9章-(2)ゾンビ村の転生者
「AAAAAAARGH!」
獣のごときうなり声を上げながら、ゾンビのような男はセイへとよろよろ近づいてゆく。
一方、セイは完全に腰を抜かしていた。床を這いずることで精一杯で、あの動きの鈍いゾンビ男からも逃れることができない!
――チッ。
舌打ちと同時に、俺はゾンビ男を思いっきり蹴り飛ばす!
だが……少々力を入れすぎたようで、ゾンビ男を後方へ2、3メートル以上吹き飛ばしてしまった。
ドガシャアアッ!
「何なに!? なんの騒ぎよ!?」
店の売上金の入った袋を小脇に抱え、マーリカが今さら慌てたように現れた。
俺はセイを庇うように立ち、ゾンビ男が吹き飛んだ先を見据え、身構える。
しかして、そいつは再び現れた。
「AAAAAARGH……」
厨房へと続く扉の奥から、現れたゾンビ男。
そいつの姿に、俺達三人は息を呑んだ。
ゾンビ男は、胸と首が木の棒で貫かれた状態で、それでもこちらへヨロヨロと歩いて来たのだ。
……俺が蹴り飛ばした時、ドアの奥に木製の棚か何かがあったのだろう。奴が棚に叩きつけられ、折れた棚の一部が奴の体を貫いたのかも。
だが……なぜ奴は動ける? 見たところ木に貫かれた部位から出血もない。まるで痛みすら感じていないように……
……まるで、本当の死体のように……
「えーっと……ソウジ?」
――一見さんはお断りなんだとよ。出るぞ。
俺はセイを抱きかかえ、マーリカと共に店を出た。
しかし――少しばかり判断が遅かったようだ。
「ぅぅウうううぅ……」
「オオオぉ……ォォオオオオ……」
店から出た俺達の周囲に、あのゾンビ男のような連中が数十人近く、ジリジリとこちらを包囲するように近づいていた。
「AAAAAAARRGGGH!」
背後のドアからも、先ほどのゾンビ男が狂気じみた勢いで扉を叩き続けている。
俺は背後のドアを片足で押さえつけながら思案する。
この状況、どうするべきか……
「考えるまでもないでしょ?」
マーリカが、自身のワンピースの襟元に手を突っ込み、体に巻き付けていた血の滲むムチを取り出してみせる。
「かかってくるなら迎え撃つのみ。当然のことでしょうが」
――おい。
「なに? なんの問題があるってのよ? まさかこんな連中がカワイソーだからとか言わないわよね? あの列車強盗の連中を皆殺しにした時と同じよ? これは正当防衛。アンタの好きな“スジの通った殺し”なのよ?」
…………
人の命はなるべくなら救いたい。
だが、己の命すら危機に晒すというなら話は別だ。
かかってくるならば倒す。殺す気であれば殺す。それはスジの通った殺しだ。
しかしだ。彼らは本当に、“本当に本心から俺達を殺したい”のだろうか?
ゾンビのように、自我を失ったように動く。彼らは本当に俺達の敵といえるのか? 呪いだかウイルスだかは知らないが、自分の意思と関係なく体を動かされているだけでは?
……ゾンビ映画のゾンビは死体だった。だが彼らは映画のように、本当に死者であると断じることができるのか?
……ここは魔法も存在する異世界。このゾンビ連中すら治す魔法も存在するのでは?
ならば、彼らを殺すべき存在と判断するのは早すぎる。
それに…………
「殺さないっていうの? なら、アンタこいつらに殺される覚悟もあるってわけ?」
――そんなものはない。
「こいつらがアンタや……セイに襲いかかってきた時は?」
――蹴り飛ばす。
「……列車強盗団の連中とはずいぶん対応が違うじゃん? なにがアンタの中で引っかかってるわけ? この死体まがいの異常者連中を殺せない理由は?」
…………
応じる言葉もなく、沈黙のみを返すしかない俺の耳に。
遠くからの、声が聞こえた
「こっちだ! 早くこっちへ……!」
二階建ての建物。その窓から、1人の男が両手を振ってこちらへ呼びかけている。
――マーリカ。
「ほいほい。んじゃ一旦おいとましましょっか」
マーリカはニヤニヤと嫌な笑顔を浮かべながら俺の左側へ寄り、腕を俺の首へと回す。
――お前なら一人ででも大丈夫だろ?
「せっかくのシチュエーションだし? たまにはお姫様だっこで守られたりしちゃったりしたいかなーって」
――悪いな、片手がセイで埋まっててな。お前は米俵だっこでいいか?
「抱くっつーか、肩で担ぎ上げるだけでしょうがそれ。つか、おしゃべりしてる時間もなさそうよ?」
「AAAAAAARGH!」
――振り落とされても助けんぞ?
「誰に物言ってるかわかってる? アタシが本気出したらアンタとか瞬殺だってわかってる?」
――なら俺に頼るんじゃねえよ……!
俺は右腕にセイ、左腕にマーリカを抱え、一足飛びに前方の建物の屋根に跳び移った。
魔剣によって増強された身体能力。どうやら俺が怒りの感情に支配されていない状況でも、かなり強化されているようだ。
唐突に得られた身体能力と、それにより受ける激烈な風圧と重力。俺は歯を食いしばりながら耐え、屋根から屋根へとエアホッケーの如く蛇行しながら飛び移る。
下には大勢のゾンビが両手を掲げ、エサをねだる動物園のクマのように俺達を見上げている。
「いいぞ! こっちだ!」
手招きする男がいる建物へ――ようやく俺達はたどり着いた。
◆◆◆
「まだ生きている人間がいるとは……いや、君達は冒険者か?」
俺達を呼んだ男――ヒューリックは訝しむように尋ねた。
――まあそんな所ですね。ここで魔人狩りがあると聞いて来たんですけど……
「敬語はいらないよ。しかし……戦地になるとわかって来た? 君達は……一体何が目的で……?」
――ああ、えっと……
俺が答えに窮していると、近くにいた別の男が下品な笑みを浮かべる。
「冒険者ってんならそういうもんだ。危険な場所ほど自分の腕を確かめられる所はないからなあ……ああ、俺はヴェルグ。そこのヒューリック同様に、運悪く生き残っちまった人間だよ」
腰に剣を提げた兵士風の男、ヴェルグは、そう言ってまた自嘲気味に笑った。
――人間……?
「うん? 外の化け物共を見たんだろ? こうしておしゃべりできるんだ、まさか俺を外の連中と同じには見てないよな?」
――いや、そういう意味じゃなく……やはりあの連中は、人間じゃない……?
「……そう判断せざるを得ない」
赤と金の刺繍が特徴的な、この集落独特の民族衣装を身にまとうヒューリック。彼は衣服に似合わない丸眼鏡を押し上げながら、そう言った。
「彼らに自我はなく、まるで獣のごとき振る舞いで人を襲う。あげくどれだけ傷つけても平然としていて、その体からは血すらほとんど流れない……あれはまるで、まるきり死体だ。信じられない話だが、あいつらは動く死体と言っていい存在だ……!」
……やはり、あいつらは俺達の世界で言うゾンビと同じ存在らしい。
「動く死体って……ネクロマンシーとも違うみたいだけど? 術者がいるの? あれって?」
マーリカが尋ねると、ヒューリックのかわりに、彼の傍らにいた女性が口を開く。
「魔法による屍者操作魔法とは違う……たぶんあれは疫病の類いだと思う」
――あなたは?
「シャムナ。先月、彼と……ヒューリックと婚姻を交わした」
要するにヒューリックの奥さんか。
シャムナはヒューリック同様の民族衣装を着た、170前半くらいの高身長で細身の、モデルのような美貌と体型の女性であった。
衣装のスリットから見える白い足は艶めかしく……しかし剣呑な雰囲気を俺は感じ取った。
……体術には相当の自信があるのだろう。戦闘力でいえば、彼女は夫のヒューリックよりも遙かに高い実力があるように思えた。
ふと。
彼女、シャムナの背後に、何者かが立っているのに気づいた。
――後ろの人は?
「ああ、この子は……いや、そうだな……」
シャムナは顎に手をやり、一瞬何かを考えた後、後ろに隠れていた人物を俺の目の前へ移動させた。
「……君は転生者だな? この子は、君と同じ世界から来たのか?」
シャムナが両肩を掴む、その少女は。
白と濃い褐色のブレザーを身につけ、肩に掛からないくらいのセミロングの髪をした……紛れもない、俺のいた世界出身の、転生者であった。
「名はマオ。オオツカ・マオというそうだ。奇妙な服を着ているから、同じ転生者だと思ったが……予想は当たったようだね」
ヒューリックさんは満足そうにそう言った。
――君は……
「…………」
俺が話しかけても、少女は何も答えず。
俺が見えていないように、足下の自分の影へと視線を落とすのみ。
「……どうもこの子は記憶を無くしているようでね。私達が何を言っても何の反応も示さないんだよ」




