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嘘つきの神さま。  作者: 紫電
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物語を紡ぐ

私の体は、もうあと数年ともたない。

数年どころか、あと一年持つのだろうか。そう思い始めて久しい。


「君の体の呪いは消えてない。無理したら駄目だよ。眠くなったりつらかったら、ちゃんと眠るんだ。いいね?」


はい、と頷いて、その日はすぐに眠りに落ちてしまった。

この“呪い”は、両親に由来するものだ。私の両親は、不思議な力を扱えた。そのせいで命を狙われて、そして呪いを背負って生まれてしまった私は短命という運命を歩んでいる。

彼らの元に生まれた私は幸せだったのだろうか。私を産みだした両親は、幸せだったのだろうか。


両親の所在はもう知らない。確か、とっくに利用されてとっくに殺されてしまった。そのことは、すべてあの彼から教えてもらった。当時まだ今の私くらいの年齢だった、彼に。

それでも私は残り少ない生涯をまっすぐに生きるのだと、そう彼は言った。ただ生きて欲しいと、自分のためだけに生きて欲しいなどと、彼はそう言った。


あの頃から私の命は、彼だけのもの。












その日は雨で、強い頭痛が私を襲っていた。


「なに、偏頭痛だ。他に影響はない」

「そうですか。なら良かった」


先生と彼の声がした。先生はとても立派な医者で、でもおじいさんというほど年も取っていないようだった。

彼の方はもっと若い。言うなればそう、兄だ。


「大丈夫?だいぶ顔色が悪いけど…」

「はい…横になっていればいくらか」


こういう日は横になり続けていても姿勢がつらい。ただ起き上がって本を読むような気力も無く、ただ退屈に時が過ぎていく。テレビもラジオも、音や光がひたすらしんどい。

でも、彼の声だけは、不思議と心地よく聞けるのだ。


「何か…お話ししてくださいませんか?」

「いいよ。何が良いかな」

「今は…少し、悲しいものが良いです」


途中で眠ってしまいそうな私を察したのか、彼は静かに語り出した。静かに静かに、波のない平らな水面のようになだらかな声で音を紡ぎ出す。


「これはある国の伝記なんだけど」


彼はすぐに頭の片隅から物語を引っ張り出し、この場に相応しい物語を聞かせてくれる。彼の引き出しはきっと、数え切れないほどたくさんあって、蓋が閉まらないほど溢れんばかりの中身が詰まっているに違いない。


「ある男女がね、それまで一緒に暮らしてたんだ。幸せに、大変なことは勿論あったけど、それでも幸せにね。けれど、そんな幸せは長く続かなかった。」


物語の展開に呼応するように、彼もまた声のトーンを下げた。


「ついに国を追われた彼らは二人で逃げた。どこまでも走り続けて、でもやがて、危機を察した男は女と別れた。彼女だけでも逃げられるようにってね」


その話を何だか知っているような気がして、私はベッドの中からこっそり彼の顔を盗み見て、息を呑む。

彼の瞳が、見たこと無いほど揺らいで、そして険しい顔をしていた。


「捕まってしまったんだ。それぞれ別々にね。彼らは最期に言葉を遺すことを許される…。…ねぇ。なんて言ったと思う?」

「え…??ええと…会いたい、とか」


彼はどうしてかふふ、と笑った。

そして次に口を開いたとき、またあの奥の見えない瞳の色をしていた。


「さて、この物語はここまでなんだ。一体どんな言葉を遺したんだろうね」

「ええ…終わりなんですか」

「そうなんだ。私も知らない」


あっけらかんと言い放つ彼を横目に体を起き上がらせた。サイドテーブルに置かれているコップの水を飲む。

冷たい水が喉を通るように、今聞いた物語も幻と消えてしまいそうだった。


「残念かい?」

「気になってしまって眠れません」

「先は、君が自由に考えれば良いんじゃ無いかな」

「私が…?」


彼は椅子の上で長い足を組んで、また目を閉じて言った。

とても絵になるなぁと感心する。本でしか見たことは無いけれど、それなりに芸術作品にも明るい方だ。彼はそれらのどんな作品群にも引けを取らないだろうという確信があった。


「考えることは自由だよ。それこそ君に許された数少ない行為の一つじゃないか」


確かに自由の少ない私に取って、考えることだけは制限が無かった。本を読んだ後は、頭の中であれこれ考えることもある。例えば主人公があの時こうしていたら…それだけで物語は際限なく広がっていって、何度も何度も愉しむことが出来るのだ。


「じゃあ、考えるので…いつか聞いてくれますか?」

「うん。いいよ」

「…楽しみにしててくださいね?」

「もちろん」


いつの間にか頭痛はしなくなっていた。鎮痛剤のおかげだろうか、それとも余程彼の話に興味を引かれたせいだろうか。さっそくどんな結末がいいか想像することに集中してしまった。

だから、そんな私を見ていた彼の表情など、私は知らないままだ。


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