それはどうしようもない事実
霧乃唯心は化物の襲撃を受けてすぐさま行動した。化物の攻撃から生徒を守り、教師に頼んで体育館へ移動してもらって結界を張った。その後父親譲りの直感に従いながら移動し、「悪」を見つけた。
「由奈ちゃん………」
その「悪」の名は鳴喜由奈。鳴喜久の妹で「鬼」の種族の一人だ。由奈は既に人間の擬態を解いていて、唯心を見て口角を上げる。
「唯心。あんただったか」
それだけを言うと戦うのが当たり前のように大剣の先を唯心に向けた。
「由奈ちゃん。止まってくれないんだよね」
唯心は由奈の目を見て悟ったかのように剣を構えた。
どちらが先だったか、それが分からないほどのタイミングで二人は同時に突撃した。一撃一撃金属音を響かせながらぶつかり合い、七撃目で同時に後ろに下がる。
一撃が重い。唯心はそう思う。
一撃が巧い。由奈はそう思う。
なら、技術で上回ろう。
なら、質量で上回ろう。
二人の思考は加速する。いつもより二倍以上の思考速度。頭が、脳内が熱くなる。二人はどちらとも戦闘に関してはド素人であった。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
死の危険に晒されながらそれでも強く強く一撃を繰り出せる由奈の度胸は天才的で、
「てぇぇぇぇぇやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その攻撃を剣にぶつけた瞬間に後ろに下げ、遠心力でその剣をぶつようとする。アニメや漫画で読んだだけの技術をその場で試し、成功させる唯心の技術は天才的である。
二人は自身の才能のみで戦う。
「形状変化―――――杖」
唯心の武器は剣から杖に形状を変える。
「神に祈りを捧げよう。我らの偉大なる神に」
由奈はその詠唱を止めるべく突撃する。
「全ての生命に安らぎを。この世の悪を統べたまえ」
由奈が剣を振るった瞬間、地面から茨が出現し、由奈の体を動けなくする。
この罠は唯心が由奈と戦闘をする前に仕掛けておいた罠。
詠唱には時間が必要で、その時間を稼ぐ必要がある。束縛を発動していなければ詠唱中に殺される可能性がある。そして、熟練者との戦いだった場合はその場で束縛を発動してもすぐに解かれる可能性が存在する。だから、不意に発動させなければならない。
そこまで考慮しての罠。
実際由奈は不意を突かれたせいでその罠からの回避行動をすぐにとることができなかった。
その時間があれば―――――
「我らに祝福を。世を統べる神々の威光」
ピトッ、と何かが由奈に付着した。
ゾッ、と由奈の背筋に悪寒が走り、それを見る。
蕾。花の蕾。
それが、体の中に入ってくる。
皮膚を破り、体の中に入ってくる。
痛みは感じない。
刹那、
「あっ………がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!!!!」
巨大な花が開いた。
体の中に入った小さな蕾が巨大な花を咲かせ、その衝撃で由奈の体の内蔵が、細胞が次々と破壊されていく。最初一方向だけに開いていた花は他方向にも開き、最終的に由奈の体を全て破壊した。
残ったのは血を浴びた花だけ。
そういうものだと分かっていた。分かっていて行使した。
けれども、それは予想を遥かに越えていて、ただの頭の良い少女だった唯心には耐えられない光景だった。
「ううううううぇぇぇぇっ!! おぇっ! うぉぇぇぇぇぇぇぇ!」
嘔吐し、胃の中のものを吐き出す。その中には血も混じっており、近接戦の時流し切れなかった力が内蔵を攻撃したのだろうと予想できる。しかし、唯心にはそんな余裕は無い。
殺した。友達を殺した。「悪」であろうとも殺したのはヒトの形をしていた。
戦闘が終わり、一種の麻酔効果が消えた瞬間に唯心はその罪を痛感した。
簡単だとは思っていなかった。だけれど、ここまで精神的にくるものだと予想していなかったのも事実。
「はぁ………、はぁ………」
まだ、「悪」がいる。だから、ここで立ち止まってはいけない。
自分にそう言い聞かせ、立ち上がり、次の向かうべき方向に振り返った瞬間、時が止まった。否、思考速度が爆発的に早くなった。
目の前にいたのは先程殺したはずの由奈。
大剣を持ち、こちらに向かって降り下ろしていた。
誰の介入もなければ唯心は死んでいただろう。
だが、一人の男が唯心を押し飛ばした。
その男は霧乃優斗。妻である霧乃由比菜を守れず、娘である霧乃唯心を守った男。
遅くなった世界で唯心は自身の父親が斬られる瞬間を目撃した。自身の父親が斬られていく。それを唯心は見ているだけで体を動かすことができない。
優斗の右腕が落とされ、それと同時に思考速度が元に戻る。
唯心が地面に手をついたとき、すでに優斗の上半身と下半身は繋がっていなかった。
「お父さん!!!」
優斗は何も言わない。何も発せない。 既に息絶えているのだからそれは自明の理。信じたくなかった。けど、目の前でその光景がある。
「◼◼ッ!」
言葉にならない言葉が唯心の口から発せられた。
「◼◼◼◼◼ッ!!」
唯心の武器が杖から剣に、禍々しい黒色の剣に変わる。
いや、剣というには些か違いがあるだろう。
確かに剣の形はなしているが構成されている物質が違う。
その剣を作るのは魔力であった。
故に、それは黒の魔力の奔流。そう形容すべきものだ。
唯心はその魔力の奔流を力任せに降り下ろした。
由奈はそれを剣で防ぐが一瞬で剣が壊れ、そして、その魔力に飲み込まれた。
「行かなきゃ」
唯心はそれだけを呟き、高速で飛翔する。
向かう場所は空都がいる学校。
そこに「悪」がいると唯心には分かっていた。
そして、その「悪」を見つけた唯心はそのスピードのまま突撃し、力を振るった。
「っぁっ!?」
鳴喜はその衝撃で吹き飛ぶ。
唯心はすかさずそれに追撃を加えようと吹き飛んだ鳴喜を追いかける。
「クソがっ!! なんで『神殺兵器』を!」
剣で唯心の魔力の奔流―――――神殺兵器を防ぐ。だが、いとも容易く剣は破壊され、魔力に飲み込まれないようにその場から離れる。
神殺兵器。それは悪魔が作った神を殺すための技術。自身の魔力をそのまま武器にし、どんな防御でも貫く攻撃をするというもの。
これは魔力の使用量が酷く、使用すれば1分も満たずに魔力枯渇で倒れる。
だが、唯心は倒れない。それどころか、使用する魔力が増えているほどだ。
「◼◼◼◼◼◼◼◼◼◼◼ッ!!」
「っ! 何でお前がその言葉を………っ!」
唯心の口から出ている言葉にならない言葉は「神語」と言われるものでこの地上にはない言語。その名の通り神が話す言葉である。
唯心がそれを喋っている。何故。その疑問に答えは出ない。鳴喜の考えられる範囲では答えを見いだすことができない。
「そんなこと考えてる暇じゃねぇなぁっ!」
唯心の追撃を避ける。当たれば一撃で体がもっていかれるほどの威力だ。まともにぶつかり合うのは得策ではない。なら、どうするべきか。それは意外にも簡単なことである。
唯心の攻撃を必要最低限の行動で避け、体を蹴り、遠ざかる。
所謂ヒットアンドアウェイ。これはスナイパーたちが自分の場所を悟られないようにするための戦術であるが、このような一撃でも当たれば負けだが、確実に相手に攻撃を加えなければいけないといった戦況では多々使用される。
数度それを繰り返すと唯心に疲労が見えた。
確実に遅くなっている。振り回していた神殺兵器が徐々に小さくなっている。
もう少しで勝てる。
鳴喜が唯心の攻撃を避け、攻撃を加えようとした瞬間、横からの衝撃によって吹き飛ばされる。
「ふざけやがって!」
茜は魔法少女の力を得たとき、自分が強くなったと、空都を守れる力を手にいれたと思っていた。慢心していた。
だが、実際に敵と戦い、敵の強さを知り、自分の無力さを知り、自分より強い魔法少女の存在を知った。
鳴喜に殺されそうになった時に助けられてまず、思った。「ふざけるな」と。また、私は、まだ、私は守られるのか。
嫌だった。そんなこと嫌だった。空都を守れる力を手にいれた。今度は自分が助ける番だ。そんなことを思っていた自分が恥ずかしくなった。空都を危険に晒したのも、自分が殺されそうになったのも、助けられたのも全て自分の弱さが原因。
だから自分に言った。「ふざけるな」と。
空都がまだ生きていることを知り、回復魔法を唱え、結界を張る。そして、まだ戦っている唯心のところに飛び、攻撃を加えた。
「チッ………!」
思わず舌打ちをする。
鳴喜にとって今の茜はそれほどの脅威では無かった。一撃で殺されてしまう威力を持っていてもそれを当てることができる技術がない。けれど、唯心がいることで脅威となってしまう。少しでも足止めを喰らってしまえば唯心に攻撃され一瞬の内に飲み込まれてしまう。
「形状変化―――――杖」
茜もそれを理解していた。自分ではダメージを与えることができない、と。故に杖に変化し、束縛魔法を唱える。
「空中でもいけるのかよっ………!!」
何もない空間から茨が出現したのを見て悪態を吐き、その場から離れる。鳴喜が勝負の場所に選んだのは空中ではなく地面。その理由としては地面には空都がおり、そちらに気を向けなければならないと考えたからである。
鳴喜のその選択は正解であった。
唯心の精神は空都が生きているのを確認し徐々に通常の状態に戻りつつあった。徐々に身体能力が下がってきており、神殺兵器の使い方も分からなくなってきている。
「神よ。その茨で悪を捕らえたまえ。束縛!」
「チィッ!!!」
10を越える茨が鳴る喜を襲う。避けることは不可能に近い。その代わり束縛できても1秒か2秒である。
だが、その時間があれば短くてもその一秒があれば今の唯心ならまだ、決めることができる。
「ああああああぁぁぁぁあああああ!!!!」
鳴喜の左腕が茨で拘束され、唯心はその機会を見流さない。
一撃必殺の力。
だが、その攻撃が鳴喜に当たることは無かった。
「っ!!」
鳴喜の左腕は力無く地面に落ち、離れたところに左腕を失い、血を流している鳴喜がいた。
「左腕を………っ!」
「あぁ、斬り落とした。まぁ、今のお前らならこれでも充分だ」
重心がずれ、機敏な動きは難しくなった。そのせいで戦いづらくなり状況も不利ではあるがどうにかしてやろうと頭を回転させる。
球を作り、撃つ。
二人はその球をすべて相殺する。
「茜さん。お兄ちゃんを安全な場所に送ってくれませんか? それまで何とか時間稼ぎをします」
「分かった。すぐに帰ってくるから」
まず最優先に空都を安全な場所に送ろうとしたが鳴喜が一瞬で移動し、茜を地面に叩きつけた。
「うっぐぅ!!」
「茜さっ―――――ッぅぅぅぅぅ!!」
これが、本気の力か、と痛感する。
一撃攻撃を喰らっただけなのに身体中が悲鳴をあげている。
「逃がすわけないだろうが。お前らはここで殺す」
鳴喜が空都を殺さない理由は二つある。
まず一つ目は二人が確実に空都の安全を気にし、注意力が散るから。
二つ目は殺したときに何が起こるかが未知だからである。
先程の唯心は恐らく誰かが殺され怒りであのようになったのだと推測できる。空都を殺してしまえばまたあの状態になる可能性があり、あの状態になってしまえば今度は生き残れる確信がなかった。
「茜さん。私が攻撃を仕掛けます。援護をしてもらってもいいでしょうか」
「うん。でも上手くできないかもしれないよ」
「大丈夫です。信じていますから」
斯くして二人の戦いが始まる。
「ぅっ………っぅ!」
空都が目覚めたのは二人が鳴喜との戦いを始めて10分ほどたった時であった。
今何が起こっているかを確かめるために顔を上げて、真横に誰かが落ちてきたのを確認した。
「はっ?」
それはあまりに唐突のことすぎて頭が追い付かなかった。
だが、その落ちてきたの人間の顔を見て脳が覚醒する。
「唯心!!」
「っ………お兄ちゃん、体は……?」
「俺よりか自分の心配をしろよっ! こんなにボロボロになって!」
唯心の体はボロボロであった。
服は所々破れ、体には痣が多数できており、切り傷もかなりあった。
それに比べ空都の傷は回復しており、少々の痛みしか感じない。むしろ唯心の傷を見て感じる痛みの方が大きいぐらいだ。
「私は、大、丈夫……だから、お兄ちゃんは安全な……場所に………」
「できるか」とそう思った。しかし、ここにいれば足手まといにになるのは事実だ。ならば、邪魔にならないように離れなければならない。傷だらけの唯心と茜を残して。
「死ぬなよ………。絶対に、死ぬなよ」
「うん。分かってる」
唯心はそれだけを言うと飛び、鳴喜と衝突する。
鳴喜は下を見て舌打ちをする。今の鳴喜がなぜ空中で戦っていないのかというと、戦闘の中でいくつもの地面に仕掛けられた罠のせいで空中へと避けてしまい、そこから地上に着地できなくなってしまっているからだ。
空中では重心が取りにくく、二人の攻撃を捌ききるので精一杯であり、中々反撃の機会が掴めない。それに加えて空都が移動したことで二人は地上のことを気にしなくなり、さらに攻撃が激しくなる。
「クッ!」
攻撃を捌ききれず、唯心の蹴り上げられる。
そこへ茜が魔法を放ち、追撃する。
「神に願え。天に祈れ。力を乞え。勝利を謳え。太陽の花!!」
「がっ、ァァァァァァァァァアアアアアアっっ!!!!」
高熱が鳴喜を焼く。傷口が焼かれる痛みに苦痛の叫びを上げ、痛みに耐える。
「神に祈りを捧げよう。我らの偉大なる神に」
その詠唱が唯心の口から発せられ、鳴喜の背筋に悪寒が走る。回避行動はとれる状況ではない。
「全ての生命に安らぎを。この世の悪を統べたまえ」
業火が体を焼き、痛みが走る。そこから動こうとしても動けない。
「我らに祝福を。世を統べる神々の威光」
そして終わりを覚悟した。
蕾が体内に入り、その蕾から花が八方向に開き鳴喜の体を無慈悲に破壊する。
「はぁ……はぁ……はぁっ……!!」
返り血を浴び、吐き気を堪える。
「唯心ちゃん!」
バランスを失い落下する唯心を茜が支える。
身体能力がいくら向上しても心は中学生の少女だ。恐怖心を覚えるし、疲労もする。休みなしで戦ったのだから疲労をしていない方がおかしいだろう。
戦闘が終わり、冷静になった頭で二つの戦闘を振り返る。
そして自分の友を殺し、父親が自分を守って死んだ。
「っ!! 茜ちゃん!」
由奈は一度殺したと思っても生きてた。ならば、今回もその可能性がある、そう考えた。
「っ!」
そのおかげで茜は鳴喜の攻撃を避けることができた。
ゆらゆらと鳴喜がその場に立ち、剣を構えている。
生気を感じない目をしていて、生きていると言える状態ではない。まるでゾンビとでも言うべき姿である。
「何が……?」
「再生能力みたいなものだと思います………」
だがそれが分かったとしてもどう倒すべきかどうかがわからない。由奈を倒した神殺兵器はもう使えなくなってしまっている。
数秒の静止の後、先に動いたのは鳴喜。
だが、それは攻撃のためでなければ防御のためでもない。ならば、逃亡のためか。否、それは息絶えて倒れる動きであった。
鳴喜の頭が揺れた後、地に落下し、動かなくなった。
「えっ………?」
そのあまりにも想像をしていない光景を見た二人は固まってしまう。そしてすぐに戦闘体勢を整えた。
二人には何かが鳴喜の頭に撃ち込まれるのを見た。ならば撃ち込んだ敵がいるはずだ。そのために戦闘体勢を整えたが敵はいつまでも来ない。それどころか音も聞こえないし、気配もない。
数分後、何も来ないことを確認して息を吐く。
「大丈夫、かな……?」
「………多分大丈夫だと思います」
唯心と茜は同時に地に着地し、座り込む。体の力が抜け、震えが止まらない。
殺される恐怖と殺す恐怖。
自分のせいで大事な人が亡くなる恐怖。
平和に生きてきた二人の少女が味わったその恐怖は計り知れない。
恐怖で震える中、唯心の背筋に悪寒が走る。
「嫌なことが起きる」
そんな考えが頭を過り、力無く立ち上がる。
茜も唯心の立ち上がる姿を見て立ち上がった。
「茜さん………。お願いしてもいいです、か?」
「うん。最後まで付き合うよ。同じ魔法少女だしね」
二人はまた動き出す。




