私の愚行について
短めです。
数年経っても彼女は一度も両親の事を聞いてこなかった。
だから私は、ただひたすら嘘を突き通していた。
「君の両親は行方不明なんだ。どこにいるかも生きているかも分からない」
ほんの少しだけ心苦しくて気まずげに顔を上げたら、言葉に詰まってしまった。
ベッドで上半身を起こした彼女は、ただキョトンとして言葉の続きを待っていた。驚くでも、訝るでも無く、ただそうであることを予想していたような顔だったのだ。
「…そうでしたか、すみません、なんと言ったら良いか」
やがて私の視線に気が付いたのか、彼女は淡々とそう言って見せた。医者が教えたのかいつの間にか似合わぬ敬語を使うようになっていて、既に彼女はこの世から逸脱してしまっていたのだ。
「ああいや、良いんだよ。ちょっと教えとこうと思ってね。それだけ」
するとまた、そうでしたか、なんて言いながら笑うのだった。
実を言うと、その時まだ両親は生きていたのだ。力の研究に役に立てるからと言って生かし続けていた。
けれど私はその時に決めた。彼女はもう両親を必要としていない。むしろ今頃現れても混乱させるだけ。彼女の人生に親という要素は無いものとして認識されている。
「君には私がいるからね。安心してくれて良いよ。先生だっている」
「…はい。いつもありがとうございます」
裏の無い笑顔で嬉しそうに笑う彼女は、私にずっと嘘を吐かせた。
彼女が軟禁される理由も、家族を失ったことの意味も、彼女の人生でさえも私は欺き続けた。私はそんな自身の愚かしくもおぞましい思考を何度も繰り返して、欲望のままに彼女の人生を弄び続けていた。
だっていずれ、私の手で殺してしまう予定だったから。
呪いに殺されるより先に私に殺される方が、彼女もきっと報われるだろうなどと碌でもないことを考えていたから。
やがて両親を処分したとき、私はついに目が覚めてしまった。
彼らが死んでいく様を見つめながら、浮かんできたのは彼女の顔では無かった。喜びに歪んだ自身の醜い顔のみだったのだ。
「おはようございます」
翌日ふらりと病室へ足を運んだ私を待っていたのは、なお何も知らずに笑顔を向けてくれる哀れな少女だった。その笑顔を見て、私はすぐに分かった。私の愚行について見抜いていなくとも、この疲れ切った醜い顔には気が付いているだろう事を。顔色を窺うようなその表情を私は初めて見ることになった。
私は結局、彼女で何がしたかったのだろう。
悲しませたかったわけではない。泣かせたかったでもない。笑って欲しかった。喜んで欲しかった。それなのに私は彼女から両親を奪った。身寄りも自由も全て奪ってしまった。だって、それでも彼女は気にした風もなく、ただ私の顔色を窺ってくれただけだったのだ。
それなら私に、これ以上何が出来たというのだろうか。
君から両親を奪ったのは、ただ君を手に入れたかったから。
だって危険だとしても、君の両親は数年間も私の管轄下で生きていられたのだから。
私以外の誰かを君の心に住まわせたくなかっただけだ。私は今更自分が怖くなって、仕事も立場も捨てて逃げ出してしまったのだった。