一つの物語
「やっほー、空都君」
「絵里………。何で、ここにいる」
空都が唯心と茜と鳴喜が戦っている場から体育館へ移動している最中に空都は絵里と出合った。いつもと同じ格好で、いつもと同じテンションで。
「始末しようと思ってね。この世界に魔法少女なんて馬鹿げたものを生んだ元凶を」
「元凶、だと………?」
「そうだよ。空都君。君がその元凶だよ」
その言葉はゆっくりと空都の頭の中に入っていく。
だが、頭の中に入っても何故自分が元凶なのか、心当たりが一切無く、分からない。
「分からないって顔してるね。それはね、空都君がただ忘れているだけ。そうだね……少しだけ刺激してあげる。空都君。神様っていると思う?」
「いっ………?」
「いない」。そう答えようとした。だが脳がそう答えるのを拒否していた。まるで脳が嘘を吐くなとでも言っているかのように口から言葉の続きが出てこない。
「神様に会った人間はね神様の存在を否定できないんだよ。そんな意味の分からない力が君にもついている。それで、その力がついているのは君だけ。つまり、君だけがこの世界で唯一神様に出会ってるの」
神様と出会ってなんかいない。記憶にない。けども、それが言葉になって口から出ることはない。
「もし俺が神様に出会っているとしっ………。仮定もできないのか。俺は神様に出会っている。それが元凶なら何故俺をすぐに始末しない? お前がもし鳴喜の仲間ならすぐにできるだろ?」
「加護がついてるんだからすぐには無理だよ。まぁ、殺そうと思えば殺せるけど。空都君を殺さないのは、唯心ちゃんと茜ちゃんが怖いからかな。多分空都君が殺されたら二人は激昂するよ。それこそ地獄の果てまで追いかけて殺しに来るぐらいには、ね。だからあの二人を先に殺しておくことにしようって思ってね。空都君はそのあと」
「さてと」と絵里は呟き、地面に落ちている小さな石を拾って三人が戦っている方向へ投げた。
「っ!!?」
その速度はあまりにも早く、空都の目には追えなかった。
「何をしたっ………!」
「いらない部下を始末した。それだけの事だよ」
さも当然のように絵里はそう言って不気味に笑う。人間ではない、と空都は理解して距離を取った。
「あはははっ。距離を取っても無理だよ。鳴喜ごときにあれだけボコボコにされちゃったらなぁ………」
つまりは、鳴喜の味方。鳴喜が部下。
「友達………だっただろっ……!!」
「何馬鹿な事言ってんの? そんなわけないじゃん。あいつはただの部下。要らなくなったら処理をする。そんな関係だよ。あっ、空都君は友達だと思ってたよ。元凶だって知るまではの話だけど」
そう言って右を向き、人差し指と中指で飛んできた唯心の剣を挟み、止める。
「っ!?」
「始めようか。多分蹂躙になるけどね」
唯心を蹴り飛ばし、茜を地面に叩きつける。
神速。そう言っても過言ではないほどの速さ。普通の人間には目にも止まらぬ速さで絵里が動き、何もできずに二人は攻撃される。空都には出る隙もない。
「バイっ………ぁぁぁああああああああっ!!!!」
束縛も使う前に封じられ、魔法を使うことはできない。
「魔法少女が魔法を使うには詠唱が必要。それは何故か分かる?」
「っ………!」
「まあ、喋ることもできないか。仕方がないから教えてあげる。正解は言霊だよ。この世界にはないはずの魔力を言葉にのせて魔法を発動するんだよ。あっ、あの球とかは魔法少女になった時点で保有することになる少量の魔力を使ってるから詠唱が必要ないの」
絵里は一度息を吐いて拳を上げる。
「だからね。魔法を発動させないようにするにはこうするの」
その拳を茜の腹へと振り下ろす。
「っあ………!!」
「あかねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
空都はすぐに茜の方へ駆け寄り、その体を持ち上げる。
「――――――――――――――――――――――――――――」
「っ! お前、肺を潰したのか………」
「当たり前じゃん。魔法少女の高威力魔法は私たちでも死ぬ可能性があるんだから。あっ、なんで知ってるのかって? もう一人いた魔法少女を尋問したからねっ! 面白いほどに吐いてくれたよ。持ってる知識全部。結局最後には殺したけどね!」
一体こいつは何を言っているのだろうか。空都はそう思う。
何で平気で人の肺を潰せるのか。平気で人を殺せるのか。それが空都には分からない。その意味が分からない。
「茜さん!」
「唯心ちゃんも潰しとく方がいいね」
首を掴み、地面に叩きつけ、肺を殴り潰す。
それが一つのモーション。一秒にも満たない行動であった。
空都が入る隙もない。
「う~ん。すごいね。確実に潰すつもりだったんだけど………? 何で潰れてないのかなぁ………?」
絵里の左腕がまるで腐食でもしたかのようにぼろぼろと崩れ落ちていく。唯心がこの魔法を発動する条件は詠唱の他に相手が自分に触れ、自分が相手に触れること。そのために、唯心は肺が潰される覚悟で突っ込んだ。
「はぁ……はぁ……はぁっ……!!」
左腕以外にも攻撃をしたかったが距離を取られ不可能になる。
今の一瞬で致命傷まで追い詰めかったというのが唯心の本心である。できなかったならできなかったで次の手を考えているが今ので警戒をされ、上手くできないだろう、と唯心は思う。
けども、その想像は間違っていた。
「んー。痛い!」
腐食が進むと思ったのか、絵里は自分の左肩から下を切り落とす。そして火を手に作り出し、その傷口を出欠を止めるために燃やす。
「あー。痛かった。治らないじゃんこれ。どうしてくれるのかなぁ?」
絵里は不気味に笑う。警戒などしていない。絵里にとっては子供と遊ぶようなもの。警戒する必要がないのだ。例えそれは腕が壊されたって変わらないし、どこが壊れても警戒することはない。死ぬような状況になってもただ不気味に笑うだけだろう。
絵里は既に壊れている。
だからこそ、体のどこかが壊れてもただそれだけのことでしかない。
「おっとっと。危ない危ない」
唐突に地面から茨が出現し、絵里はそれを少しだけ前にステップして避ける。
「っと!」
唯心はそれを読み、着地の隙を狙って束縛を行う。
言霊が無く、力も耐久も持続性も無い。
けれどこの一瞬の足止めは大きい。威力が低くなろうとも神々の威光なら当たれば重傷を負わすことができるだろう。
茜が茨を出す準備をしているのを見て、唯心は即座にこの作戦を考えた。茜の茨を避けるためにステップする方向は前。絵里は慢心していて怯えていない。なら後ろに下がることはない。
そうすると右か左か前。唯心はまだ肺が潰れていない。
だから、攻撃しに来ると予想した。
神々の威光は既に撃っている。茨が足を止めて瞬時にあたるように空中で撃っていた。時間がなく詠唱ができなかったが構わない。
ピトッ、と絵里の右肩に蕾がつき、中に入っていく。
「あはははっ。内部を破壊するやつ?」
絵里はそう笑って、躊躇い無く、自分の体を手で貫き、蕾をとりだして宙に投げた。
「おー。綺麗だねー」
蕾から開く花を見て素直に感嘆したように呟く。
茜は絵里が慢心している事を知った。だから、その蕾を破壊したりせずに、誰かに投げ返すこともなく、上に投げると予想した。そして予想は当たり、今の状況に至る。
「―――――――――――――――――――――――」
茜が何か、言葉を呟こうとしていることに気づいた絵里は後ろを振り向く。
そこにいたのは腹部を押さえながら殺意を込めた目で絵里を見ている茜。まるで悪魔にでもとりつかれたかのようである。
「―――――――――――――――――――――――」
茜の背後に大きな花が開く。
天界に咲く◼◼の花
それは魔法少女が使える魔法の中で最上位の火力を持つ魔法。
「――――――」
後悔しろ、と口が動き、花から多くのレーザー光線が出る。
一本一本が太陽の熱のような灼熱を帯びている。
一撃が掠り、ジュッ、と当たった部分が焼ける。
一瞬で傷口も焼き、血は出ない。
「うーん。さすがに予想外。茜ちゃんは自分の命を削る戦いなんてしないと思ってたよ。それだけ空都君が大事なんだね」
それでも、攻撃が当たった部分の感覚が無くなってもまだ、絵里は恐れない。敵を恐れない。死を恐れない。これだけの攻撃を受けても死なないと、万が一すらないと絵里は本気で思っている。
圧倒的な自身。
だからこそ、強い。
「それじゃあ、死んでね」
レーザーが止まり、絵里は一瞬で茜との距離を詰める。
そして心臓を貫き、命を奪った。
「あっ………ぁぁ………」
空都は膝から崩れ落ちる。
目の前で、死んだ。友達が、死んだ。
血が空都の顔にかかる。
それを見て絵里は笑った。
「あはははははっ!! やっぱりいいよねぇ!! 最高だよ! 友達が目の前で死ぬ光景! それを始めて見た人の絶望した顔! これが最高! もう、このためだけに人を殺してるって言っても過言なんかじゃない! このために人を殺してるんだ! あははははっ!!」
言葉は空都の頭に入ってこなかった。
目の前で友達が死んだ。その現実に打ちのめされている。
「お、兄、ちゃん………!」
「んー。唯心ちゃん喋らないでよ。肺潰せなかったこと後悔してるんだよ? だからね」
「っ?」
「もう一度潰すよ」
骨が折れる音が響き、そのあと内蔵が潰れる音がする。
「オェッ…………!」
胃の中のものがすべて口から出る。
最後に食べた食事。血。肺の中の空気。
「汚いなぁ。まあ、こういうのも好きだけど」
絵里は唯心を持ち上げ、空都に投げる。
どちらとも受け身をとれず、無様に転がり体に傷をつけていく。
倒れた二人に向かってゆっくりと絵里が歩く。
「いさ、ね………」
倒れた唯心を守るように立ち上がり唯心の前に立つ。
だが、そんなの意味がなかった。
流れるように空都を素通りし、後ろにいる唯心の首をはねた。
「はい、終わり」
「ぅぁっ、ぁぁぁああ………ァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
「うわっ」
慟哭。
空都は何もできない。何かをする力もない。たった二人の少女も守ることは出来ない。敵が目の前にいるのに動けない。ただ、嘆くことしか。
「それじゃ、バイバイ元凶。次の世界では友達で会おうね」
その時だった。
空都の頭の中に記憶が入ってくる。失った記憶が、直接脳内に入ってくる。
それは空都が中学生で、唯心がまだ小学生の時だった。
家族四人での旅行中、空都達が乗る飛行機が墜落事故を起こした。墜落しても24人が助かったという奇跡的な事故。
空都と由比奈と優斗は無事であったが唯心は助かる状態ではなかった。全身の骨が折れ、息もしていない。言ってしまえば、死んでいた。その死を空都は受け入れたくなかった。
その時に、「神」という存在が現れた。
「んー。すごいねー。飛行機の墜落事故で生きてる人がいるなんて奇跡だよ。それも23人も。まあ、今意識があるのは君だけだけらしいけど」
「貴方、は………?」
「僕? 僕は神様だよ。ん? 神様が何でここにいるかって? 僕は大きな事件が起きたら見に来るんだよ。意識がある人と出会ったのは初めてだけどね」
神と名乗る男はそう言って笑う。「未知」を知ったときはいつも笑う。刺激のない世界に刺激が現れる。それが面白いから笑う。
「ははははははは!! うん。面白い! 褒美に一つだけ願い事を叶えてやろう。何がいい?」
「何でも、いいんですか………?」
「もちろんだとも」
何でも叶えられると聞いて空都が真っ先に思い付いたのは「唯心の蘇生」。だから、空都はすぐにそれを願うことにした。
「即答か」
「一番最初に思い付いたのが一番の願いだから」
「はははっ。迷うわないってのは凄いことだ。でも、すまんな。人の蘇生はできない。叶える叶えないじゃなくてできないんだよ」
「そう、ですか…………」
空都が悲しそうにしたを向いたのを見て神は頭をぼりぼりとかいた。
「そんな悲しい顔すんじゃねえよ。………そうだな、一つだけある。お前の妹を蘇生させる方法」
神はその方法を世界が変わってしまう恐れがあるから行いたくなかったが、相手が子供で、その子供に何でも叶えてやると言ってしまっているのでその約束を反故にすることはしたくなかった。
神の言葉を聞いて、空都は目を輝かせる。それを見て神はため息を吐いた。
「人間の命のもとは魂だ。簡単に言うと人間は魂に骨と肉がついたもので、俺は骨と肉なら完璧に再現できる。だが、魂は無理だ。再現できないし、そもそも作ることができない。だが、それはノーコストでという範囲だ。必要なのはお前の魂の一部。言ってしまえば寿命だ。20年間の寿命分の魂でお前の妹は生き返る。2%ぐらいの確率で失敗するが、どうする?」
「お願いします」
空都は即答だった。20年という多大な寿命と人の命。迷うことなく空都は交換することを決意した。
「いいだろう。副作用があるが………っと、時間がない。やるぞ」
これが、全ての始まり。通常の世界から異常な世界に変わった瞬間。
それを空都は思い出した。
「っ!?」
初めて、絵理の表情に動揺が浮かぶ。
唯心の死体が光に包まれながら分解され、空都に戻ってくる。魂に刻まれた魔法少女としての能力。それが空都の中にも入ってくる。
「これは、流石に………っ!」
空都が右腕を伸ばし、右手を銃の形にする。それだけで魔力が生成され、絵里の肩を撃つ。
「っ!」
激痛。肩を撃ち抜かれる攻撃など何度も受けて、その痛みになれていた。それでも激痛が走った。
「っぐぅぅぅっ!!!」
内部が何かに侵食されている。切り落とすという判断を一瞬迷ってしまっただけで何かは身体中に行き渡り、何かが身体中を蹂躙する。激痛から逃れることはできない。
「俺が元凶か。ようやく、思い出したよ」
唯心の魂は空都の魂の一部。だから、唯心が魔法少女になると言って戦うと言った時に確信を持てた。
「あの時神様が言ってた副作用はこれか。中々悪いものじゃない」
「神に………なったんだね……っ!」
「あぁ。そうだな。俺は神になったよ。質問だ。いや、こうするのか………命令だ。俺の質問に答えろ。他に仲間は? この地域にまだいるのか? お前らは何なんだ? 目的は?」
絵里は答える気はなかった。けど、口が勝手に開いて質問の答えを喋っていく。
「まだ仲間はいる。この地域はもういないが他県にはまだいる。私たちは『鬼』。目的はこの世界の崩壊」
「何でこの世界を壊す?」
「神を殺すため」
「そうか。もういいよ。死ね」
音をたてずに絵里は死に、神になった人と死体と虚しさが残った。
「蘇生は…………できないのか」
鳴喜と絵里の死体を焼き、唯心と茜を持ち上げて移動する。
移動するのは全ての始まりの場所。そこに行けば神に会えると予想していた。
そしてその予想は的中し、神と出会う。
「よう。久し振りだな。空都」
「久し振りですね。神様」
「はははっ。やめろよ。お前も神なんだから敬語はなくていい。大方、そいつらを蘇生できる方法があるのかって聞きにきたんだろ? 答えは、ない、だ。残念ながら神になった人間からは取れねぇし、こいつらの魂を生成するにはお前の魂が必要だ。な? 無理なんだよ。諦めろ」
「神となった時点で理解した。聞きにきたのはそんなことじゃない。俺はこれからどうすればいい? 永遠をどう生きればいいんだ?」
「そうだな。俺についてこい。そこで教えてやる」
一つの物語はこうして終わる。勝者はおらず、全員が敗者の物語。
第一次人鬼戦争。それは人間以外の知性を持つ人形の種族、『鬼』が初めて起こした戦争で、多大な被害を残した戦争。この戦争で異世界の存在が確認された。この戦争での英雄は何十人もいたが、その中で一人を選ぶなら全員が口を揃えてこういうだろう。
「英雄は三嶋 葵だ」
と。




