表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

大好物の方法

夜になって外は土砂降りの雨が降り出した。


城の石畳に当たる雨の音が凄まじい。


ローチェ王妃

「ウィルヘルム先生がいらっしゃるのですって?」


王妃が城の入り口ホールに急いで階段を降りてきた。


コングール王子

「母上、先生が今馬車でおつきだと報告がありました。」


ギイイイイっと入り口の端っこにある小さな扉が開いて雨よけのマントを着た人間と、

コングール腹心の部下ソモニ、護衛の兵士がわらわらと入ってきた。


マントの人間はフードを下ろして、ビショビショに濡れたマントを脱いだ。


ウィルヘルム

「フォフォ…すごい雨じゃったわい。」


栗毛色の美しくウェーブした髪をパサパサしながら若者が苦笑いした。


麻でつくられたもっさりしたローブを着ているが、

服が大きいらしく肩からずり落ちている。


ローチェ王妃

「そ、それで、ウィルヘルム先生はどちらに?」


コングール王子

「賢者はいらっしゃらなかったのか?この者は?」


腹心の部下ソモニがソワソワした。


ウィルヘルム

「おお、そうであったな………、

わしがウィルヘルムなのじゃがの…その…いろいろあってな…、

若返ってしまったのじゃよ。」


ローチェ王妃

「えっ?」


コングール王子

「はあっ!?」


「えええええええええ!?」


ローチェ王妃

「本当にウィルヘルム先生ですの?」


ウィルヘルム

「そうじゃよ。ローチェ、久しいの。元気でおったか?」


ローチェ王妃

「は、はい、先生。」


ローチェ王妃は頰を赤らめてウィルヘルムのピチピチした手を握った。


コングール王子は改めてこの若者をジロジロ見回している。


(ああ…なんてことだ…。

なんという…愛くるしい少女のような顔だ。

そのくせ、大きなローブから覗く鎖骨や首元が妙に色っぽいではないか。

あまり身体を動かすタイプではないのだろう、細っこい腕に華奢な肩。

ああ…見れば見るほど…確かにこれは………可愛い!

シヴリン……これはお前でなくとも心魅かれる…。

わかるぞ!わかるぞシヴリン!)


シヴリン

「ああ………、先生!ウィルヘルム先生!」


ホールの階段をヨタヨタしながらシヴリンが降りてきた。


ウィルヘルム

「おお、シヴリンよ!」


賢者ウィルヘルムは軽快に走り出して、

シヴリンを抱きしめたというか身長が足りずに抱きついた。


ウィルヘルム

「魔力がまだ元に戻っておらぬのじゃ、

よく頑張ったのう、

もうわしが来たからには心配いらぬぞ。」


賢者はシヴリン王子の手をぎゅっと握って微笑んだ。


握られた手から温かいものが体に流れて来てトロリと気持ちが和らいでいく。


シヴリン

「先生…………。」


シヴリンは真っ赤な顔で切なそうに賢者を見つめている。


ウィルヘルム

「さあ、コングール殿の奥方様はどちらにおわす?」


シヴリン

「こちらです、先生。」


シヴリンは賢者の手をしっかり握ったまま階段を上って行った。


それを見たローチェ王妃はコングール王子の目を見て、

目と口を大きく開けた。


コングール王子は小刻みにうなづく。


………………………………………………


ウィルヘルム

「シヴリンよ、奥方様を助けるのじゃ。

さあ、大丈夫じゃよ、わしがついておる。」


賢者は両手でシヴリン王子の手を強く握った。


シヴリン

「先生……。」


ウィルヘルム

「ふぉ………っ!」


シヴリンはその両手ごと引っ張って、自分の胸の中に賢者をすっぽりと納めた。


そして片手でコングールの妻の折れた足に優しく触れて癒しの力を流し込んでいく。


その間、賢者の白い首筋を鼻先でなぞったり、顔を埋めたりする。


ウィルヘルム

「フォフォ……まったく甘えおって………わしの力は入っておるか?」


シヴリン

「はい……、こっちの方がすごく…増幅されます…センセイ。」


後から来たコングール王子とローチェ王妃はこの光景をぽかーんと眺めた。


シヴリンの熱い吐息がウィルヘルムの耳にかかる。


ウィルヘルム

「ふおっ!」


シヴリン

「っすみません!もう……、僕は……………。」


コングールとローチェはまたも顔を見合わせた。


ウィルヘルム

「大丈夫、大丈夫…。お前なら絶対にできるぞい。」


賢者は抱きしめているシヴリンの腕を優しくさすっている。


その瞬間ふわりとした光の粉みたいなものが奥方様の体を包み込んで消えた。


ウィルヘルム

「おお、うまく行ったようじゃの。」


シヴリン

「先生のおかげです。」


シヴリンは賢者の手を握って額につけた。


コングール

「治ったのか?」


ウィルヘルム

「ふむ、しばらくすれば目がさめるじゃろう、もう大丈夫じゃ。」


ゴングール王子

「感謝いたします!ああ……良かった。」


コングール王子は妻の手を握った。


ウィルヘルム

「では…わしは帰るとするかのう。」


ローチェ王妃

「お待ちください!先生!

そ…その、我が子シヴリンの癒しの力は今、不安定な状態でございます。

どうか、力が戻るまで王都にとどまっていただけませんでしょうか。」


王妃が長いドレスのスカートで隠しながらコングールの足を突いた。


コングール王子

「そ、そうですとも、私からもお願いいたします!

つ、妻の事もまだ心配ですし、もうしばらく!なにとぞ!

なあ、シヴリン。」


シヴリン

「え………、ですが……先生にご迷惑がかかってしまいますから…。」


ウィルヘルム

「シヴリンよ、身体は辛いのか?」


賢者はくるりと振り向いてシヴリンの肩をさすった。


シヴリンは真っ赤な顔で口をパクパクさせて後ずさった。


シヴリン

「はい………とても辛うございます…。」


賢者の大きな瞳から逃げるように目をそらした。


ウィルヘルム

「ふうむ…………むむむむ………。」


ウィルヘルムはもうなくなった白ひげを撫でるモーションを繰り返している。


ウィルヘルム

「ローチェ…、カイラスはおるか?」


ローチェ王妃

「あ……陛下でございますか?

陛下は辺境の砦の視察に出ていらっしゃいます。

戻られるのはひと月ほど先になるかと…。」


ウィルヘルム

「ふむ………、そうかそうか、ならば、よかろう。

しばらく王都にとどまるとしよう。」


シヴリンはくらりとよろめいた。


ウィルヘルムは慌てて肩を支える。


ウィルヘルム

「いかん、少し休ませねば…。

わしがそばについていよう。」


シヴリン

「!」


シヴリンはウィルヘルムを突き飛ばした。


シヴリン

「い、いいえ、いいえ、一人で大丈夫ですから……。」


真っ赤な顔をして逃げるように部屋を出て行った。


ウィルヘルムはまたもないひげを触っている。


ウィルヘルム

「わしと距離を置きたいのであろうな。

無理もあるまい…老人だと思っていたものが急にこんな姿をしているのだからのう。

あやつにとっては気持ちの悪いことであろう。」


ローチェ王妃

「そ…そんな事ございませんわ!

少しばかり疲れているだけでございましょう。」


コングール王子

「そ、そうですとも!

部屋を用意させますので、ウィルヘルム様もおやすみください。」



………………………………………………



コングール王子の執務室に王子と王妃ローチェと副官のソモニが顔を付き合わせている。


ローチェ王妃

「あの子………ウィルヘルム先生に恋をしているのね。」


コングール王子

「ええ、間違いなく。」


ローチェ王妃

「確かに…あの子から好きな女の子の話なんて…聞いたこともないわね。」


コングール王子

「そもそも、他人と接する時常に力を制御しているわけですから、

どんな人間といても気が休まらないでしょう。

その点、ウィルヘルム様は違う。

シヴリンがそばにいて安らげる唯一の人間なのです。」


ローチェ王妃

「ああ…なんてこと………。

それにあの……容姿!」


コングール王子

「はい、私は未だかつてあんなに可愛い男子を見たことがありません!」


ローチェ王妃

「そうよね!本当に心を鷲掴みにされる可愛さだわ!」


二人は拳作って力説した後、恥ずかしくなって目をそらした。


ローチェ王妃

「コングール…、実はね、私の初恋はウィルヘルム先生なの。」


コングール王子

「ななな…なんと、母上!」


ローチェ王妃

「私が10歳の時よ。

森で迷子になった時に助けてくれたウィルヘルム先生は60歳くらいでしたわね。

優しくて温かで笑顔の素敵な先生に私はずっと夢中…もちろん今でも大好きですわ。」


コングール王子

「母上……。」


ローチェ王妃

「も、もちろん父上も愛していますわよ。

でも先生は私にとってずっと特別ですのよ。」


ローチェ王妃は遠い目をして幼い頃を懐かしんだ。


ローチェ王妃

「決めました…。コングール…私はシヴリンの恋を全力で応援しますわ。

あの子にはウィルヘルム先生しかいないのですから!

先生にはあの子のそばにずっといていただきますわ!

そのためなら、この母は鬼にも悪魔にもなります!」


コングール王子

「何も鬼にならずとも大丈夫だとは思いますがね……。」


王子はボソッと呟いた。


コングール王子

「ですが…賢者様にとってシヴリンは息子も同然。

今日の様子を見ても、恋愛対象からはまったく外れているようにお見受けしました。」


ローチェ王妃

「ええ、とても大きな障害です。

それはわかっていますが、忘れないで…。

私はウィルヘルム先生の全てを知り尽くしている女よ。

必ず勝算はあります。」


コングール王子

「おお〜母上…なんと頼もしい。」


王妃はフッと笑った。


ローチェ王妃

「まずは…………胃袋を掴むのです。」


コングール王子

「食べ物ですか?」


ローチェ王妃

「老人は、昔懐かしの食べ物にとても弱いのです。

先生の故郷は港町。」


王妃は紙にとってくるリストを書き始めた。


ローチェ王妃

「これを用意して!」


コングール王子

「ソモニ!極秘任務だ、頼むぞ。」


ソモニ

「御意!」


メモを受け取るとソモニは風のように出て行った。



………………………………………………


次の日の朝


ウィルヘルム

「おはよう、シヴリン。身体は大丈夫か?」


シヴリン

「ん………。」


昨日の雨が嘘のように眩しい朝日が差し込んでいる。


シヴリンがうっすら目を開けると天使のようなウィルヘルムが優しく微笑んでいた。


ウィルヘルムはシヴリンの頭を撫でるとおでこにキスをした。


ウィルヘルム

「起きなさい、朝じゃよ。」


シヴリン

(はあああああああああああ)


気づくとシヴリンはウィルヘルムをベッドに引きずり込んで抱きしめていた。


シヴリン

「センセイ…………僕…………僕…………。」


ウィルヘルム

「まったく甘えぐせは昔から変わっておらんの、フォフォ。」


ウィルヘルムが腕の中でにっこり笑っている。


シヴリン

(ああ…………もう………口付けたい……。)


シヴリン

「センセイ………………。」


シヴリンはウィルヘルムの唇を奪おうと顔を近づけた。


コングール王子

「おっおはようーーーーーー!我が弟よーー!はは、ははははは!」


大きな響く声でドシドシとコングール王子が部屋に入ってきた。


シヴリンはバッとウィルヘルムから離れて飛び起きた。


シヴリン

「おはようございます兄上様。」


真っ赤な顔をしている。


コングール王子

「身体は問題ないか?」


シヴリン

「はい、もうめまいは消えましたし、大丈夫です。」


コングール

「そうか、それは良かった!

着替えを手伝おう。」


ウィルヘルム

「おお、それならわしが………………。」


シヴリン コングール王子

「大丈夫です!!!!」


ハモってしまっている。


コングール王子

「朝食の用意ができておりますのでウィルヘルム様は、

先に向かわれてください。」


ウィルヘルム

「ではそうするかの。」


フォフォフォと言いながらウィルヘルムは出て行った。


コングール王子

「シヴリン…抑えろよ。」


シヴリン

「え………、兄上…さま…。」


シヴリンの目が泳いだ。


コングール王子

「今、ウィルヘルム様に手を出したら、

二度と賢者殿は手に入らないと思え。

まだだ、待つんだ、先生がお前を恋愛対象に入れるまで。」


シヴリン

「れ、恋愛対象………。」


コングール王子

「心配するな。ちゃんとわたしと母上で作戦を立ててある。

とにかくお前は、こらえろ……。

ウィルヘルム様にムラムラしたら違うことを考えて意識をそらすんだぞ。

いいな。」


シヴリン

「は……はい……、僕、頑張ります!」


コングール王子

「よし、そのいきだ!早速今晩ウィルヘルム様のためにパーティを企画している。

手伝ってくれ!」


シヴリン

「はいっ!」



………………………………………………


かくして、夕日が落ちて夜が訪れた。


ウィルヘルム

「どこに行っておったのじゃ!シヴリンよ。

探しておったのじゃぞ!」


シヴリン

「すみません、先生。

先生をびっくりさせたくて…。

さあ、先生…こちらにいらしてください!」


ナンジャナンジャと言いながらウィルヘルムは背中を押されるまま城の中庭に向かった。


そこには焚き木が焚かれていて、そこに網が設置されている。


ウィルヘルム

「おお……………こ………これは!」


シヴリン

「先生に日頃のお礼です。

僕が焼いて差し上げますね。」


シヴリンは氷の魔法がかかった箱から大きなサザエを取り出して網の上に置いた。


ウィルヘルム

「なんとおお!サザエではないか!」


しばらくするとサザエはぶくぶくと泡立ち始めた。


シヴリンはそれを取って皿にのっけてやる。


ウィルヘルムはクルリと大きな針のようなもので取り出すとハフハフ言いながら食べた。


食べる姿も愛らしい。


ウィルヘルム

「く〜〜〜〜〜〜〜美味い!新鮮じゃ!このコリコリ感たまらんのう!」


シヴリン

「牡蠣もありますよ。」


ウィルヘルム

「何!?牡蠣じゃと!?」


ウィルヘルムはプリプリの牡蠣を頬張った。


ウィルヘルム

「なんという美味さじゃ!まさに海のミルクじゃ!」


シヴリンは夢中で食べるウィルヘルムを幸せそうに見つめた。


ウィルヘルム

「ああ、わしばっかり食べておる、お前も食べぬか!

美味いぞ!」


シヴリンもちょうど焼けた牡蠣を味合う。


ふと見ると、ウィルヘルムがボロボロと涙を流している。


シヴリン

「せ、先生?どうしました?」


ウィルヘルム

「わしはの…、貧しい家に生まれての…、こういうものを自分で海から取ってきて食べておったんじゃよ。

毎日毎日一人でな………。」


シヴリン

「…………。」


ウィルヘルム

「じゃが…今こうしてお前と一緒に食べておるんじゃ……。

一人ではなく…。


ああ…………美味いのう………美味いのう………………たまらんのう……。」


シヴリンはウィルヘルムの細い肩を優しく抱いた。


柱の陰からそれを見ていたローチェ王妃も涙ぐんでいる。


コングール王子はガッツポーズをキメタ。



つづく



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ