魔法少女
俺の妹はとてつもなく賢い。毎日毎日ずっと勉強し続けていて中学生で高校の範囲まで勉強している。この前の全国中学生模試は全国5位であった。
だから突然妹が言い出した「夢」は勉強のしすぎで思考回路がショートしたのかキラキラネームをつけた親への反逆かと思ってしまった。
「私、魔法少女になりたいの」
「オーケイ、オーケイ。聞こえてる。聞こえてるからな」
頭を押さえどうしたものかと考える。
なぜ、俺と母さんと親父が妹に向かい合うように座っているのか。それは約5分前に遡る。
突然ノックもなしに部屋へ入ってきた親父に「家族会議だ」と意味の分からないことを言われリビングへと連れてこられた俺は妹が中学を卒業すれば1人暮らししたいとでも言い出したのかな、と軽めに考えていた。しかし子供にキラキラネームをつけた親のことだ。その程度のことで家族会議などするわけがなかった。
妹に向き合うように座った俺を見て妹は真剣な眼差しで言う。
「私、魔法少女になりたいの」
そして今に至る。
とうとう頭がおかしくなってしまった。妹はよく俺が見てるアニメを一緒に見るのでそれに影響されたのだろう。今期アニメは魔法少女系もあったし。
「お前、現実と空想が分からなくなったのか?」
「現実は現実で空想は空想。3次元は3次元で2次元は2次元だよ。昔のお兄ちゃんとは違うもん」
この妹は人の心を抉るようなことを言いやがる。別にいいじゃねぇかよ。男なんだからやりたくなっちゃうのが当たり前なんだよ。俺の友達は高二病に突入してしまってるし。
「なぁ空都。俺は育て方を間違ったのか…………?」
「名付けが間違ってんだよ。空都って書いてラピュタと読ませなかったのはまだいいが何で唯心でいさねって読むんだよ。これはキラキラネームをつけられた唯心の復讐だ」
俺の名は霧乃 空都。
もし、母さんが止めなければ今ごろラピュタと呼ばれるという辱めを受け、平和の呪文を唱えて親父の目を破壊しているだろう。何で子供に辱めを受けさせようとするのか今も理解できていない普通の高校2年生だ。
妹の名は霧乃唯心。
完全にキラキラネームで唯心と書き「いさね」と読む。この前、本人に名前のことを聞いてみると「可愛いからいい」なんてことを言っていた。
「唯心は母さんが許したんだぞ………私は何も悪くない。悪いのは母さんか………」
「うっせぇハゲ。名付けたのはあんただろ。そのザビエル形を全体に広げるぞ」
「グフゥっ!母さんは人をいとも簡単に傷つける…………」
親父は母さんに言葉の暴力を受け、涙を浮かべる。うっせぇハゲというのは相手がハゲていないから言える言葉であるのに母さんはてっぺんハゲの親父に向かってよくそう言っている。つまりこれが家族の愛らしい。
「唯心。親父と母さんはこんなのだけどお前まで合わせる必要はないんだぞ?ほら、俺みたいに一般ピーポーになれよ」
「私は魔法少女になって世界を救う!」
ダメだ。俺には相手できん。
そう理解した俺は親父に向けて面倒くさそうに手を振ると親父は俺を悲しい目で見つめてきた。そんなに悲しい顔を息子にするなよと思いながら妹に向き直る。
「魔法少女というのは遙か遠き夢だ。理想と言い換えてもいい。みんなを守る姿はイケメン主人公と違い美しく、変身する姿などを見ると思わず鼻血が出そうになる。唯心が魔法少女になれば紳士諸君に見つめられ変態にはなめ回されるように見られる。それでいいのか?お前が目指す魔法少女はそういうものだぞ」
「嫌だけど、決めたことだから。魔法少女になって世界を救うって」
「魔法少女は『悪』と戦う。お前は何と戦うんだ?」
「この世界に終わりを告げる『悪』と戦うの」
唯心の目がふざけていたのなら俺は他にも何かを言っていただろう。しかし、唯心は真剣な目をしていて何も言えなくなる。
「その『悪』はいつ現れるんだ?」
「遅くても早くても1週間以内」
「だってさ」と言いながら親父と母さんに目を向ける。もう俺には相手できない。こうなった唯心には何を言っても自分の意志を曲げることはないということを理解してるから。
「別にいーんじゃねーの?」
伸びた声で母さんが言う。
「空都だってこの世界を救うとか言いながら1日家出したんだしさー。それが1週間になるだけだろー?」
伸びた声で人の黒歴史を蒸し返してきたことによって俺に被害がでる。そういうのは親として心の中に静かに閉まっておくものだろう。頼むから俺を傷つけないでください。
「1週間以内に来なければどうすんの?」
「来る。絶対に」
「やっぱ頑固モードに入ってんなー。まぁ、せいぜい怪我しないように頑張れー。以上かいさーん」
母さんがパンパンっと2回手を打ち、お菓子を取りにいく。俺は親父の肩に手を乗せた後に自室へと向かった。
何の根拠もないがこの時には既に俺の中には「確信」があった。
唯心が魔法少女になると言う訳の分からない確信が。
その日の夜、部屋がノックされた。俺はどうせ母さんがゲーム手伝えと言ってくるのだろうと思いながら扉を開けた先にいたのは唯心であり、少し驚いた。
「どうした?雷は鳴ってないけど」
「雷鳴ってたって1人で寝れるよお兄ちゃん…………」
唯心は少し傷ついた表情をしながら俺を見る。昔は雷怖いと言ってきたのに今はそんな影すらない。
「えっとね、お兄ちゃんこの前魔法少女の変身が良いって言ってたよね?」
「今日も言ったな」
「私、魔法少女になれたの。だから変身する姿を見てほしくて」
なんともまぁ可愛い妹であろうか。
今ごろだが唯心は身長が低い。どれくらいかというと中学生とは思えないぐらいである。これはとある事故で全身の骨が折れてしまったために成長できなくなった、と医者が言っていた。
そろそろ現在から目を逸らし過去を見つめるのはやめよう。
唯心の言葉に一瞬気が飛び、俺は「えっ?」と間抜けな声を上げてしまう。
「だから変身する姿を見てほしいの」
どうやら本当らしい。俺は大きく頷いて変身を見せてもらうことにする。
そんな目で見ないでくれ。妹とは言え魔法少女の変身だぞ?見たくない奴の方が少ないだろ(偏見)。
「じゃあ、やるね? 起動」
唯心が言うと空中から白を基調とし、先に金色に光る星があるステッキが出現し、唯心がそれを掴む。
「求む救済―――――開始」
ステッキから茨が出現し、その茨が唯心の腕に絡みつく。
『―――――ネーム霧乃唯心。魔術回路一致。コード78白金の杖所有者と確認。バイタル、マインド共にグリーン。魔法少女化開始します』
唯心の体が光り、下から上へと光りが消えていく。足が見え、太股が見え、腰が見え、胴が見え、顔が見える。
「アイエエエ!?」
忍者が来たわけでもないのにそう叫んだ俺を誰が責められようか、いやできまい(反語)。
何だ茨が出るって。何だ今の機械音は。何だ今の変身は。何だその剣は。
いろいろと言いたいことがあるが、まずは感想を言おう。
「ど、どうかな?」
「すごく、可愛いです………」
唯心の姿はそれはそれは可愛いものだ。「可愛いは正義」とロリコンに限らず多くの人が言うが確かに的を得ている。
「そ、そう…………。ありがとうお兄ちゃん」
そう言って笑う唯心に一瞬だけドキリとしてしまう。俺はシスコンでもロリコンでもないが今のは思わず可愛いと口に出してしまうほどのものだ。
黒のゴスロリ服という中二ファッションで俺の心を抉りながら小学生に見えるくらいの子が笑顔で自分を見ているのだ。もし妹じゃなければ惚れていた。あっ、俺ロリコンかもしれない。
「その剣は重くないのか?」
気づいてしまいそうになった事実から急いで目を背け話をふる。唯心の手にはステッキではなく剣が握られていてかなり重たそうに見える。
「重くはないよ? 持ってみる?」
「持たせてくれるなら」
俺がそう言うと唯心はその剣を差し出す。俺はそれを受け取り、あまりの重さに肩が外れそうになった。
いや、まじで。もうこれ外れてんじゃね?重すぎワロエナイ。
唯心に目を向けると俺の状況を察してくれたらしく、剣を取ってくれる。唯心は軽く持ち上げているのでやはり主人公補正ならぬ魔法少女補正が効いているのだろう。
うん。あんま驚いてないな。
俺は首を傾げる。何故、俺には唯心が魔法少女になるという確信めいたものをもっていたのだろうか。
唯心が頑固モードだったから?
いや、違う。
これはそんなものじゃない。例えるなら―――――何か人の気持ちが完璧に理解できたような気持ちのようなもの。
なんだそれは。まるでそれは一心同体みたいなもんじゃないか。
いや、そうか―――――
「お兄ちゃん?」
「―――――っお!?」
唯心の声で現実に戻ってきた。
何かを考えて結論をだそうとしたが何を考えていたのだろうか。全て頭の中から抜けてしまっている。
「そういや『悪』ってのはもう来るのか? 魔法少女になったことだし」
「分からない。後一週間って言うのは分かるけどそれ以外は全く分からないの。役に立たなくてごめんね?」
「そっか。まぁ、来たときにはきちんと戦えるようにしとけよ?」
唯心がバツが悪そうな頭をしていたので頭をやや乱暴に撫でる。
唯心に聞いた話だとどうやら頭を撫でられると安心感で満たされるらしい。今度幼なじみにやってみようか、と思ったが即座に思考を中断した。
そんな事をすれば間違いなく貞操が奪われる!
俺の幼なじみは軽度のヤンデレだ。彼女がいじめられていたのを助けたらそこまで仲良くもなかったが突然懐くようになり引き離すのに苦労した。
そんな幼なじみの頭を撫でてしまえばこう、なんか淫らな展開にならないだろうか。
「グヘヘヘヘヘ」
「お兄ちゃん。ちょっと気持ち悪いよ?」
ハッ!?
俺は何をやってるんだ、と頭をバンバンと布団の上に打ちつける。壁にやらなかったのは親に迷惑かな、と思っただけで決して痛みが怖かった訳じゃない。痛みが怖かった訳じゃない。大事なことなので(ry
唯心の頭から手を離すと名残惜しそうに目を向けてきたのでもう一度撫でる。
「ダメな兄でごめんな? うぅっ…………」
「えっ…………? どうしたの?」
「唯心が可愛いなって」
「もうっ! からかわないでよお兄ちゃん」
実際可愛いと思うのだが、唯心は素直に受け止めない。贔屓目なしに普通に可愛いと思うんだけどな。
「うぅっ。そう言うことは他の子に言ってあげてよ。その、あの、恥ずかしい、から」
どうやら俺の心の声は漏れていたらしくそのおかげで恥じらう唯心を見ることができた。ヤバい、可愛い。
実の妹にイケナイ感情を抱いてしまいそうだったので頭から手を離し、距離をとる。
「どうしたの? そんなに距離とって」
「ちょっと深淵と戦ってた。明日学校だしもう寝ろよ? 俺ももう寝るし」
「うん。じゃあお休み」
「おう。お休みー」
手を振って妹を見送った後、ネットで「魔法少女 現実 実在」と頭がイってしまってるような検索をするがそれらしいものは無かった。
あれはなんなのだろう。はい、そうですかとすませることはさすがにできない。頭がお花畑でもないし、そんな事実を受け止められるような人間とは違う。異常なものは異常で正常ではないのだ。
深夜2時を回り、3時、4時、5時、6時と寝ずに調べていたがまったくでてこない。まるで何かセキュリティーでもかけられているような…………。
「闇雲に探すのはダメだな」
唯心が魔法少女になるとき言っていた詠唱文で調べてみてもプラチナが原子番号78。つまりは唯心のコードということ誰でも知っているような情報以外になかった。
もちろん「コード1 水素 hydrogen」などと調べてみてもそれらしきものは何もでてこない。
無理だな、と諦めてとうに昇っている太陽の光を浴びながら体をのばす。
「今日は最悪な日になりそうだ」
徹夜に慣れていない俺の体は重たく、気を抜けば寝てしまいそうだ。1階に降りて洗面所で顔を洗い、すでに起きている母さんに挨拶をしてジュースを飲む。
「空都ー。あんた昨日何してたのー?」
「調べもの。初めてあんなに一生懸命調べたよ。答えは出なかったけど」
「空都が諦めるなんて珍しいなー」
「何だそれ。結構諦めること多いぞ」
「唯心のことだろー? 空都は唯心の事なら本気でするからなー」
伸びた声でいいながら母さんは朝食を作る。親父が降りてきて、母さんにタオルを投げられ洗面所へととぼとぼと歩いていった。
いつもと同じ朝。なのに何か違う。唯心の事じゃなく、何か大切なことを忘れているような、そんな気がしてならない。
「う~…………。おはよ~…………」
目を擦りながら唯心が起きてきて、自分専用のコップにジュースを入れて一気に飲む。
「ぷはぁっ!」と、風呂上がりのおっさんのような声を出して唯心の目が開いていく。
毎朝思うのだがなぜそんなすぐに脳が動くようになるのか。確かに寝起きに乳製品というのは脳を活発化させるのに良いと聞くがこんなすぐに効き目は表れないはずだ。一体どんな脳の構造をしているのだろう、と思ってしまう俺は悪くないはずだ。
「おはよう! 今日も良い朝だねっ!」
元気になった唯心はテンションが高い。
俺が母さんに投げられた台拭きをキャッチし、机を程よく適当に拭くと唯心が食器を運んでくる。入れ替わるように俺は先ほどまで唯心がいた場所―――――キッチンへと移動し、食器を運ぶ。
そして運び終えるのを狙ったかのように親父が部屋に入ってきて俺たちは朝食を開始した。
談笑しながらご飯を食べ、食べ終えると唯心が深呼吸して言葉をゆっくりと紡いだ。
「私、魔法少女になったよ」
その瞬間、親父が凍り付いた。母さんは興味なさげに鼻くそをほじっている。
「まさか、本当に?」
「うん。本当」
唯心がそう言い、「起動」と呟くと、昨日見た杖が出てきた。
「「まじか」」
これには母さんも驚いたようで親父と声がハモる。
まぁ、本当に何もない―――――少なくとも普通の人の肉眼では何もないように思われる空間から杖が出てきたんだ。驚かない方がおかしい。
「へ、変身はしないのか!?」
「ごめんなさいお父さん。変身すると疲れちゃうから今はダメなの…………。それに、その、恥ずかしいから」
鼻息を荒くして気持ち悪い親父のお願いに唯心は可愛らしい理由で断る。
親父はしょぼんとしていて何か子供みたいで可愛いなどと思うことはなく、ただ気持ち悪かった。
「んじゃーできるだけ死なないように頑張れよー」
母さんが言い、席を立つのに合わせて俺も席を立つ。そして唯心は親父に申し訳そうに頭を下げてから席を立った。
しょぼんとした親父の頭を母さんが撫で、親父が元気を取り戻す。そして、母さんが「ハゲエキス」と言いながら俺に親父を撫でた手をすり付けてきて、親父がまたしょぼんとする。どうやら唯心が魔法少女になっても家の日常は変わらないらしい。少なくとも今はまだ。
「そろそろ始めるか。無慈悲で残酷なクソッタレの戦争を。心行くまで楽しんでくれよ?」
どこかの誰かがそう言って、愉快そうに口元を歪ませて、笑った。




