悪役転生したけど既にゲーム終了してたから好きに生きてみることにした
私は悪役令嬢に転生してしまったらしい。
なぜ悪役令嬢に転生したと思ったのか。それは自分の容姿に見覚えがあったからだ。
前世の友人の一人は乙女ゲームが大好きだった。常に乙女ゲームについて語っていた気がする。
私は乙女ゲームを実際にプレイしたことはなかったが、ラノベでは乙女ゲームを題材にした転生モノを読んだことがあったため、実際のゲームはこんな感じなんだ、と思いながら9割を流して聞いていた。
友人が話してくれた乙女ゲームの内の一つに悪役令嬢の容姿がとても醜いものがあった。その悪役令嬢が現在の私だ。
ラノベの影響か、ヒロインのライバルである悪役令嬢は性格は悪くともハイスペックであるのが普通だと思っていたのでその設定に驚いた。
なんでも、作中の、というか前世の記憶を取り戻す前の私は運動を嫌い、勉強をさぼり、好き勝手に過ごしてきたようでその結果の婚約破棄だ。もう一度言うが私はかなり醜い。そして性格も悪いときた。婚約者様もヒロインに乗り換えて正解だと思うよ。
ちなみに悪役令嬢が言葉を話せるだけの豚だと知ってからの前世の私は、そのゲームの内容について完全にスルーしていたために内容を全く知らない。だから、これまで豚のように生きてきた今世の記憶ならあるがゲームの知識はない。そして、私が憑依ではなく転生だと判断したのは豚に育っていく過程の記憶があるためだ。
そして現在。私は今、断罪イベントが終わって修道院に送られる馬車の中のようだ。
かなり長い時間馬車に揺られているおかげで前世の記憶を思い出してもゆっくりと整理することができた。
窓の外に目を向けると、自然豊かな緑が見える。それにより、王都から随分離れた田舎にあり、とてつもなく厳しいことで有名な辺境の修道院に入れられる事を思い出した。今から憂鬱だ。
修道院までさらに時間がかかるようなのでこれからについて考えてみたのだが、考えるも何も修道院に入れられるということはシナリオから私は退場したのだろう。だからゲームについて特に気にする必要はないはずだ。
とりあえず記憶もあることだし自分のしたことの責任は自分できちんと取ろう。厳しいと有名な修道院でしごかれれば少しは私の根性も鍛えられるだろうか。いや、どうだろう。
そうこうしているうちに馬車が止まった。着いたようだ。
私にはこの修道院を万が一追い出されては行くところがない。気を引き締めなくては、と優雅に見えるよう細心の注意を払いながらゆっくりと馬車を降りる。
「ようこそ。セラフィーナ様」
修道服を着た50代後半くらいの、背筋を伸ばし、白髪混じりの黒髪を1つに纏めたいかにも厳格そうなおばあさんが出迎えてくれた。
おばあさんのその雰囲気に若干呑まれながらも、
「わざわざお出迎えいただきありがとうございます」
とできうる限り丁寧に挨拶した。
あれ、なんか驚かれてる?……王都での私の噂を聞いているのだろうか。
「…では早速ですが、今、この瞬間からあなたは公爵家のセラフィーナ様ではなくただのセラフィーナとなると、理解しなさい。ここでは誰もあなたを特別扱いしません。甘やかしません。そして、私の事はシスターとお呼びなさい。よろしいですね」
聞くだけで何故だか背筋が伸びてしまうような、そんな威厳のある声でこう言われた。
うわー怖っ。怒らせたらやばそう。後ろに黒いものが漂いそう。
「はい。これからよろしくお願いいします」
「ついて来なさい」
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あれから10年がたった。私もアラサーになってしまった。
最初の頃はみんなの視線が冷たくて毎日がしんどかった。
こんな辺境にまで私の噂は広まっていたようで、自分の王都での生活を後悔するどころか一周回ってすごいと思ってしまった程だ。
確かに、これまでと違う生活でただでさえ慣れない上、さらされる冷たい視線にこれまでの自分の行動を後悔した。
しかし随分早い段階で「過去はどうすることもできないよね」と開き直ってしまったのだ。
すぐに開き直るのは私の幼い頃からの癖なのだが、果たして良いのか悪いのか。
今回に関しては、この癖は良い方向に導いてくれたようで、開き直ってからはなぜか周りからの冷たい視線も少なくなった。
後から聞いてみたところ、最初はもともと聞いていた噂からろくでもない奴が来ると思っていたらしい。でも実際に本人を見ると「確かに容姿は醜いけど、よく動くし、よく気が付くし、いつも背筋伸ばしてて、仕草や動作もきれいだし、悪評立てててもやっぱりいいとこのお嬢様なんだなって思ったんだけど、話しかけるなオーラが出てたからさ」と言われた。
話しかけるなオーラ!?なんだそれは…!?
「でも、突然顔も晴れやかになってさ。なんか吹っ切れたのかなと思って声かけたんだ」
そうそう、私に一番初めに声をかけてくれたのはこのリアンなのだ。今では立派な親友だ。
「それにしても本当に変わったよね、セラ」
10年間も規則正しい生活を続けた結果、私は健康になった。
そう、痩せたのだ。
おかげで体が身軽になりあれだけ嫌っていた運動も得意になった。勉強もここではかなり高度なことまで教えてくれるため、一から学び直そうと思って基礎の基礎から勉強し直した。
また、学ぶ意志があるなら、と美術や音楽、服飾、建築、料理、果ては医学まで学ばせてくださった。
なぜ辺境の修道院にこんなにもたくさんのことを学べる環境が整っているのかは謎である。
いつも私や他の修道女が「これについて学びたい」と言うとどこからともなくその分野の最先端にいる教師が連れてこられる。シスターは一体何者なんだろう?
ちなみに初対面でのシスターに対するイメージは当たっていた。やっぱり怖かった。私はあの事件を思い出したくない。
きっと、私を含めた関係者たちの心に一生忘れられないトラウマを植え付けた事だろう。
「だよね。自分でもすっごい痩せたと思う。それに10年も経ったしね」
「いや、それもあるけどそうじゃなくて、可愛くなったよねって言ってるの」
「ふふ。ありがとうね。でもリアンは私の100倍可愛いから!」
リアンはいつも私を褒めてくれる。でもリアンのほうが確実に可愛いと思う。
というか、おぞましいあの姿からのビフォーアフターなんて絶対に見る勇気がない。デブスが多少痩せたとしてもきっとそれだけなのだ。ブスなことに変わりはない。そもそもこの美しすぎるリアン様と比べる事さえおこがましいと思う。リアンは本当に美人だ。それに優しくてかっこいい。内面まで美しいのだ。
「もう。本当にそういうことじゃないのに。セラは一番最近でいつ自分の顔をちゃんと見た?私だってセラのスタートがひどかったことくらい覚えているわよ」
うおっ。かなりひどい言葉を吐かれた。地味に傷ついてるんですけど、リアンさん気付いてますかー。
「うーん。7、8年前かな」
「とりあえず自分の顔を鏡で見てきなさい」
私は無意識に顔を歪めてしまっていたようでそれを見たリアンにため息を吐かれてしまった。
なんだか呆れられているように感じる。
私にだって怖いことくらいあるんだよ、というとさらにため息を吐かれてしまった。解せぬ。
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あれから10年が経った。当時婚約者だったセラフィーナを断罪してから。
あの日の事を後悔しなかった日はない。
彼女は今、辺境の修道院にいる。そしてその噂は遠く離れた王都にまで届いている。
昔は悪評がアンティグノ国全土にまで広まったものだが今では彼女の素晴らしさとともに国王である私と王妃である妻の愚かさが知れ渡っている。
私と妻は10年前、結婚した。
当時の私には婚約者がいたが悪評の絶えない人物だった。醜くわがままで傲慢。自分勝手な婚約者。それに対し、可憐で優しく美しい妻に、時折見せる芯の強さを持つ妻に、私は惹かれた。
婚約者が妻に嫌がらせをしだしたと聞いて私は激怒した。何度もそんなことはやめるようにと婚約者に怒り、説得したが一向にやめる気配がなかった。だから私は断罪した。
邪魔者を排除することがこのアンティグノ国にとっても、周囲の人間にとっても、私たちにとっても、最善だと思ったからだ。
だがその判断は間違いだった。
彼女が去ってから妻の様子がおかしくなった。
あの優しかった妻が怒りっぽくなり、あの美しく可憐だった妻が醜く太っていき、あの我慢強かった妻が愚かなあの元婚約者でも簡単にこなしていた王妃教育に耐えられないと投げ出した。
妻との時間を作ってちゃんと話し合おうとした。しかし、妻が何を思っているのか理解するために時間を作ったはずなのにますます意味が分からなくなった。
妻はゲームをしていたそうだ。だが、そのゲームはもうエンディングを迎えているのにエンドロールが流れる気配がないらしい。
「こんな先があったなんて知らない」「あの女がこんなに学んでいたなんて知らない」「こんなに退屈でつまらない生活は嫌」「毎日毎日疲れるし息が詰まる」「早く電源を切って欲しい」
私は妻になんと声をかければよかったのだろう。
うつろな目をして私には理解できないことをぶつぶつとつぶやく妻が受け入れられなくて、私は逃げた。
あの時に妻を理解しようと努力していれば、現在の夫婦関係はまだましだっただろうか。
妻は今、若くて見目のいい男たちをたくさん侍らしている。肥え太った体で毎晩彼らを抱いているのだろう。王妃としての義務を果たさず、センスのかけらもないただ高価なだけのアクセサリーを身に着けながら、似合わないドレスを着て日々を過ごしている。
アンティグノ国はほぼほぼ崩壊状態だ。
セラフィーナの両親が娘の婚約破棄をきっかけに隣国へ移ったことから崩壊は始まった。
セラフィーナの実家であるアームヴァンヌ家は代々、武官の家柄だった。国内最強と言われたセラフィーナの父、フィンラル一人でも十分に戦争防止の抑止力になる。その上、セラフィーナの母は天才策略家、傾国の美女と名高いセルーナだ。長年、小さな小競り合いを繰り返してきた隣国に一家で移住されればこの国に希望はなかった。ほんの7,8年で、表面上は取り繕っていてもその内実は隣国の属国になった。
アンティグノ国王である私は歴代最低の支持率を誇っており、先見性のない国王だと罵られている。
賢王だと絶大な人気を誇っていた父は愚かな息子を次代の王にしてしまったことが人生唯一の誤りであったなどと言われている。
そこまで国民に言わしめる現在のセラフィーナとは。
美しく謙虚で誰にでも分け隔てなく接する。
論文を発表させればその年の主な賞は総なめ。従来とは違う切り口に研究者たちを驚かせた。
絵を描かせれば彼女の生活する修道院から見える景色を描いた作品のシリーズが大きな注目を浴びた。彼女が描く絵は希少でオークションでは何億、何千万という高値で取引されている。
作曲をさせれば人々を感動させ、彼女の世界観に連れ込まれる。彼女が最も好む楽器はピアノらしく、偶然その音色を耳にした旅人は涙し、すぐさま修道院へ入道したという。
医学について研究させれば彼女一人で医療の発展を50年は早めたと言わしめる功績をあげた。
文を書かせたら自国の過去の王政に対する良い点、悪い点を挙げ、世界各国の政治方法をまとめ、評価した。もし仮に現在自国で抱える問題を彼女が解決するために動くとしたら、という観点から論じられている本はその年のベストセラーになった。彼女の考えを参考にして自国の運営に取り入れた国もあるほどだ。
このように彼女が発表するものはとても斬新で面白い。従来になかったものを各分野にぶん投げてくる。これらのほかにも、服飾、建築、料理などの分野でも大きな成果を発表している。
ここまでくると普通の人間は驕ってしまうだろう。だが、セラフィーナにその様子はない。むしろ年々謙虚になっていく。
そんな彼女に人々は好意を抱き、国王に蔑みの視線を送るのだ。
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「セラ、王都に帰りたいって思わないの?」
リアンから唐突にそう問われたセラフィーナは、すぐさまその呆れた顔を隠すことなく問うてきた本人に晒した。
何を今さら聞いてくるのだろう。この10年の間で王都に帰るチャンスは幾らでもあったのにそれを何度も何度も断ってきたことは知っているだろうに。
「思わないよ」
「でも今、王都ですごい人気でしょ?それに、きっと最先端の研究チームと施設を用意してくれる。好きなことにだけ熱中できる環境はセラにとても合ってると思う」
「私をいろんな分野でいろんな人が称賛してくれているのは知ってるけど、それは飽き性な私がいろんなことに手を出しまくった結果だし、事実、全部が中途半端でしょ?」
「そう思ってるのは多分セラだけだよ」
「うーん。正直、ほんの10年前まで悪評ばかりだった私にいきなりいい噂が付いて回るようになってなんだか微妙な気持ちになるんだよね。確かに昔と今とで変わった部分はあるかもしれないけど私からすると本質はあんまり変わってないのにいきなり手のひら返しされた気分」
それにね、とセラフィーナは言葉を続ける。
「私への称賛は私の才能によるものじゃなくて、前世の記憶によるものだよ。私としては、称賛されたいから記憶を再現してる訳じゃなくて、ああ、こういうのあったなぁ。とか、あの画家さんのタッチに似せて描いてみようかなぁとか、この植物は前世でもあったなぁ。って懐かしんだり楽しんだりしてるだけだから素直に喜べないし複雑なの」
いつもは能天気なセラフィーナのそんな珍しく真面目なトーンに、リアンは真顔になってしまう。
「確かにそうかもしれない。無神経なこと言ってごめん」
「ううん。私こそごめん。それに、私はリアンだから何でも話してるんだよ。リアンじゃなきゃ、こういう愚痴も前世の記憶も、絶対に話せない。
私たちの付き合いもちょうど10年だしこの際だから言うけど、いつもいつもありがとう。リアンに救われた時がたくさんあったよ。
最初に声をかけてくれてありがとう。いつもさりげなくフォローしてくれて、穏やかに笑ってくれてありがとう。行き当たりばったりで色々始めちゃう私に毎回付き合ってくれてありがとう。ほんとにリアンの事大好き。これからも迷惑かけると思うけどよろしくね」
リアンの顔が真っ赤に染まった。こんなリアンの顔、見たことない。可愛い。
「なんでいきなりそんなこと言うの!?しかもすっごい真顔だし!せめて照れながら言ってよ!!」
「あれ、もしかして照れてる?照れてるよね?可愛い!!」
その後、からかい過ぎて怒られてしまったがリアンのあの反応はものすごくうれしかった。あの反応だけでリアンも私の事を大切に思ってるって考えても間違ってないよね?自意識過剰ではないよね?
自意識過剰といえば、リアル王子様からカケラも好かれていないのに好かれていると勘違いしていたという、今思い出しても恥ずかしすぎる脳内で燦々と輝く黒歴史は生涯私を苦しめるであろうトラウマものの単語である。
いくら、前世を思い出す前のほとんど別人格の行動で、しかも既に開き直った過去の出来事だとしてもなかなかに私を苦しめるのだ。
だけど、そんなトラウマものの単語を引っ張り出させて、また自惚れてしまう程に私はリアンの特別だと思えてしまう。少なくとも、そう思えるだけの月日と交流を今回はちゃんと費やしてきたはずだ。
何をしても届かないのに彼に縋るしか出来なかった私はもういないのだ。むしろ友情には友情を、愛には愛を、信頼には信頼を、と、きちんと心を返してくれる大切な人を見つけることが出来た現在の私は誰よりも幸せな人間だろうと確信する。
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後の歴史書ではセラフィーナとリアンは必ずと言っていいほど記されており、二人は多くの分野で多大なる功績を挙げ、歴史上で決して欠かせない人物になっていた。
彼女達は多くの才に恵まれ、多くの者たちから望まれながらも生涯アンディグノ国の辺境にある修道院から籍を外すことはなかった。
二人きりで21か国を回ったとされる旅では、二人の人柄に触れ、二人の美しい容姿に見惚れた人々により新たな信仰まで生まれてしまったようだ。
信仰していない者でも、優しく愛らしいセラフィーナ派、凛々しく美しいリアン派と分けられたり、「セラフィーナ様のような可愛らしい子がタイプ」や「リアン様のようなカッコイイお姉さまに惹かれる」というように理想の二大女性像として親愛の念をもって身近な会話でも名前が飛び交う。
彼女らの旅は絵本にまとめられ全世界で出版された。もはやこの世界に彼女らの名を知らぬ者はいないだろう。
仕事のパートナーとしても、プライベートでの親友としても二人は寄り添い、助け合いながら共に一生を過ごしたようだ。
現在、各国の学校では彼女らのように生涯を共に過ごすことのできる友人を見つけなさいと言われている。