ep1.新しいクラスに自己紹介
始業式が終わり部活動外生徒の下校チャイムが鳴って俺は下校しようと教科書をリュックに詰めていた時だった。
「晴樹〜この後みんなで自己紹介も兼ねてカラオケ行くらしいんだけど行こーぜ」
同じクラスの東智也がいち早く帰り支度を整えて俺の席まで来た。
俺は少しの間考えた。厳密に言えば考えるフリをした。俺は何か聞かれた時や何か選択肢を与えられた時、いつも考えるように間を取る癖があった。
あまり大人数の集まりは好きじゃないんだけどクラスのみんなって言われるとなんだか強制感があるし。
「うーん、いいよ」
これもいつもの癖だ。結局俺は特に断る理由も無かったら大抵の誘いは受けてしまう。偶にみんなからは「お人好し」とか「普通ちょっと怠いとか思ったら適当に理由つけて断るだろ」とかいって謂れのない非難を浴びている。
一番食らったのはトモに言われた「晴樹はただの優男だからモテねぇんだよ」という一言だった。
俺だってしたくて優男をしているんじゃない。断る理由を考える方が面倒くさいってだけなんだよ。
「え!晴樹も来るの!?」
もう1人、クラスメイトの眞鍋凛が猫のような素早い反応で勢いよく寄ってきた。勢いがあり過ぎて案の定転んだ。ハリウッドスターも顔負けの見事な大の字アクロバット。
その反動で彼女のスカートの中が俺とトモの前で露わになる。
だが、俺たちはそんなラッキースケベに微塵も興奮しない。なぜなら彼女のスカートの下は体操着のハーフパンツだからだ。俺が見下ろしている今の凛には色気のいの字も無かった。
俺はやれやれと思いつつも手を伸ばした。
「なにやってんの?」
凛は俺の手をとり蹌踉めきながらも立ち上がる。
「いやぁ、やっぱ春の床は滑りますなぁ」
「そりゃそうでしょ。春休みにワックス塗りたくってんだから」
「なんだよぉ〜若いおなごのスカートの中見ておいて、少しは顔赤くしたらどぉなの」
「任せて凛ちゃん、しっかりと写メっといたから」
「いや、トモは犯罪の臭いしかしないから今すぐ消して」
「おぉお、やっぱ凛ちゃん俺には辛辣だわぁ。そこに痺れるキュン死するぅ」
みなさんもう薄々お気づきかと思いますが分からない人へお教えしましょう。"トモは変態です"
俺たちが今通っている私立時浜ときはま学園は2年前まで女子校で去年から学長が代わり同時に共学の進学校として新たに開設されたのだ。だから学生のほとんどが女子生徒。三年は言わずもがな全員女子、1期目の男子生徒、つまり俺たち二年の学年では男子は二割しかいない、そして今年やっと共学として認知され始めたのか新入生の男子生徒は四割にまで増えた。
トモがこの学校を選んだ理由は進学校に行き未来を見据えていたから!………ではなく夢だったハーレムを実現させるため。
その理由を聞いた時、俺は心底こいつはダメだと思った。確かに俺も色恋を考えていなかった訳ではない、だが断言する。俺はこいつ程変態ではない!
ちなみに俺たち二年D組の男子生徒は俺とトモだけ。だから俺たちはいつも2人でつるんでる。
「そこのお三方〜早く行くよ〜」
教室の扉から今回カラオケを提案した女子生徒が顔を出す。
カラオケ店に入ると事前に予約がされていたのか団体客用の大部屋に案内された。意外にもクラスメイトほぼ全員が集まった。みんなこういうノリは好きなのかただ成り行きで集まったのかは定かではないが協調性はあるらしい。
俺とトモは出入り口に一番近いソファに座った。
こんな学園に進学して地元の奴らは"ハーレム羨ましい"とか言うけど女の縦社会の実情を目の当たりにした俺は少し女性不信にもなりかけていた。
「お隣しつれーしまーす」
凛が俺とトモの間に割って入る。
凛は俺の、いわゆる幼馴染ってやつなんだけど実際俺たちの関係はそんな仲睦まじいって感じではない。ここら辺は少し複雑なんだ。
「うぅん」
幹事役のさっきの女子がマイクを持った。
「じゃあこれから順に自己紹介をしてもらうわけだけどその際一曲づつ歌ってもらいまーす」
今思えば親睦を深めるのにカラオケという選択は正しいと思う。簡単に自己紹介をして自分が好きな曲を歌う、そうすれば自分がどんな歌手やアイドルが好きなのか端的に伝えることができる。
誰かと何か共通するものがあれば人はすぐに打ち解けられる。こんなことすぐに思いつくのは彼女が普段から人と接し慣れてるからだろう。
1時間ほどして俺にマイクが渡ってきた。
みんなの視線が俺に注がれる。男子が珍しいせいか他の女子の時とは目力が明らかに違った。
でもなぜだろう? トモの時はそこまで興味を示してなかったのに。
「えぇー、蒼葉晴樹です。出身は───」
出身校を言うと女子達が騒めいた。それは俺が超エリート中学出身とかではなく単に凛と同じ出身校だからだ。
騒めく室内で自己紹介を簡単に済ました。歌には興味なく特に好きなアーティストもいないので丁重にお断りした。
それからクラスのみんなはカラオケを時間いっぱい余すことなく楽しんでその間俺はグラスが空いた人のドリンクを入れてくる作業をしていた。
「晴樹って昔から変わんないよぇ」
ドリンクバーの前で凛は自分のグラスを持ってメロンソーダを入れる。
「なにが?」
「なにがってお人好しって言ってんの! 普通みんなの飲み物を入れる役なんて誰もしないでしょ」
確かに凛はそういうタイプじゃないだろうな。
"お人好し"そうかもしれないでも気を遣ってるとか思われたくないし。
「まぁ一番出入りしやすいし。それに俺歌わないから」
と、当たり障りのないことを返した。
「でも凛も結構大変そうだったじゃん」
凛は自己紹介が終わってすぐ複数の女子達に囲まれて色々な質問責めを受けていた。どんな内容だったかはカラオケの音楽に掻き消されて聞こえなかったけど。
「あれはほら、あんたと中学一緒だったから───」
どんどんと声のボリュームが下がっていく。最後の方はただぶつぶつとしか聞こえなかった。
お前は昭和のラジオか!っとは言えないから心で突っ込んだ。
「ごめん、最後の方ノイズがすごくてよく聞こえないんだけど」
凛は顔を少し赤くした。まぁ化粧でもともと赤みがかっているんだけどそれでもおでこや喉元も同じような色になっていた。
「あ〜うっさい!」凛は俺のお尻を軽く蹴り上げた「先戻ってるからね。それと虫除けはしておいてあげるから」
どういう意味だろう? っつかイテーよ蹴り。
俺は鮮やかな飲み物が入ったグラスを五つ両手で挟むようにして部屋へ持っていく。こうして一杯グラスを同時に持っているとなんだかバランスイライラゲームをしている気分になって少し顔の筋肉が張り詰めてしまう。