ACT.2
気まぐれ更新です。御了承ください。
ある一つの寺の鐘の音色が鳴り響き、今日の一日の始まりを知らせようとしている。
その寺の名前は金山寺。
桃色の短髪の一人の修行僧が目を覚まし、身支度を整えてから境内の掃除へと取り掛かる。
境内の掃除が終わり、次は自室として使っている離れの小屋を掃除しに戻ろうとした時「江流」と聞きなれた声が自分を呼んだ。
江流は誰だろうと振り返るとそこには金山寺の最高責任者でもある老師こと、法明が立っていた。
江流は見習い僧であると同時に物心が付いたころから小姓として法明に仕えてきた。
孤児の江流にとっては法明は師であると同時に親でもあった。
「おはようございます、老師様」
微笑んで挨拶すると法明も微笑返して言葉をかけた。
「おはよう、今日はそなたにとっては特別な日じゃろ?」
「はい。今日は僕が一人前の僧侶になれるかどうかの試練の日だから」
「そう固くなるな。昨日は知識の方は合格した、今日は武術の方だ。常に心身ともに文武を磨くこそ我が金山寺の教え」
「孤児だった僕を拾い、今まで育ててくれたことはとても感謝しております」
深々と頭を下げた。
「おっと、こんなことをしていると掃除の時間がなくなってしまうわい」
「そうでした。では失礼します」
「うむ、では小食(朝御飯の事)の後でそなたの自室に向かうから」
「分かりました」
そういうと江流は自室である小屋へと戻った。
その背中を見つめる法明。
(あれから十七年……。抱えるほど小さかった赤子だったお前さんが今では立派に……)
十七年前の出来事は今でも昨日の事のようによく覚えている。
今でも夢じゃないかと思ってしまうほどの衝撃だった。
その日もいつもどおり朝の読経をしようとする時に突然光が発生した。
その光の中から一人の女性が現れた。
後にあの観音菩薩知った時は腰を抜かした。
観音菩薩は男の観世音菩薩と一つの体を互いに共有しあっていることもこの時知った。
一人の赤ん坊が川に流されており、それを見つけて一人の僧侶として育てろと命令された事。
赤ん坊を見つけるのに時間がかかったが無事に見つかって寺につれて帰り、お言葉通りに僧として養育した事。
その赤ん坊が江流。
今日は今まさに全てが報われるのである。
法明は感無量になりかけたがなんとか抑えつつその場を後にした。
自室の掃除が終わり朝の読経の後、朝食を済ませて自室へと戻る途中アラフォー世代だと思われる一人の僧侶が「江流」と声を掛ける。
彼は真円。
法明の優秀な右腕の一人である。
「今日の武術の試験、頑張って来い。応援してるからな」
「はい、ありがとうございます」
「お前は自分に自信がない所がある……。だからもっと自信を持て、俺が言うんだ間違いない」
「……」
言葉をつまり顔をうつむいていると両方の頬に突然の感触と温度を感じた。
吃驚して頭を上げたら真円が真剣なまなざしで見つめていた。
「どうしてお前はそういつもネガティブに考えてしまうんだっ!もうちょっと前向きにならんかいっ!?」
「……武術が一番自信がないんで……」
その時にいきなり後ろから襲われる気配がしたので真円の手を振り払い身体ごと横へとよけた。
「武術に自信がない~~~~~っ?、バーカ。この俺様からたったいま空手チョップを避けた奴が言うセリフかっつーの!?」
「順万っ!!」
後ろから攻撃を仕掛けたのは江流とは同期であるが三つ年上の順万。
面倒見がいい兄貴肌を持っていた彼だが金山寺一の問題児でもあった。
「学問も武術も真面目に取り組んだお前が自信がないと言うんだ……プっハハハハハハハハハ」
一瞬の静寂の後、腹を抱えて盛大に笑う。
「順万っ!!」と真円の怒鳴り声を上げても彼は笑い続ける。
そんな様子を江流はただただ口を上げて唖然とした。
江流にとって彼は苦手な相手であるゆえ、今すぐにでもその場から移動して逃げだしたかった。
けれどもそれに反して足が一歩も動かなかった。
「お前なっ!昨日も夜遅くまで花札やってただろがーっ!」
「かったい事は気にすんなっての。それより江流、さっき、この俺様の攻撃をかわした奴が~~~~?なっさっけねーなぁ~」
真円が怒声を上げても順万にとってはどこ吹く風。
彼にとってはギャンブルはもちろん、酒は飲むわ、タバコは吸うわなどは当たり前の生臭坊主で有名。
そんな破戒僧で名を知られている順万は実力では法明に認められた僧侶でその腕は金山寺の後継者候補の一人として認められている。
ただし、本人は面倒臭いと常々言っている。
「?」
「お前自分が思っているほど強いぜ。俺様はそう思う」
「え」
今だに思考が追いついてない江流。
「誰もお前の事で笑う奴なんかいねぇ。人の努力を踏みにじるやつは必ず罰が当たるもんだ」
「え……でも……」
「かーっ、もーっその引っ込み思案なな性格が直ればいいんだけれどなぁ」
「……僕はそのつもりはないんだけど……」
弱弱しく反論したが順万のペースは落ちない。
「まっ、これで試験に合格したらお前も一人前になるんだ。小姓も卒業なんだしお祝いとして俺様がお前を町に連れてって綺麗なお姉ちゃんと程よいお付き合う方法を教えてやるぜ」
「順万っ!!お前と言う奴はっ!!」
「あ……あの……」
「ん?」
「僕はこれから小屋に戻って掃除したいのでこれで失礼します」
この場を離れた江流は慌てて頭を下げて早足で小屋の方へ向かっていった。
「おい逃げるなっ、こらっーー」
「そんなんだから逃げられるんだよ……」
悔しがる順万に対して呆れた様子でため息をつく真円だった。
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