若返りの方法
森の中にポツーンとある小さな家の前に豪華な馬車が止まった。
扉が開いて高貴な美しい女性と手を引かれた幼い男の子が出てきた。
同時に家の扉も開いて、
まん丸い眼鏡に真っ白い髪と真っ白い髭がボウボウに伸びた老人が杖をつきながら出てきた。
老人はシワだらけの顔でくしゃっと笑うと両手を広げて歓迎した。
ウィルヘルム
「フォフォフォ、ローチェ、久しいのう。」
王妃ローチェ
「ああ、先生!お久しぶりでございます!」
貴婦人は嬉しそうに老人に抱きついて白ひげに顔を寄せる。
老人はエルヴィアの外れた森の中に住む賢者で、長年癒しの力について研究している。
王妃であるローチェが幼い頃に森で助けられ、
それ以降先生と呼んでたびたび訪れるようになった。
ウィルヘルム
「ほお、この子じゃな。」
老人は8歳くらいの幼い子供に近寄って腰をかがめた。
母親似なのだろう、整った顔立ち、プラチナブロンドの柔らかそうな髪と
瞳はエルヴィアでは珍しいダークグリーンの色をしている。
しかしその綺麗な顔は青ざめて目はどんよりと濁っている。
王妃ローチェ
「シヴリン、先生にご挨拶なさい。」
シヴリン
「………………………………。」
ウィルヘルム
「フォフォフォ、慌てんで良い、時間はたっぷりございます。
さあさ、中へ。」
ふたりは老人に促されて小さな家に入った。
家はこじんまりとしているがとても落ち着く温かみのあるしつらえだ。
王妃
「先生、この子には生まれた時から癒しの力が備わっておりました。
この子が触れたものは人も動物も皆、身体が癒されます。
ですが…その反面、人の悪しき心を感じやすく、こうして心を閉ざしてしまうようになったのです。」
ウィルヘルム
「宮廷では特に苦しかろうのう……。」
ローチェ王妃
「はい、日に日に弱っていく我が子を見るのは耐えられません。
どうか、お力をお貸しください。」
ウィルヘルム
「うむ…、力をコントロールできるよう、わしが預かって指導しよう。
修行には何年もかかるかもしれん、それは覚悟しておきなさい。」
ローチェ王妃
「はい、この子のためです。」
王妃は涙ながらにシヴリン王子を抱きしめた。
シヴリン王子は無表情で一点を見つめている。
ウィルヘルム
「シヴリンよ…。さあ、わしの手をとるのじゃ。」
王子は差し出されたしわくちゃの手の上に恐る恐る小さな手を置いた。
王子の手のひらにじんわりと温かいものが広がり身体を包んでいく。
やがて顔には赤みがさして、目から大粒の涙が溢れ出した。
そして、とうとうおんおんと大声で泣き叫び始めた。
ウィルヘルム
「辛かったのう、いくらでも泣くがよい。
わしはのう、お前さんが身体を癒すように、心を癒す事が出来るんじゃよ。」
賢者はそういうと泣き叫ぶ王子を優しく抱きしめて背中をさすった。
………………………………………………
かくしてシヴリン王子の修行は始まったのであった。
朝起きて、森の朝露を飲み、森を歩いて木々や草花、鳥たちの声を聞く。
賢者ウィルヘルムお手製の雑穀パンと木苺のジャムを食べると
畑仕事をして午後からは美しい滝の下にある川に浸かって瞑想をした。
シヴリン王子はみるみる健康そうな顔つきになり、
とてもよく笑うようになった。
森を歩くと動物たちが何処からともなくやってきて、
王子について回る。
たまに王妃がやってきては人の毒気を取り入れない訓練を手伝った。
そして……月日な流れ、王子は力をコントロールできる、
立派な癒し手に成長した。
この時シヴリン王子18歳。
王子は森の賢者の元を離れる事になった。
森を離れる時、賢者は苦しんでいる人々のために力を尽くすよう彼に命じる。
王子はその言葉を胸に老いた賢者を一人残して王都に帰還した。
王子には二個上の兄王子がいた。
流行り病で死にかけた第一王子を森から戻ったシヴリンが見事に完治させたのである。
王も王妃も泣いて喜んだ。
それからシヴリンは積極的に城下に出て、傷ついた人を癒して回った。
いつしか彼は癒しの王子と呼ばれるようになり、
微笑みを絶やさない優しげな美しい顔も相まって、
城下でも城内でもモテまくった。
しかし、シヴリンは人と普通に接することは出来るが常にバリアを張っている状態だった。
そんな彼にとって心許せる人間は何処にもいなかった。
ただ一人森に住む年老いた賢者を除いて。
それともう一人可愛い友達が彼にはいた。
森からついてきた小さなリスのマカルーだ。
このリスはシヴリン王子の心の支えになっていた。
………………………………………………
それからさらに月日が過ぎ、
シヴリン王子が20歳になってしばらくしたある日、
突然リスのマカルーが暴れ出した。
マカルーは王子を馬まで誘導すると馬の耳にしがみついて何か鳴いている。
王子を乗せた馬はものすごい勢いで街道を走り出し、
あの王都から少し離れた森までやってきた。
途中、懐かしい小さな家に寄ったがもう夕暮れだというのに賢者ウィルヘルムの姿はない。
マカルーが大声で鳴いて王子を呼んだ。
シヴリン王子
「先生!せんせーーい!どこですか?」
王子は叫びながらマカルーについて走った。
行き着いた先はあの滝壺だった。
賢者ウィルヘルムが滝壺の冷たい水に浮かんでいる。
シヴリン王子
「先生!」
王子はじゃぶじゃぶと水に入って賢者の肩を掴んだ。
ウィルヘルム
「ああ…………なんじゃ………シヴリン………。来てしもうたのか。」
ゴホゴホと賢者は咳をした。
シヴリン
「先生、こんな所にいては死んでしまいます!」
ウィルヘルム
「わしの命はもうすぐ終わるのじゃ。
わしにはそれがわかる。
だからこうして…聖なる水に抱かれて静かに旅立とうと思ったのじゃ…。」
シヴリン
「そんな……、先生!」
シヴリンの目から涙が溢れた。
ウィルヘルム
「じゃが……最後にお前の顔を見る事が出来た。
これで温かな気持ちで旅立てる…。」
シヴリン
「待ってください!
あなたを失って僕はどうやって生きていけというんですか!
生きていけない…………一人では生きていけない………うっうっ。せんせい…。」
ウィルヘルム
「シヴリンよ、運命は厳しく、そして慈悲深いものじゃ。
お前の運命の伴侶を探すのじゃ、きっと世界のどこかで待っておる。」
シヴリン
「そんな人間いるはずない!
だって…………先生だってずっと一人じゃないですか!」
ウィルヘルム
「おお……、シヴリンよ…、わしの運命はお前じゃよ。
お前に出会って、お前を育てて、無償の愛を知ったのじゃ。
お前が幸せならわしも永遠に幸せなのじゃよ。
愛しておるよ、シヴリン、我が息子よ。
さらばじゃ…。」
閉じた賢者の目から一筋の涙がこぼれた。
シヴリン
「嫌です、そんなの絶対に嫌だっ!
うわあああああああああ!」
シヴリンは大声で泣き叫びながら冷たい賢者の身体を抱きしめた。
その時、不思議な事が起きた。
シヴリンの身体から大量の美しい虹色のプリズムがキラキラと立ち上がり、
賢者の体全体を包み込んで吸い込まれていった。
わあわあと泣くシヴリン王子の耳に小さな呼吸音が聞こえた。
シヴリン
「先生!ああ、まだ生きていらっしゃ…………………っ!」
シヴリン王子の腕の中にいたのは栗毛色の髪をした可愛らしい美少年だった。
つづく