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78歳のおじいさん、異世界で武闘家になる。  作者: 川村鼠
第一章 サンティナリ
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2.ゴブリン三兄弟

「そういえばあんた、コマリは飲める?」

「――?」

ルーナは一旦歩みを止め、肩にかけていたカバンをガサゴソと漁り始めた。

「はい、これ!」

彼女の手に握られているのは小型の容器だった。中には何やら薄緑色の液体が入っている。

――これは飲み物なのだろうか…

「コマリはね、いろいろな種類の薬草を混ぜた薬みたいなもので傷口にかけるか、飲むと効果があるのよ」

「薬ですか…。でも、私はどこも悪くありませんよ」

「何言ってるのよ!あんた顔真っ青よ」

ルーナはそう言ってカバンから手鏡を取り出し、私に向ける。

「…!」

鏡に映った私は頬がこけ、やつれたような顔をしていた。何よりも気になったのが、左頬の十字傷だ。

遠目からでも気づくのではないかと思うぐらいに大きな十字傷は、左目の下から口元付近にかけて大きくついていた。

「――それ、すごい傷ね」

彼女は遠慮がちに左頬の十字傷について触れてきた。

「カシムであんたのことを知っている人がいたらいいわね」

ルーナは私にコマリを渡すと前を向き、歩みを始めた。私は彼女を追うようにゆっくりと歩く。

「ルーナはカシムに住んでいるのですか?」

「そうよ。生まれも育ちもカシム」

そう言うと、彼女は私を横目で確認し、

「まだ憶測でしかないけど、あんたは多分ドリムの生まれよ」

「――ドリム?」

「私はまだ行ったことないんだけどね。ムートの北にある国で、戦闘大国って呼ばれてる所よ」

「――なぜ私がそこの生まれだと思うのですか?」

「まだ子供なのにその体格は明らかに異常よ。生まれた時から鍛えられてきたって感じがするわ」

「…。」

「それにね、カシムにドリム生まれの人がいるんだけど、あんたと体格が少し似ているのよ」

「そう…なのですね…」

もしかしたら記憶が無くなる前の私は戦いに携わってきた人間なのかもしれない。傷もそうだが、私の肉体はまだ子供だとは思えないほどに鍛え上げられており、まさに筋骨隆々といった感じだ。よく自分の体を調べてみると、所々に傷跡があることに気づく。

――戦い、か。

どうやら私は傷つけ合うのはあまり好きではないらしい。以前の私はどうだったかわからないが、もしかしたら誰かを傷つけてきたのではないかと思うと、罪悪感で胸がいっぱいになる。

「なーに暗い顔してんのよ」

ルーナは一旦足を止め、私の顔をまじまじと見つめる。

「す、すいません」

「ってか、いい加減その口調やめたら?」

彼女は腕を組み、眉間にしわを寄せる。

「年も同じくらいなんだから、逆にそういう口調で話されると調子が狂うのよね」

「は、はぁ…」

「分かった、でしょ?」

「分かったよ。ルーナ」

ルーナは満足したらしく、ニコっと微笑んだ。

「さ、行くわよ」

私たちはカシムへ向かい、また歩みを始めた。



「なぁルーナ、カシムへはあとどれくらいで着くんだ」

「そうね~、あともうちょいかしら」

歩き始めてから数分が経過し、陽が落ちてきた。

辺りは薄暗く、少し不気味な雰囲気が漂っている。

「ここら辺は夜になるとクロムが出るから早く行かないとね」

――今、何と言ったんだ?

「クロムって?」

「あぁ、それも知らなかったのね。まぁ一言で表すんだったら、人とは異なる生物って感じかしら」

「――なるほど」

「クロムには人型から獣型、その他にも色々な種類がいて、人間に襲い掛かるやつもいればお手伝いさんみたいに協力してくれる子もいるわよ」

「そうなのか。出来る事なら凶暴なクロムには会いたくないな」

「そうね。さらに言うと人型クロムと人間は会話ができないから和睦が通用しないのよ」

――いくら人間ではないとはいえ、生き物と戦うのは気が引けるものだ。


「――あれがカシムよ」

遠目からだが、大きな建物が立ち並ぶ街が見える。もう少し歩けば着きそうな距離だ。

「カシムに着いたら、私の家に来なさい。食事を振舞ってあげるわ」

「料理できるのか?」

「失礼ね。こう見えて料理は得意分野よ」

軽い冗談を混ぜつつ、私たちはまた歩みを始めた。

――その時だった。

シュパァン!という心地よい音と共に何かが私の真横を通り過ぎて行った。

その何かは私たちの後ろにある大きな岩に突き刺さっていた。

「――な、何の音?」

ルーナは辺りを警戒し、私の衣服の裾をつかむ。

その何かは「矢」だった。何者かが私に向かって矢を放ったのだ!

「――ルーナ、逃げるぞ!」

私はルーナの手を取り、街に向かって走り始めた。私たちの姿を捕捉されている以上、相手がどこにいるか分からない私たちにとって、確実に不利なのは間違いない。

そこで、私が反射的にした行為は「逃げる」だった。武器もない私たちに勝ち目はない!

「――キエィィィィイッッ!!」

聞いたこともないような鳴き声と共に何かが真正面にある木の陰から襲い掛かってきた!私は咄嗟にルーナの手を放し、彼女を突き飛ばす。

「きゃっ!!」

ルーナの安全を確認したあと、私は襲い掛かってくる脅威に立ち向かう。それはまだ幼い子供のように小さく、怪物のような形相をしていた。

――バキィィッ!!

私は一瞬、目の前が真っ白になった。こん棒のようなもので頭を殴られ、意識を失ってしまうのかとも思った。幸い、鍛え上げられた肉体のおかげか、そこまでには至らなかった。

「グギャァッ…」

――それは無意識だった。この怪物のような何かに殴られた瞬間、私は反射的にこいつの顔を自らの拳で殴っていた。なぜなら今、こいつの口元からはたくさんの唾液のようなものと血液が混じった液体が流れ出ている。その液体が、私の握られている拳にも付着していたからだ。

「はぁ…はぁ…」

息切れが収まったきたところで、私は怪物のような何かに対し、戦闘態勢をとる。


「兄貴ぃ、大丈夫か~」


――な、なんだこいつは。

先ほど私のことを殴ったこいつと顔が瓜二つだが、明らかに違う箇所がある。それは体格だった。

身の丈が私と同等、いやそれ以上かもしれない。パンパンに張った上腕がこいつの強さを表している。

「――来るなって言ったろ、ポポ!」

「だってぇ~」

今、私の目の前では喧嘩が起きている。しかも怪物のだ。

「あっ…」

大きいほうの怪物の背中には弓、腰には矢が装備されていた。先ほど私を矢で襲撃したのはこいつだったのか――。

「――やはり作戦は失敗したな」

木の上から誰かが下りてくる。それは瓜二つとまではいかないが、こいつらと似たような顔をしていた。身の丈は殴ってきたやつと同等で、何やらへんてこな帽子をかぶっている。

「ポポが矢を外したのが悪いだろ!」

「兄貴だって倒せなかったじゃないか~」

「僕の作戦にミスはなかった。悪いのは君たちだ」

――どうやら、私たちを倒そうとして企てた作戦が失敗したらしい。

「それより、どうするんだあいつ」

帽子をかぶった怪物がこちらを見る。私はすかさず態勢を整える。

「キキの会心の一撃を喰らっても倒れなかったやつだ。相当手強いぞ」

「兄貴ぃ~、逃げようよ~」

「うるさいぞ!ポポ!」

――悪い奴らではないらしい。できることなら戦いたくはないが。

「気を付けて、あいつらは人型クロムよ」

私の後方にある岩からルーナが顔を出す。どうやら彼女は私に突き飛ばされた後、岩陰に避難していたらしい。

――いや、待て。確かクロムと人は会話できないのでは?

今、目の前にいるクロムたちの言っていることが私には理解できる。それがなぜかは分からないが、もし和解することができたなら、戦う必要がなくなるのではないだろうか。

そう考えている間にも彼らは武器を構え、じりじりと距離を詰めてくる。


「相手は男一人と女一人だ!やっちまえ!」

三体一斉に襲い掛かってきた。

私にとってそれは賭けでしかなかったが、もはやこれ以外に方法がなかった。

「――ちょっと待つんだ!君たち!」

私は声を張り上げ、クロムたちを制止させようとする。

「――なに!?」

クロムたちは驚いたといった表情を浮かべる。

「なぁ兄貴、今この人話さなかったか?」

「い、いや、気のせいだろ」

クロムたちは明らかに動揺していた。

「残念だが、気のせいではないぞ!私は今君たちに話しかけたんだ」

「――!?」

帽子をかぶったクロムが口をパクパクと動かしている。

「あんた、俺たちと会話できるのか!?」

「おいおい、どうなってんだ!」

三体のクロムたちは武器を下ろし、私の元へ寄ってきた。どうやら私はひとまず賭けに勝利したらしい。

――自分がクロムと会話できる能力を持っているか否かという賭けに。


「正直に話そう!私たちは武器も何も持っていない。君たちの力なら私を倒すことができるだろうが、目的はなんだ?」

まだ動揺している彼らの中から、先ほどから兄貴と呼ばれるクロムが話を始めた。

「――お、俺たちはここを通るやつらを襲って食べ物を盗んでいる。」

続けて、体格の良いクロムも

「悪いとは思ってるけど、おいらたちみたいなゴブリン族は人間から嫌われてるし、こういう方法でしか食っていけないんだ」

と話を続けた。

どうやらこいつらはゴブリンというらしい。やはり悪い奴らではなかったが、話を聞いていると可哀想な気分になってくる。

「いきなり襲い掛かって悪かった。僕たちは食べ物を持っていない人間は襲わないことにしている」

帽子をかぶったゴブリンが私に頭を下げた。

「カシムに向かっているんだろ?止めてすまなかったな」


――私は本当にこのままカシムに向かっていいのだろうか。もしかしたらまた彼らは人間を襲うかもしれないし、なにより放っておけなくなってしまった。

「――君たちが悪い奴らじゃないってことは分かった。でも、私たちが行ったらまた人を襲うんだろう?」

彼らは何も言わず、ひたすら俯いていた。


「――もしよかったら、私に付いてこないか?」

これは同情かもしれないし、単なる優しさから出た言葉かもしれないが、私は勝手に口走っていた。

「今、何て言ったんだ?」

ゴブリンたちは顔を上げ、私に視線を向ける。

「このまま君たちを放っておくわけにはいかないし、クロムと会話できる人間がここにいるんだ。不自由はしないだろ?」

「…。」

帽子をかぶった彼と、おそらくリーダー格であろうゴブリンはまた俯いてしまった。おそらく悩んでいるのだろう。


「お、おいらは行きたい!」

体格の良い彼は目をキラキラと輝かせ、立ち上がった。

「君たちはどうする?」

彼らは顔をあげ、

「大切な弟を置いていけるわけねぇだろ!」

「もちろん僕も付いていきますよ」

と言い放った。


「やはり君たちは兄弟だったんだな」

「そうだ!俺が一番上の兄貴のキキだ!」

キキは持っていたこん棒を振り回し、かっこよくポーズを決めた。

「僕は真ん中のココ。よろしく」

彼は帽子を取ると、一礼してくれた。

「おいらは末っ子のポポだ!」

続けて、体格の良い彼は筋肉をアピールするかのようにポーズをとってくれた。

「キキにココ、そしてポポか!俺はサブローだ。よろしく」

私は彼らと握手を交わす。さらにルーナのことも紹介しようと、先ほどまで彼女がいた岩陰へと向かった。

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