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嘘つきの神さま。  作者: 紫電
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大切なのは

この世界には、理不尽も不幸も数え切れないほどある。

だから私はきっと、まだ恵まれている。


内紛の絶えない国で、それは長年続いていた。決定打も打開策も無くて、ただ長引くだけのそれは、いつしか無くてはならないものになっていた。

お金を稼ぐため、ご飯を食べるため。それだけのために人々は戦い続けた。

そんなとき現れた彼らは、ある人にとっては救世主で、またある人にとっては悪魔のような存在だっただろう。

不思議な力を持っている彼らはすぐに色んな人に狙われた。力を欲する者、それを畏れて葬ろうとする者、様々だった。


彼らはやがて覚悟したことだろう。

誰も追っ手からは逃げられない。持つ者と持たぬ者が相容れることは無い。両者の意見は衝突を避けられない。

そう、戦うことを止めたのだ。

ただ一人、大事な娘だけは生かすことを約束させて、自らを犠牲にすることを選んだ。


彼らの行方はもう知らない。

とうに殺されてしまったのだと聞いた。

彼らにどんな思惑があって、どうして娘を生かそうとしたのか、今になってもその気持ちは分からないままだ。

彼らと共に生きる道もあったのでは無いだろうか。そう考えては、私はなんとも言えないもどかしい気分になる。そんな道はありはしないと首を振ることは簡単だ。でも私は、どうしても考えざるをえない。


私を引き取り箱へ閉じ込めたのは、暗い雰囲気を纏った、どこか影のある少年だった。

私はそれを神さまだと思った。私を救ったわけでは無い。両親を救ったわけでは無い。けれど、どうしてか私は、彼を神さまだと思ったのだ。神さまが何なのかさえ、大して分かっていなかったのに。

以来、私の世界には、お医者様と神さましか存在しなくなった。

たった三人で世界は回った。どうして生きているのか、私はどうやって生きているのか、それさえ考える術も無い。それでも私はしばらく生きながらえた。










彼は数年前に一度だけ、泣きそうな顔で現れた事があった。


その時の私は、ただ必死に気付かない振りをして笑っていたと思う。私も彼も、今よりもっと幼かった。どうするべきだったかなど、先生くらいにしか分からなかっただろう。だから私は、必死にその傷を埋めようとした。

その日から彼は少しずつ変わった。

悲壮な顔はしなくなったし、どこか壊れたような笑い方もしなくなった。


「どうかしたの?今日はやけに上の空だね」

「はっ…、いえ、そんなことは」


じっと、彼の伏せられた睫を見つめていたら急にこちらを見たものだから驚いてしまう。一通りいつものように話して、それからまだ時間があるというので、互いに好きな本を読みあさっていたのだった。

不意に伸びてきた彼の手に身を竦めると、それは私の額に優しく乗る。


「熱は無いね。体はどこもおかしくない?」

「…ないです。」


少しだけ。心が重くなった気がした。どうして、伸ばされた手に怯んでしまったのだろう。彼が私に危害を加えたことなど一度も無かったのに。


「もしかして、怖がらせてしまった?」

「そんなことないです!」


思わず少し大きい声が出た。彼の方も驚いていて急に恥ずかしくなる。こういう時、話し相手が他にいないことを不便に感じてしまう。練習させてくれるような人が、例えば友人なんかがいたら、彼とはもっと上手く話せたのかもしれない。


「あの…」


だから私は、思い切って聞いてみることにしたのだ。


「貴方にとって、大切な方は、いらっしゃいますか?」


ブランケットで顔を隠しながら、恐る恐る尋ねた。

彼は私とは違って、外の世界でたくさんの人々と交友関係を築いている。私が知らないだけで、結婚だってしてるかもしれないし、子どもだっているのかもしれない。

今は少しだけそれが悔しくなった。


「…本当にどうしたんだい、急に」


心配そうにしながら、真面目な顔して顎に手をやっている。


「そうだな、仕事の仲間たちは大切かなぁ。君の求めている答えかどうかは分からないけど」

「…たくさん、たくさんいらっしゃるんですか?」

「うん、結構たくさんいるかも」

「そう、ですか」


私は一体、貴方の何人目になれるのでしょうか。

そんな質問は喉から出かかって、必死に飲み込んだ。


「外に出たい?」

「いいえ…そうではないのですけど」


外に行きたいとか、気になるとかそういうことではない。私は世界そのものを知りたいのでは無いのだ。ただ、外という世界に存在している彼のことが、少しだけ気になったのだ。


「貴方は普段どんな人たちに囲まれているのかなと、興味が」


いつだってそうだった。彼そのもの、彼という存在だけにいつも興味があった。私の世界を広げてくれるのも、たくさんのことを教えてくれるのも彼が最初で最後なのだから。


「そうか。君もそんな風に考えるんだね」


彼は私の頭に手を置いた。


「君は言葉も分からないような子どもだったのに、いつの間にか色んなことを考えるようになったね」


ベッドの私に合わせるようにしゃがみ込んだ彼が、上目遣いに聞いてくる。何も知らない子どもからもう10年は経った。その間に彼はだいぶ変わったけれど、きっと私も同じくらい変わったのだろう。

けれど、その瞳の色には何も変化が無くて、初めて私は、時が止まったら良いのにな、なんて思ってしまった。


「君は特別な子だ。この先の成長を見られないのが残念だよ…本当に、残念だ」


彼は、私の頬に手を伸ばしかけて止めてしまった。本当だ、と私は思った。彼の揺れた瞳が、その悲しみが本物であることを告げている。

彼の言葉に、私は少し笑って、首を傾げた。私はそれに応えられない。それは覆せない現実だから。


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