ」
焦るようにシャムナへ言い繕うヒューリック。
……なんだ? ヒューリックのヴェルグの二人、なにか人に言えない秘密でも隠してるのか……?
「ともかく、これ以上の籠城ができない以上、僕達はここから離れるため行動する。幸い、君のような転生者とも出会えたしね」
――俺が?
そう尋ねると、ヒューリックは期待を込めた笑みを浮かべて頷いた。
「正直僕とシャムナだけでは不安だったんだ……頼む、一緒に来てくれないか? 君達のような強い転生者と一緒なら、きっとここから全員無事に脱出できるはずだ!」
…………
俺は同じ転生者であるマオへ視線を向ける。
だが彼女は何も聞いていないかのように、金属球を抱えたままぼんやりと自分の足下を見つめ続けるのみ。
……なるほど。戦力には数えられないな。
「ソウジ君、だよね? ど、どうだろうか? 僕達と共に……?」
――俺達の目的は、この集落を襲う異端狩りの連中を打ち倒すことだ。
「えっ?」
ヒューリック、シャムナの二人の瞳が俺へ向く。
「へえ……?」
ヴェルグが小さく、興味をそそられたような声を上げた。
――だがこうなった以上、ここに留まる理由はない。死人しかいない村に用なんざない。
「では……!」
――いや、俺達はあんた達とは共に行かない。
俺がそう言うと、ヒューリックは一瞬愕然とした表情を浮かべ、すぐさま問いただす。
「なぜ!?」
――共に行動すれば奴らを大勢引き連れることになる。無事に逃げ切るには囮が必要だ」
「…………まさか、君は……?」
――あんたら四人は先に逃げればいい。外の連中は俺達がもてなすさ。
俺の提案に真っ先に意義を唱えたのは――マーリカであった。
「はあ!? なんであたし達がこいつらの犠牲にならなきゃなんないわけ!? あたしこの世で一番嫌いな言葉は“タダ働き”なんだけど!?」
――落ち着け。ただ犠牲になるわけじゃない。
「犠牲になろうとしてんじゃん! こいつらがお金持ってるとは思えないんですけど!?」
――ゾンビを一掃すれば、この村でお前の好きな宝探しがし放題なんだが?
「……あー。そ、それは……まあね?」
――すまんが報酬は勝手にもらう。これでどうだ?
俺がヒューリックに尋ねると、彼はゆっくりと頷いた。
「いいさ。僕達以外生きてる者もいない死者の村だ……文字通り“宝の持ち腐れ”になる前に、君達が持って行くといい」
「んー……ちょっとやる気でてきたかな? オッケー、交渉成立ってことで」
金の匂いに口元をほころばせるマーリカ。まさしく現金なやつだ。
だがその時、俺達の案に意義を唱える奴がいた。
ヴェルグだ。
「悪いね。せっかくの話だが、俺はここから逃げるつもりはない」




