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嘘つきの神さま。  作者: 紫電
7/11

代償

少しだけ過去の話に

医療費を誰が出しているのか、先生に聞いたのは一度だけだった。

けれど先生は、いつもはぐらかすように会社のお金だとか言っていた。それから私は聞くことを辞めた。私にそれを聞く権利は無い。


呪いは確かに、日に日に私の体を蝕んでいた。

いくら寝ても眠い。どんどん睡眠時間が延びている。このまま眠るように死に至ることを、怖いと思ったことは無かった。でも少しだけ、彼と会える時間が減ることは寂しかった。


「やぁ、おはよう」


いずれすぐ死んでしまう私のために、ただ何もしなくて良い空間を提供されている。

いつからか私はそう考えるようになった。ただ退屈しのぎに彼が来てくれる。私にとってはそれだけで充分な配慮だった。


「今日はどんな話をしようか」


そう毎日彼が来て、話をして帰る。もう何日、何年目になるのだろうか。

途中から日にちを気にするのを辞めた。ちゃんと夜に眠って朝起きていた生活も徐々に変わってきている。眠った時に明るかった外が、起きたときにまた明るいこともある。


「体調はどうだい?」

「いつも通りです」

「それは良かった」


その会話をしたのは何日前だろう。前に会ったのは本当に昨日のことだろうか。


「すぐ、眠たくなってしまって…すみません」

「構わないよ。今はよく眠った方が良い」


彼の目を見ていよいよだと思った。

私に遺された時間は、本当にわずかなのだと。











その内紛の最中、私はようやく彼らを発見した。


彼らはいわゆる“特別な何か”を持っていて、その力はとてつもない脅威だった。放っておけばいずれ国そのものが滅びてしまうかもしれない。事態はそんなに甘くは無くて、彼らを見逃すという選択肢は初めから無かった。


「彼らを捕まえて、それから君はどうする」

「さぁ…その後に考える」


彼らの使う力は、我々を混乱に陥れてなお数ヶ月は逃げ切った。何しろすぐに気付かれてしまう。捕まえた後のことなど後回しで、もはや考えていなかったに等しい。

どちらの勢力にも与していない、それだけが救いだった。だから戦いはそのうち、彼らを捕縛した方が勝利するという方向へ向かっていった。


やがて彼らを捕縛したのは我々で、その脅威から内紛は一時停戦を迎えることになった。

私はその時、生まれて初めてこの世の理不尽を見たような気がした。今までの人生が、大して積み上げていない子どもだったにも関わらず、すべて間違っていたかのようにすら感じたのだ。

あの時の私が、全てを変えた。否。あの時捕縛したうちの一人の幼子に、全てを覆されたのだった。


「親はどうしたんだい?」

「尋問室に放り込んだよ」

「この子を置いてかい?」

「あなた医者でしょ?」


私は育ての親が医者なのを良いことに、その子を彼に放り投げた。脅威になる前に、使える物意外はすぐに処分すべき、そう分かっていたのに、私はまだ言葉も覚えていないような子どもだけを隔離させた。

哀れに思ったわけでは無いのだ。それだけは断言できる。


「親がいなくても生きていける。赤ん坊じゃないんだ」

「そりゃそうだけど…どうするつもりだい」

「金なら私が出す。それでいいでしょう」


まだ何か言いたげな医者を丸め込むように私は言葉を被せた。そう、利用価値がある。私は組織にそう断言して、彼女を拉致して絶対に出られない特別な病室に軟禁した。

すぐ殺すつもりだった親をしばらく放置したのは、ただの気まぐれだった。


それからというもの、私は隙あらばその子どもの様子を見に病室へ足を運んだ。仕事終わりの汚い服装だけはしっかり着替えて、ただの気の良い少年を装った。まるで兄のように見えれば良い、そう思っていた。


「君の、お兄さんだよ」

「おにい、さん」


だどだどしく発音する小さな口を見て、私は奇妙なおままごとに反吐が出そうになった。こんなところで何をしているのか、自身でも分からなくなった。ただ悪を知らない純粋な瞳は私を信じて毎日良い子に過ごしているらしかった。


「ねぇ…ごめん」


小さい声で、私は彼女に囁いた。でも私は、これ以上戦禍を広げたくなかっただけで。

いや違う。彼らを誰かの手に渡したくなかっただけだ。いっそ両親と共に殺してしまおう。それがいい。


「いたい、いたい、なの?」


そう言いながら私の頭に乗った手はあまりにも小さくて頼りなくて。

この子どもを初めて見たときの衝動を思い出した。私はただ、この理不尽な子どもを、何も知らないまま連れ出したかっただけだった。

外の世界なんか見なくていい。私だけを見て育ってくれれば良いのに。


「話があるからちょっと来てくれ」


医者に呼ばれて私は名残惜しく彼女から離れた。彼女は一度も親を呼んだり駄々をこねたりしない不思議な子どもだった。きっと一度でも親を呼んだものなら、すぐにでも引き合わせていただろうに。


「話によると彼らの力には代償が存在する」


それは尋問によってもたらされた情報だった。


「彼らの代償は、あの女の子だよ」

「あの子が…?」

「特に我々から逃げるためにたくさん力を使ってしまったようだから…」


私の背に冷や汗が流れる。


「彼女の寿命だよ」


それは、私の今後の人生を左右するのに充分な衝撃だった。


「どうする気だ?」

「…死ぬまで面倒を見るよ」

「正気か…!?」

「言ったでしょう。お金なら出すって」


私は自分でも信じられないくらい本気だった。かつて誰かのためにここまでしたことなどなかった。ただの道楽だろうか。それとも、哀れな少女を思うが故の罪滅ぼしのつもりだろうか。

ただはっきりしていたのは、彼女の成長していく様を見ていたい。ただそれだけは確かだった。


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