ACT.1
気が向いた時に数文字程度で書き進めています。だからめっちゃ遅いです。
金山寺はいつもどうり僧侶達が集まり、朝の読経を行おうとしていた時だった……。
突然まばゆい光の塊が僧達の前に現れた。
「なんじゃっ!ありゃーーーっ!?」
「妖怪の襲撃じゃっ!?」
「老師っ!お下がりください」
皆が大混乱を起こしててんやわんやを起こしていると光の塊はやがて人型になり、発光も薄めていくと一人の女性が姿になった。
「ふぅ……ここが金山寺ね。おっ」
女性は首に巻いたマフラーの余りの部分を誰もが一目で分かる立派な胸に巻き、さらにそれをそれぞれ両腕に巻いた上半身の露出度が高い状態である。
腰は派手な装飾を施した白い布で下半身全体を覆う形で巻かれており、足首から下しか見えない。靴下は履いておらず真っ白な布とは対照的に簡素な真っ黒い靴を履いている。
あたりを見渡すと近くにいた一人の若い僧にしゃがんで声を掛けた。
「ねぇあんた。ここの最高責任者と話があるの、連れて来てくれる?」
色気丸出しの女性の質問に腰を抜かした若い僧は己の中にある煩悩と格闘しながら「貴方は一体何者なんだっ!?」と返答した。
「アタシ?アタシはね……」
女性が口を開こうとした時だった。
(おいっ、俺と変われ!今すぐにだっ!!)
女性の脳内にいきなり怒気が含んだ男性の声が聞こえた。
その声は女性にしか聞こえず彼女は不機嫌そうに返した。
「ちょっとっ!今からアタシが説明しようとしてるのよ、邪魔しないでくれる?」
(アホかっ!女人禁制の寺で女に対しての免疫が全然持たない者が落ち着いて聞けるわけねぇだろうがっ!だから今すぐ変われ!)
腑に落ちないが「分かった、分かったよ。もうちょっとからかいたかったのに……」ブツブツ言いながら体が光だした。
すると長かった金色の長い髪が短くなり、ふくよかな胸が鍛えたような大胸筋がわかる胸板に変わり、なりより顔が美女から美男に変わった。
先ほどの女性ではなく完全に男性の姿に変わっていた。
様子を見ていた老師は弟子が「お止めください」「危険です」と必死で止めようとしているのにもかかわらず男性の下へと近づいた。
「儂はこの寺の最高責任者法明と申します。貴方様は?」
「法明殿か……。俺は観世音菩薩と言うものだが」
「観世音菩薩っ!?」
老師――――法明だけでなく僧侶達が皆ざわついた。
当然だろう、誰も神本人が来るなんて思わなかったから。
「ちょ、ちょっと「正真正銘の本人だ」
法明が何を言おうとしてしているのかすぐに分かり、話をさえぎって答えた。
「では……先ほどの女人は……」
「あいつはもう一人の俺。あいつも観世音菩薩だ」
「へ?」
その場にいる全員が彼の全く理解できない。
だって先ほどの女性も観世音菩薩だなんて言ったって誰もが信じられない。
「俺達は一つの身体に二つの魂で共有しなくてはいけないのでね……。魂が入れ替わるたびに身体もそれに変化するんだ。片方が表に表れている場合はもう片方は身体の中にいて眠っていたり、俺の眼や耳を通じて外の様子を見たりしているんだ。さっきあいつが独り言言っていただろう?」
「ええ……まぁ……」
「あれは俺と会話をしていたんだ。内側にいても互いに話が出来るんだが外には聞こえないんだよ。それと俺の時は『観世音菩薩』でいいが女のあいつの時は『観音菩薩』と呼んでやってくれ。あいつはそっちの呼び名が気に入っているんだ」
目の前で起こった現象や男の話でここにいる者達全員があの観世音菩薩だと信じるようになっていった。
「恐れ多いのですが何をしに此方にやって来たのですか?」
恐る恐る法明は観世音菩薩を尋ねた。
「実は今日お前さんに頼みがあってなぁ」
「頼みとは……」
「この寺の近くに川が流れているだろ」
確かにこの近くには清流が流れている。
近くの住民が漁や釣り、洗濯等に日々の生活で利用している事も知っている。
「その川にとある事情で一人の赤ん坊が流されてくるんだ」
「えっ!?」
そこにいる者達は全員驚いて開いた口が塞がらない。だって誰も予想だにしない事を口にしたんだ。
「赤ん坊……ですか……」
「そう。その赤ん坊を拾ってそなたらが養育してくれないか?その子の親はもうこの世にはいないんだ」
えって顔をして観世音菩薩を凝視し何か言いたそうであったけど彼はそれに察して遮る。
「寝耳に水だって事は分かっている。だけどな……僧侶としての修行や一般教養常識などの事はもちろん、その子に護身として剣術を教えてやってくれないか?」
金山寺には野盗や妖怪等の襲撃を防ぐために僧兵が常備している。
また、普通の僧でも護身術として武術を身に着けるのがこの寺の義務である。
したがって、剣を扱える僧がいても当たり前。
なのに態々そんな事を尋ねるには何か理由があるはずなので聞いてみる。
「それはどういう事とでしょう?」
「その赤子はな……成長したら旅に出なければならない宿命なのだ。そのためにも旅に必要な知識と技術もそう……。身を守るために剣術を扱わなければならない。だからお前達に……いや、お前達にしか頼めないんだ」
法明をはじめ、僧侶達は自分達は評価されている事に驚き感激した。中には涙を流す者もいた。
「分かりました。この法明……必ずやこの赤ん坊を貴方様に恥じないよう立派に育てるよう約束しましょう」
「分かった。……すまないなぁ……押し付けるみたいで」
「いえいえっ!頭をお上げください」
頭を下げて頼み事をする観世音菩薩に恐れ多いと感じ慌てて答えた。
「では、託はこれで済んだ。赤子を頼んだぞ」
そういうと身体は光を放ち、目の前から消えて元の静かな御堂へと戻った。
しかし、僧侶達は未だに先ほどの光景はではないかと今思われても仕方がない。けれどもこれが現実。
法明は「今すぐ川へ行って赤子を探すんじゃ」の一声で全員が一斉に寺を出て川へ向かった。
こうして金山寺の僧侶達による赤子の大捜索が始まった。
「……老師様、あれから五時間も経ってしまいましたよ。……本当に見つかるんでしょうか?」
「お前は観世音菩薩様のお言葉を信じないのかい」
話しかけたのは二十歳になったばかりの真円という青年の坊主で法明の弟子であった。
「……疑う訳でもないんですが、近所の人達が駆けつけて炊き出しやゴミの処分を手伝ってくれています。……正直に言いますが申し訳ないうえ、恥ずかしいです……」
金山寺のお坊さんが全員川での捜索を始めたのはいいが、見つかったと思ったら単なるゴミ。今度こそ見つかったと思ったらまた単なるゴミの繰り返し……。
ゴミは溜まっていき、気づいた近所の人達がトラックを手配してくれてゴミを収容所まで持っていてくれたり、まだ朝御飯を食べていなかった僧侶達のために肉や魚を使っていない食事を提供をしてくれた。
これでは川のクリーン作戦をやっているだけ。
肝心の赤子は見つからないまま、川だけが綺麗になっていった……。
誰もが諦めかけていたその時だった。集中してないと聞こえないような細い音が聞こえてくる。
よくよく聞くと赤子の声である。紛れもなく赤子の泣き声がその場にいた人の全員の耳に入ってきた。
疲れが極限まで達していた僧侶達は例のターゲットが見つかったらようやく解放されるという希望が湧いてきて捜索にも熱が入っていったのだがどこにも姿形すら見つからない。
それどころか声はあらゆる方向や距離から聞こえてきて、彼らを余計に手間を取らせた。
弟子達に反対されたにもかかわらず老体に鞭を打ち、一緒に捜索していた法明にはなぜか一人分のとても澄んだ赤子の泣き声にしか聞こえてこなかった。
法明は彼らに気づかれないようそっと泣き声がする方向へ足が向かう。
その声は岸に近い葦の大群の中から聞こえてきた。
葦を分けて進むといた、木製の鉢の中に高価そうな布に包まれて泣きまくる桃色の髪の赤子と淡い黄色に光る丸型のものが入っていた。
鉢を持ち抱えて丸型が何なのか確認する。
光る丸型の正体は綺麗に装飾された黄色のコンパクトであった。
指先を触れただけで淡く光っていた光っていたコンパクトがスッと消えてなくなった。
それと同時に赤子は泣くのを止めて静かに眠っていった……。
(……菩薩様が言ってた子はこの子だろうなぁ……)
しみじみと感じ取っていた時に「老師様ーーっ」と複数の自分の呼ぶ声が聞こえてきており、振り返ると真円達がこちらに向かって走ってきているのが見えた。
法明までたどり着くと皆肩で息をしている。
「何処に言っていたんですかっ!?心配していたんですよっ!」
「それはすまなかった。でもこの通り赤子は見つかったんだ、手伝ってくれた近所の皆さんに礼を言って寺へ帰るぞ」
こうして五時間長におよぶ赤子の捜索は終わりを告げた。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁんっ!」
寺に戻ったとたんに赤子は大声を上げて泣き出して法明達が驚いた。
「失礼します」と真円は鉢から赤子を抱き上げて何かを確かめた。
「濡れていますね……どうやオムツのようです、替えてきますね」
そういうと一足先に建物の中に入っていった。
赤子を拾うのは今回が初めてではない。孤児や捨て子などが金山寺にやってくる事は珍しくない。
やってきた子供は連携している地元の孤児院に預けて僧侶達は修行の一環として五のつく日には子供達の世話をしてあげたり、勉学を見てあげたり、遊び相手になっているのである。
また、孤児たちのために良い養子縁組を斡旋してあげるのも役目であったし、男子の中には金山寺の僧侶になる者もいる。
真円もそのひとりであった。
しかし、今回の赤子は観世音菩薩が直接養育しろと直々に指名されているので孤児院に預けずこの寺で育てる事になる。
「……なんだか今日の朝はドタバタになりましたね。今だに目の前で観世音菩薩様が現れたなんて信じられません」
法明に話しかけたのは日照と言う観音菩薩にからかわれた真円より三つ若い僧であった。
「儂だって信じれないさ、けどこれが現実だ……。あの子が儂らの下に来たのもこれも運命なんだろう……菩薩様に託されたい以上儂等の手で育てなければいけない」
法明の言葉に全員が頷く。赤子が成長し、いつか使命を持って旅立たなければならない……。
その時までに自分達がしっかりと赤子を養育し、命に代えてでも護らなければならない……。
誰一人この決意をしていた時に真円が戻ってきたけれども法明だけが彼の異変に気が付いた。
「……老師……ちょっとお話があります……先ほどの赤ん坊のことで……」
誰にも聞かれないように耳打ちして話す。
ただ事ではないと感じ、頷くと法明は真円と共に皆を残してこの場を去り先ほど保護した赤子の下へと行った。
使い古したベビーベッドの中にはオムツを変えたばかりの赤子はスヤスヤと眠っていた。
「どういう事じゃ」
「……こういう事です……」
起こさないようにそっと真円は赤子のオムツを外す。
外気にさらされた股には彼らにとっては衝撃的な事実があった。
だから真円は法明を連れてきた。それ程の重要な問題だから。
それは赤子が―――女児だからである。
寺院とは女性しか立ち入れない尼寺を除いて基本的に年齢関係なく女人禁制である。
もちろん、金山寺も例外ではない。
捨て子や孤児の中にも女児がおった場合は即座に孤児院送りにしているのが普通。
けど、今回は違う。
観世音菩薩が直々に指名した赤子だ。頭を抱えてた二人は思い出した。
観世音菩薩は「赤子」と言っていただけで、誰も「女の赤子」とは言っていなかったという事を……。
だから自分達も含めて誰もが勝手に「男の赤子」と思い込んでいた。
規律を破るわけにも行かないと悩んだ二人であったが先に動いたのは法明だ。
外したオムツを付け直すと真円を向いて両手で肩をたたいた。
「…………男の子だ」
「へ?」
真円は意味が分からなかった。
「この赤子は男の子だ」
「はぁ!?」
言葉の意味を理解していない真円に法明ははっきりとそう言った。
「ちょっ、ちょっと待って「只今を持ってこの子は男の子として扱うんじゃ!!」
法明の鬼気迫る表情で真円はYESとしか答える事しか出来ずにいた……。
こうして赤子は川から流れてきたという安直な理由で「江流」と名付けられ、法明を始め、真円などのもっとも信頼できる弟子達とともに女である江流を男として育てる事になった。
読んでくださって有難うございます。