ep5.ヤンキーとの遭遇
私はいきなり声を掛けられ、不躾に顔を覗き込んでくる男の人に動転して思わずみっともない声を上げてしまった。
男はまじまじと私の顔を見つめる。咄嗟の出来事に視線を何処に向ければいいのか分からず目が泳ぐ。
手足が震える。でもそれはびっくりしたからじゃなく、彼が金髪のヤンキーだったから。
私はこれまで何度も嫌がらせやいじめのような事をされてきたけど、それは全て女子によるもので怖い男の人からは声すらかけられなかった。
これは私の経験不足だ。こんな事なら男子からもいじめにあって対処法を身につけるべきだった。
この時の私はなんでも悲観的に卑屈に捉えることがもう癖になっていた。
なんで。屋上は立ち入り禁止だし、誰かが来るなんて思っても見なかった。
フル回転で思考を巡らせ今の状況を頭で整理する。
屋上、ヤンキーが目の前に一人、他に誰も居ない、叫んでみる? いや風の音にかき消されてしまう、例え誰かに聞こえたとしても屋上に来てくれるとは思えない。
考えに考え抜いた結果。私は彼を押し退けて覚束無い足取りで非常階段の方へ走った。
後ろから追いかけてくる気配はない。
3階まで降り空かさず女子トイレに入って鍵を閉める。
安全が確保され安堵するように胸を撫で下ろし、ばくばくと激しく乱れる心拍を深呼吸で整える。
「はぁ〜」
女子トイレの個室。誰も入ってこないという安心感からくるものなのでしょうか。何故だろう、なんだか妙に落ち着いてしまう。
きっと私みたいな人は自然とこの陰湿なにおいに引き寄せられてしまうのだろうか。
それにしてもあの金髪、怖かった〜。
それから私はスパイ映画の如くトイレの外をキョロキョロと確認して存在を殺して教室へ戻った。
金髪が目立って幸いこの日は屋上以外で彼とは顔を合わせることは無かったけれど、進学校のこの学園にもあんな人がいるなんて。
家に帰ると部屋の奥にいたジャンが足元へ擦り寄ってくる。
「はいはい、ご飯だよね。今あげるから」
ジャンと少し戯れて壁に立てかけられたギターを担いだ。
玄関のドアを開けるとちょうど由寿葉が帰ってきてた。
「あれ、おねーちゃん今日も行くの?」
「うん、昨日思いついたフレーズ忘れないうちに試したくて」
すれ違い様由寿葉が「頑張ってねぇ」と柔らかい物腰で言う。
駅へ進める足は重くなったり軽くなった。
昨日の男の子がまた来てたらどうしよう、そんな不安も抱えつつもまた聴きに来てくれるかも、なんていう期待もあった。不安と期待の波が交互に押し寄せる。
昨日、お風呂場で想像した彼の顔が思い浮かぶ。
地下鉄の改札を抜けて、そこで足が止まる。
本当に来てたらどうしよう。また不安の波が私を引きずり込もうとする。
でも他に借りれるスペースもなくやっとの思いで使わせてくれたステージ。
他に使わせてくれるところなんてない。
広場の手前まで行き遠くからステージの方を見る。どうやら昨日の彼は来てなさそうだ。
私はホッと一息ついて小さなステージに上がりギターを取り出す。
歌い出すとこちらを見てくれる人はいるものの足を止めてくれる人は一人もいない。
その中で若いカップルが私を見てクスクス笑っているのに気づく。
なんだか無性に腹が立って声を大きくして彼等の笑い声を搔き消す。
広場の中心に設置された時計を見ると夜の9時を回っていた。
彼は現れなかった。
流石に二日連続で聴きに来てはくれないか。
内心の片隅で少し残念に思った。
「もう遅いしそろそろ帰ろう」
独り言をポツリと呟いてギターをケースにしまう。
「ねぇ、今の歌すげーよかったよ」
突然、後ろから男性に声を掛けられた。
その言葉に聴いてくれていた人が居たんだと、つい嬉しくなって振り返る。
「ありがとうございます」
やった! 何かを達成できた気になって飛び跳ねたくなる心を鎮める。
青い髪をした男と赤い髪をした男の二人組が私にゆったりとした拍手を送る。
歳は大学生くらいに見える、背中にギターケースを背負って見るからにV系のバンドをしていそうな風貌だった。
「ねえねえ、もしよかったらなんだけどどっか別の場所でもう一度聴かせてくれない? 君の歌」
青髪の男がそう言って私に詰め寄る。
「えっ?」
私は後退って距離を保とうとしたが。
「いいじゃん。その代わり俺らも色々教えてあげるから。ね?」
いつの間に! そう思うもすでに遅かった。
赤髪の男が私の後ろに回り込んで私の肩に腕を回してきた。体重を乗せられ身動きが取れない。
どうしよう。途端に恐怖が湧いて出る。何かこの場を切り抜けられる方法は。
「あ、あの………友達と……待ち合わせしてるんで」
ほとほとこんな自分に呆れてしまう。今までただの一人も友達なんて作ろうと思ったこともない自分が最後に縋るのは興味すらなかった"友達"という存在。皮肉だなぁ。
しかし男たちは見抜いていた。いや、見抜かれるべくして見抜かれた。
私の口調や素振りからその言葉が嘘だということが滲み出ていた。
「いいからいいから、早く行くよ」
青髪が力任せに腕を引っ張ってステージから降ろそうとする。
女の私が男の人それに大人二人の力に敵うわけもなくズルズルと引かれていく。
「痛い」
あぁ、もうダメだ。こんな事なら一人くらい友達作っとけばよかった。
この時、私はもう完全に諦めてしまっていた。身体の力が抜け何を考えればいいのかもわからない。
「ああー、やっぱりいた〜」
私達の目の前に立ちはだかったのは昼休み屋上で声を掛けてきた金髪のヤンキーだった。