1章-(8)怒りの芽吹き
「死、死なねえェッえっ……転生者の魔法ォオおォおぉ……
俺が! なら刺すぅ!! 直接っ! ブチチっチ殺すしかねえええっっ!」
オグンが仮面の隙間から、何か鋭いものを伸ばす。
舌だ。その先に金属製の太い針のようなものを付けている。
「じゅ、重力三倍! ブっっッっっっ刺っっ死ねええっ!!」
ぽん、とオグンが宙へ跳ねる。
すると次の瞬間、恐ろしい勢いでこちらへ近づいてきた!
こいつ――自分に重力を掛けたのか! 勢いのまま俺を刺し殺すつもりだ!
体は……動く!
俺は素早く身を翻し時計を手に反転する!
「げェええええええェぇェええっ!!」
オグンは標的を失いなおも止まれず壁へと近づく。
そこで、俺の頭に直感がひらめいた。
今なら殺せる。
そんな直感だ。
『だがそれでいいのか? 彼は伯爵とやらに操られているだけだ』
『心の底では俺達とは戦いたくないのでは?』
『話せばわかるんじゃないか?』
『殺す必要はないはずだ。彼とて被害者なのだから』
……そうだな。その通りだ。
俺は自分の心の声に納得し、彼へ攻撃を加えることをやめた。
本心だった。
本当に、本当に攻撃をするつもりはなかった。
なのに――
気がつくと、俺は時計を握ったまま、親指を真下へ向けた。
すると足下に再び時計盤のような魔方陣が現れ、ガチリと鳴る。
すると先ほど俺が停止させた壁にかかる重力が再び発生。
回避した俺ではなく、俺がいた場所にいるオグンに発動。
つまり、オグンは自らに掛けた重力にプラスし先ほど俺に掛けていた重力まで上乗せされた。
その結果――
ドオン!
という轟音とともに、オグンは壁にぶつけられたトマトのように血や臓物を弾けさせて絶命した。
――あ……
自分で自分のやったことが信じられなかった。
……なんで俺がこんな奴に殺されなければならない?
……操られている? 話せばわかる? 被害者? だから何だ?
……被害者だからなんだ? 俺が殺される理由にはならん。
……殺されるくらいなら、殺す。
あの一瞬で、そんな感情が一気に膨れ上がり――気がつけば、行動に移していた。
また……俺は、ここでも、また――
じわり。
瞬間、俺は目の前の光景に目を見開く。
オグンの死体から、じわり、じわり、じわりと黒い影がひとりでに蠢いている。
血のように壁から垂れて地面に筋を描きながら――俺へと近づいている。
やばい。
伯爵の呪い。たしかシュルツさんがそう言っていた。
この黒いのに触れると――今度は俺が取り憑かれるのでは?
すると、そんな俺の考えを察知してか影が一気に俺へと襲いかかってきた!
――くっ!!
慌てて後方へ飛び退いた!
だが一瞬遅れて、首にかけた時計が影に触れてしまった。
その瞬間、影は吸い込まれるように時計の中に入っていった。
……影が全部入った後、俺は恐る恐るチェーンを手に取り時計を観察する。
形や動きは元の時計そのもの。
だが……銀の時計は、なぜがどす黒く染まっていた。
これが何を意味するのか……その時の俺は、なにもわからなかった。
「……〈怒り〉の感情、それがソウジの魔法を発動させるトリガーみたいね……」
ぼんやりとそう語るマーリカ。
重力から解放された彼女へ振り向くと――彼女は奇妙な表情を浮かべていた。
なぜか頬を上気させ、とろけたように目を細める表情。
何か、興奮しているようにも見えるが……?
「ソウジ君……なぜ、彼を……?」
シュルツさんは咎めるのではなく、さりとて悲しむようでもない、乾いたセリフを俺に向ける。
殺すつもりはなかった。
……そう言えば、嘘になる。
俺は、沈黙することしかできなかった。
「……君は正しい。あれは正しく正当防衛でした。
結果は残念でしたが、君が気に病む必要はありません」
シュルツさんの静かな声色に少しだけほっとした部分もある、が……
なぜだ? 少しくらい俺のやった行為を責めてもいいはずだ。
特に彼は、先ほどまでオグンを必死に説得していたはずなのに……異常なほど落ち着き過ぎている。
まるで初めから、オグンを切り捨てるつもりだったように……
「? 何か私に聞きたいことでも……?」
俺は首を横に振る。
そもそもここは異世界。俺の住んでいた世界の常識は通用しない。
単にものの考え方が異なるだけかもしれない。態度こそドライだがそれは本心ではないのかも・・・・・・
「さて、先ほどの戦闘の音で城の兵にここを気づかれた恐れがあります。
君達二人は先へ。私はここでしんがりを務めます」
シュルツさんは、両手の手袋をはめ直しながら広間のドアへと引き返す。
……たった一人で立ち向かう気なのか? 城の兵がどれだけいるかはわからないが、流石に無茶では――
そう言いかけた時、ぽん、と俺の背中に手がかけられる。マーリカだ。
「マーリカ! 彼を頼みましたよ!」
「ほいほーい。んじゃ、行こっかソウジ?」




