プロローグ:1
「ま、待て! なぜだ!?」
腕から血を流す若い男。
かたわらには怯えた表情の女。
二人の正面には――日本刀を握る黒いコートの男がいた。
「なぜだ!? 転生者なんだろ!? 仲間のはずだ! なぜ!?」
「なぜ……?」
くくく、と刀を持つ男が笑う。
「それは俺のセリフだ。なぜお前は戦わない?」
「っ!?」
ゆるり、と男が腰に手をやる。赤い瞳に残虐な笑み。
「せっかく転生したんだぞ? その力、思う存分試してみたいと思わないのか?」
「た、戦いたいならモンスター相手にすればいいでしょ!?」
女の必死な反論も刀の男にはどこ吹く風だ。
「モンスター……ね。飽きちゃったんだよなあ。あんまりにも弱すぎでさあ」
「な……」
「それにさ? 今時モンスター倒して大冒険……とか? 流行じゃないでしょマジで。
やっぱさあ? 対人じゃなきゃ張り合いないし? ゲームったらPVPっしょ? なあ?」
「貴様……ただ楽しむためだけに……!」
「? それが? 転生して得た俺の力を俺が使って何が悪い? 恨むんならチンケな能力しか得なかったお前のガチャ運のなさを恨めよ」
「ぐっ……う!?」
歯がみする男が、ぎょっとした顔をした。
……どうやら、ようやくこちらに気づいたようだ。
「あ……あ……!」
俺を見た女が恐怖に顔を引きつらせた。
そこでようやく刀の男がこちらに振り返った。
やはり標的にしていた男だ。黒崎紫音。このあたりで転生者狩りをしている奴だ。
「ふん……背中に背負った大斧に灰色のマフラー、詰襟の学生服……お前――“ナインズ”の転生者か?」
よく言われる仇名だな。
……〈ナイトオブナインズ〉。だが今や――
「ナイトオブナインズは今や6人。確か3人くたばったんだったな?
あの戦いの後“ナインズ”は全員消息を絶った。が……噂は本当だったみたいだな? 転生者のギルドを潰し回ってるのがそれだっていうのは?」
俺は沈黙を返答の代わりとした。
「へえ、やっぱりお前、全世界にケンカを売ったあの狂人集団“ナインズ”なのか。
なかなか面白そうな相手だが……〈レベル〉がたった26? なんの冗談だ?」
空中で指を振る紫音。スマホのフリップ入力のような動きでこちらのレベルとやらを調べているんだろう。
俺は構わず肩にかけていた斧の鎖を下ろした。
「この世界ではレベルが一つ違うだけで死を分かつ。そうだな……普通のRPGでいうところのレベルが10違うくらいの差だ。わかるよな?
……俺のレベルは64だ。やれやれ、どうやら肩書きだけの三下だったようだな」
俺は構わず両手で斧を握った
全長172cm。鎖が巻き付き車輪状になった刃が特徴の斧だ。
ホイールアックス。〈怒り〉の感情を食む魔剣の一つ。
……ち。
両手で握ると視界の端が陽炎のようにゆらいだ。全身の毛が逆立つ感覚。
体の芯を一瞬灼くゾッとするほど鮮烈な殺意
……問題ない。耐えられる。俺は冷静だ。
「おい……俺の話を聞いているのか?」
紫音がいら立ちを隠さずにそう言った。
「レベルの差を理解できないほど愚かなのは仕方がない。だがそういう風に人の話を無視する態度は正直カチンとくる……俺は気は長くない」
腰に手をやり、紫音は気取った口調でそう語る。
……両目を大きく開け、歯を見せて笑う『俺は狂っているゼ』と言わんばかりの表情。
いちいち腰に手をやり、腰をひねらせながら上から目線で勝ち誇る態度。
なるほど。“そういうキャラ設定”か。お寒い野郎だ。
「ふむ、どうやら今更俺のレベルに気づいたようだな。頭の方は人というより鳥や魚に近いレベル、か。やれやれ、だが俺h」
――能書き垂れて一人でマウント取るのがお前の芸か? さかりのついた犬かよ。
俺がそう吐き捨てると、紫音は顔を真っ赤にし、わなわなと肩を振るわせた。
くだらねえ。本当にマウント取るだけしか能のねえアホみてえだな。
「……斧使い。パワー頼りの脳筋野郎か。お前、勝てるつもりかよ?」
俺は中腰になり、斧を左肩にかけて構える。
「そういえば、“ナインズ”の転生者は時間を操る術を使うんだったか?
使ってみろよ三下。魔力も、スピードも、力も、なにもかも異なるレベルの違いってのを」
――いいから黙れ。黙って死ぬか、死んで黙れ。
紫音から、気取った笑みが消えた。怒りを超えた憎悪の表情。
ようやく本音で語り合える仲になれたか。何よりだ。
「――お前が死ね」
紫音は空中に刀を奔らせる。
すると、剣の軌跡に紅蓮の炎がほとばしる。
半月状の炎の刃がすさまじい速度で飛来!
すぐさま俺は半身で避ける。が、刀から放たれる炎刃は矢継ぎ早に放たれる。
まさしく電光石火。刀身の姿さえ見せぬ鬼人のごとき速度で炎刃の魔法を放ち続ける。
こいつ……このまま遠距離から削り取る気か。
『策を弄する輩には、あえて乗ってやるのが定石。ならば策士はノコノコこちらへ近づく』
ダンウォードのジイサンの言葉が蘇る。どうやらまだ成仏してないらしい。
だが今はその言葉に乗ってやる。
斧の刀身のロックを解除――鎖につながれたホイールアックスの刃が、回転しながら紫音へと飛ぶ。
ニヤリ、と口元に笑みをたたえる紫音。
回転する刃が紫音を引き裂かんとした瞬間――刃は紫音を透過した。
「――残像だ」
ふん。
俺は振り返らず斧の柄を背後に回す。
その刹那、刀は斧の柄にぶつかり一瞬火花が弾けた。
やはり死角の背後か。芸のない奴だ。
「細切れに散れ!【ヴァーミリオンエッジ】!」
技名か。空気抵抗により奴の日本刀が朱色に染まった。
すさまじい速度が残像を産み1000本近い刃が俺へ雪崩かかる。
これは防御できんな。まともに受ければ即死する。
……まともに受けたなら、だが。
「なにっ!?」
俺は背後を巡る斧刃の遠心力に従い上半身をぐるりと反らした。
斧の柄の先には鎖の巻き取り装置がついている。刃を放てば強力な力で刃を戻す。その力を遠心力に換えて利用したのだ。
ヴァーなんとかいう技は当たらない。どんな技を使おうと、剣の当たる範囲にいなければ無意味。
奴の刃圏はすでに見切っていた……どうもこんなことばかりうまくなってるな俺は。
「ちいっ!」
紫音の舌打ち。同時に斧の刃がぐるりと一周。
迫る斧の鎖を避けるため奴の体勢が崩れた。勝機。
瞬間、“ホイールアックス”が最適なアタックプランをイメージで頭に伝えてきた。
……ムカつくが、同意見だな。