日常が殺された日
学校に行った後音楽を聞きながら机に突っ伏していると頭を少し叩かれたので顔を上げる。
そこにいたのはクラス委員長である籐堂 絵里。そういや席替えで前の人が変わってたんだ、と思いとりあえず挨拶をする。
「おはこんばんちは」
「おはよう」
「お、おおぅ………」
普通に返されるとは予測してなかったので少し固まってしまう。
「何聞いてるの?」
どうやら朝の挨拶は別に気にしていないようで俺の携帯を指さして聞いてきた。俺は携帯を籐堂に渡し、自分で確認しろという合図をおくる。
籐堂はその画面を見て、「あぁ~。この作品歌はいいけど中身がいまいちだよねぇ………」とまったく俺と同じ意見を口に出した。
俺が今聞いているアニソンは「魔法少女まみが☆マミった」というアニメのopでアニメの内容は主人公のマミ・ワロベリスが「死に戻り」という能力と「無限の魔力」を特典として貰い、異世界で私TUEEEするというものだ。何で死に戻り持ってんだ。とか流行をとらえすぎて何か薄くなっているとか主人公がクズすぎるといった意見がある。
ちなみに絵が好きなので俺は視聴をやめていない。魔法を使うときに魔法少女になるのだが、そのシーンが最高過ぎて泣けてくる。
「おはよう」
アニメの内容に関して喋っていると隣の席の鳴喜 久がやってきて挨拶をしてくる。挨拶を返すと久も話に入り、3人で今期アニメのことを語る。こういうオタクっぽい話をしているとキモがられるとかいう事が他の高校ではあったりするという噂を聞いたことがあるのでこの学校にきて良かったと思う。
チャイムが鳴り担任が入ってきて挨拶をする。
「あ~。おはよう。今日は平常授業だ。連絡事項もない。以上!」
たったそれだけを言うと俺たちのクラスの担任は教室から出ていった。適当極まりないがいつものことなので仕方がない。
そう、いつもと変わらない朝だった。変わった事なんて少しもなかった。少なくとも朝には気づけなかった。
空を見上げると黒いナニカが飛んでいたことを。
―――――放課後。一番最初に気づいたのは誰だったのか。それは分からない。けれど一番最初に声を挙げた奴が一番最初の被害者となった。
「なに、あれっ………! ひっ! いやっ!」
窓際の女子が窓から外を見て突然椅子から転げ落ち、「うぁぁぁぁあああぁぁぁああっ!!?」と初めて聞く、耳をつんざく悲鳴をあげた、
全員が窓の近くに寄って外を見て目を疑った。
そこにいたのは一般的に「ガーゴイル」と言われる怪物に近い何かだ。この世界に実在しないはずの怪物だ。
その怪物はこちらに向かって何か黒い玉を投げつけ、そして
あの叫んだ窓際の女子を切断した。
「嘘、っだろ………?」
「アァァァアアアァァァァァァアッッ!?」
「ううううううえぇぇぇっ! うぇっ! ううえええええええっ!!」
呆然とする者。
叫び声をあげる者。
胃の中のものを吐き出す者。
俺はそれらから目を反らし、廊下へと走った。
パリン、と窓ガラスが割れる音やグチャ、と何かが潰れる音には無視をした。そうしないと恐怖で止まってしまうからだ。
自分のことだが友達を見捨てて自分だけ逃げるなんてどうかしている。
それでも、そう分かっていても、俺には逃げるという選択肢しかなかった。
南校舎と北校舎を繋ぐ廊下を抜け、どこに逃げるか、と考える。
あの化け物がやってきたのは南から。窓から外を見ると、北には化け物はいない。ならば逃げる場所は―――――
一階に降り、北側の外へ出る。
急げ、急げ、と心の中で何度も呟いて目的の場所―――――倉庫の扉を開けて中に入り、鍵を締めて息を殺す。
ここはゴミ置き場として使われていて臭い匂いが漂っているがそんなものはどうだっていい。必要なのは外から見えない、という事実だけだ。
鼻がよく効くなら無意味だが目や耳だけで判断するというのならここは絶好の場所だろう。誰もいないので喋り声は聞こえないし、窓もないので外から見えない。
依然として叫び声が聞こえる。窓ガラスが割れる音が聞こえる。助けを求める声が聞こえる。
その声から逃げるように、逃げた自分から目を反らすように、耳を塞ぎ、目を閉じた。
その男が―――――空都の親である霧乃 優斗が異変に気づいたのは午後三時前、空都の学校が襲われる40分前だ。
朝から黒い何かが飛んでいるのが分かっていた。だが、それが化物だとは予想できていなかった。
その何かが良くないモノだと優斗が思ったのは直感である。
だが、優斗はこの直感を信じていた。今の妻と出会えたのもこの直感のおかげだったから。
優斗は誰にも言わず会社から出て、家に向かう。
スピード違反などお構いなしにスピードをだしていく。
けれど、結論から言ってしまうと、優斗は間に合わなかった。
交通事故で通行止めになり、途中で車を乗り捨て家まで走って目に入った光景は崩れた家。
「ゆいなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!!」
家の残骸を退けていき妻を探す。
妻は―――――由比菜はここにいる。
今まで信じてきたこの直感を今だけは信じたくなかった。
それでも、ここにいると心が告げている。
「由比菜!! 由比菜!」
素手で残骸を除けていき、そして、手を見つけた。
「由比菜!」
そして周りの残骸を除けていき、顔が出てきて胴体が出てくる。
まだ、息をしている。まだ、生きている。
その事に安堵しながらも急いで下半身の部分の残骸を除けようとするが、重すぎて除けられない。もたもたしている暇なんてない。もたもたしていたらこの残骸が由比菜を押し潰してしまう。
「あんた………そんなに必死になって、もう、私は助からない。分かるんだよ。流石にこれじゃあ、助からない。助かったとしてもすぐに死ぬ」
「話すことが一番疲れる。だから、喋るな」
「いいや、喋るね。私を置いて逃げろ。今すぐに逃げろ」
「出来るわけないだろう!?」
「結婚する時に約束しただろう? 私が死にそうになって、あんたも危ない状況だったら私を置いて逃げるって」
確かにそう約束した。そう約束して結婚した。
「それにお前の直感もいってるだろ?」
由比菜は助からない。優斗の直感は確かにそういっていた。
由比菜を置いて逃げろともいっている。そのせいで残骸を除ける手は止まってしまっている。
「ほら行け。まだ、空都も唯心も生きているんだろう? ならお前がやることは一つだ。守れ。私たちの子供を」
「っ………………」
「来世でも絶対、由比菜に告白するから。由比菜が嫌がっても何度でも告白してやるからな」
「はははっ。迷惑だな。でもまぁ、嬉しいな。さてと、じゃあ、先に逝くことにするよ。じゃあな優斗」
その言葉と共に由比菜の目は閉じ、息を引き取った。
「あぁ、クソ。結局、最後までお前の方が格好良かったじゃねぇかよ………」
斯くして、愛する者を失った男は愛する者を守るために走り始める。
何時間経っただろうか。それともまだ何分だけなのか。
分からない。耳から手を放せば何も聞こえなかった。悲鳴も何かが壊れる音も。だが、外に出るのは怖かった。まだ、あの化物がいるかもしれない。
そんな考えとは裏腹にドアがノックされる。
「っ!!!」
「………空都君!!」
その声は幼馴染みの声だった。
「今は外には化物はいないよ。えっとね、魔法少女たちが体育館にバリアを張って、化物を倒したの。だから今は安全。だからこの間に一緒に逃げよう?」
鍵を閉めていたはずのドアがゆっくりと開いていく。
外にいたのは幼馴染みの篠宮 茜。
その格好は―――――唯心の魔法少女の格好と良く似ていて、唯心の大剣とは違い、杖をもっていた。
「私もその魔法少女になったの。じゃあ、逃げよう」
茜が手を引っ張る。茜が向かうのは体育館とは逆方向だ。
「茜」
「ダメだよ」
茜はまるで俺が何を言うのか分かっているかのように即答した。
「茜………?」
「空都君。あの化物は血の匂いに反応するんだよ。だからあんなに人がいる場所はダメ。負傷者もいるんだし。確かに私たちのバリアは強固なものだけど、それでも破られない訳ではない。ガーゴイルなんてのは私たちが一撃で沈めることができるレベル。それより強い化物なんてきっといっぱいいる。だから、簡単に見つかる場所じゃダメなんだよ」
「そう、だな………」
俺だけが違う場所に、安全な場所に逃げる。それが良いのか悪いのかどうか分からない。さっき、自分だけが優先して逃げてしまったから。今更皆と同じ場所に避難なんて虫が良い話だ。
「っ!! ―――――」
茜は振り向き、何かは聞こえなかったが言葉を発した。
瞬間、バリアが出現しそのバリアと黒い球がぶつかる。
「ほぅ。これを守るとは。さすがに舐めすぎていたなぁ」
現れたのは一人の男。その男は聞いたことのある声で、見たことのある顔で、同じクラスで友達の、
「鳴喜………!!」
鳴喜久だった。
「ん? あぁ、流石だな霧乃。こんな時にデートか。羨ましいな。羨ましすぎて殺したくなっちまったよ」
「求む救済―――――開始」
『―――――ネーム篠宮茜。魔術回路一致。コード79金の杖所有者と確認。バイタル、グリーン。マインド、イエロー。魔法少女化開始します』
魔力のような白い何かが周囲に飛び回る。
「ねぇ、退いてくれないかな。今から空都君を避難させなきゃなんないの」
「嫌に決まってんだろ。どうせ全員殺すんだ。早いか遅いかの違いだ」
「空都君は殺させない。絶対に」
「まぁまぁお熱いことで。死んでくれよ」
「お前が死ね」
茜が白の杖を振ると白色の球が出現し、すべてが鳴喜向かって飛んで行く。
鳴喜は黒の球ですべて相殺し、突撃する。
「形状変化―――――剣!」
一瞬で杖が剣に代わり、鳴喜が持つ黒の剣とぶつかる。
何度か金属のぶつかる音が鳴り響き、鳴喜が茜を吹き飛ばした。空中に茜が舞い、鳴喜が距離を縮め避けられない状態である茜を地面に叩きつけるように殴った。
「茜!」
ドォン!と勢い良く茜がコンクリートの地面にぶつかり、そこにクレーターができる。「死んだ」と思った束の間、クレーターの中心から人が立ち上がる。
「何で………押し負けたっ………!!」
それは茜の口から出た疑問。一体何を言っているのだろうか、と思った。体の心配じゃなくて先程の斬り合いで負けた理由を言っている。
「何でってそりゃあ、技量の差だな。お前は力を手にいれてまだ一ヶ月も経ってないだろう? 体捌きがなってない。力を振り回すのではなく力に振り回されている」
「―――――ッァァァァァァァァアアアアアッ!!!」
鳴喜が作り出した黒の球がすべて茜に命中する。
そして、鳴喜は笑いながら目の前に今までの球とは明らかに違う球を作り出していく。
それを見て俺はすべての思考を中断し、茜の元へ走った。
力になれないことは分かっていた。茜の所へ行っても何もできないと知っていた。それでも、自分を助けようとしてくれた人が殺されそうになっているところを見逃すことはできない。
「あかねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「潰れろ人間」
鳴喜が黒の球を落とす。
間に合え、間に合え、間に合え、走る。
間に合え、間に合え、間に合え、手を伸ばした。
その手は茜に当たり、茜を突き飛ばした。
「っ!!」
そして、その球が俺に直撃し、意識を失った。
篠宮茜は倒れた空都を見て絶望という文字に襲われた。
何で、空都君が………。
霧乃空都は篠宮茜を守った。頭でそう理解できても心が理解できない。もし自分が空都を体育館に先に送り届けていれば空都が攻撃を喰らうことは無かった。
「私の、責任だ………」
死んでいるかどうかは分からない。だけれど、魔法少女として強化されている私でも痛みを感じるのだ。生身の空都君が無事なわけがない、と絶望的な考えが茜の頭を過った。
「ははははははっ!! ははははははははははははははははははっ!!」
突然、鳴喜が笑い始める。目線の先には先程自分がそこにいた茜を消すほどの威力で攻撃を行ったにも関わらず、五体満足で存在している空都の姿があった。
魔法少女として強化されている茜を消すほどの威力。それにも関わらず空都はそこにいる。まだ生きている。
鳴喜久にとってそれはあり得ないことで、だからこそ面白かった。
「何で、笑っているの……っ! 何でっ………!」
茜には分からない。何故鳴喜が笑っているのか。
誰が死ななかったから笑うというのだ。そんなこと、あるはずがない。
「面白いからさ。空都君は絶対に殺させない? はははっ! 守れていないじゃないか!」
「黙れっ………!」
「お前が聞いてきたんだろう? それなのに黙れとは理不尽なことだ」
「形状変化―――――杖」
茜が先程まで出していた球の大きさの2倍、いや、それ以上の大きさの球が鳴喜に向かって飛んでいく。鳴喜は同じ大きさの球を作りだし、茜の出した球とぶつけたが相殺できず、攻撃を喰らった。
「っ。案外いてぇなぁ。ほら、お返しだ」
直撃し、若干顔を歪めたがダメージはあまり無さそうだと茜は即座に理解し、鳴喜が出した球は数えるのが嫌になるほど多く、すべて避けるためには神経を集中させなければならない。
避けて、避けて、避けて、避けられない球は剣に変えて切断し、一撃も当たらないようにする。
「グゥッ!!」
それが、もし球だけなら茜はすべて避けれていただろう。だが、ここには鳴喜がいる。顔を狙いにきた拳を剣で防ぐ。
茜が持つ剣は唯心と同じで剣と手首が茨で繋がっており、剣だけが吹き飛ばないようになっている。そして、剣の重みも感じないので剣の柄を力強く握らなくてもまるで手のように動かせるようにもなっている。
だからこそ、その攻撃をギリギリではあるが防ぐことができた。
ただ、防ぐことができても衝撃で吹き飛んでしまったのではあるが。
茜は無理矢理、コンクリートの地面に剣を突き刺して吹き飛びを少なくさせる。そのせいで刃先が壊れてしまったがすぐに再構築される。
「形状変化―――――杖。束縛!」
瞬間、茨が鳴喜の下から出現し、鳴喜の動きを封じることに成功する。
「神に願え。天に祈れ。力を乞え。勝利を謳え。太陽の花!!」
身動きができない鳴喜を花が包み込み、そのまま上昇し、花が開き、部分的に高熱を発する。初めて使う魔法ではあるが上手く決まり安堵する。
常人ならこの高熱によって骨ごと溶けるはずであった。けれども鳴喜は常人ではなく、「ヒト」ではない。
その魔法が解けた後に茜が見たのは人の姿に角が増えた存在。
所謂「鬼」である。
「流石に熱くてなぁ。擬態が焼けたよ」
まるで、擬態が解けた以上の攻撃は喰らっていないかのように平気な顔で鳴喜はヘラヘラと笑った。
それを見た茜は絶句。
魔法少女になったときに得た知識ではこの魔法は高威力に入る部類の魔法だ。それなのに、それをまともに喰らった鳴喜はまだ生きている。それどころか傷を負った様子が見えない。
「さて、それじゃあ、死んでくれ」
そして、茜の目の前に飛んできた鳴喜は手に持った剣を無慈悲に振るった。




