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老人は憐れむ③

「して、現場はどんな状態で?」

 今度は一転して和風の盤面である。かなり少なくなったとはいえ、職場ではいまだに愛好家もいる斉藤としては安堵できる光景であった。

「何から話せばいいかな。とにかく現場は血にまみれていた。でも、それ以外はすっきりしていたんだよ」

「すっきり、ねえ。例えば?」

「うーん、まず凶器だな。台所の、ほら、包丁立てみたいなのがあるだろ?」

「ああ、シンクの下とかにあるやつですかな?」

「そうそう。そこにきっちりしまわれていたんだ。おかげで鑑識が調べるまで、どれが凶器だか分からん状態だった」

「血なんかも拭き取られていたんですか?」

 斉藤は苦々しげに頷き、今日は穴熊にしようと駒を動かし始めた。戸村の方は飛車なんかを動かしていて、かなりせっかちな印象である。

「そうなんだ。でも、クッキーの缶が出ていた。不倫帰りの夫が持って帰ってきた土産らしい。分け与える友達もいないから、道子は毎日何枚かずつ食べていたって」

「ふうん、クッキー缶だけ?」

「あとはティーカップとポット、それぞれ一つずつ」

「ほお、自分用ですかなあ」

「たぶん、そうだと思うんだ。死んだのは昼過ぎだし。ただ、となると厄介でなあ」

「誰に殺されたか、ってことですな?」

「うむ、凶悪犯が部屋に忍び込んできたなら、もう少し抵抗すると思うし、何より凶器を隠す必要がねえ。じゃあ、顔見知りかといえば、ティーカップやポットが不自然だ」

「ううむ、そのティーカップはどんな物でした?」

「実は来客がいて、道子がそいつのために出したとでも言いたいんだろ? 生憎、普段使いの古ぼけたカップだ。家族用だとよ」

 斉藤の言葉に一種の苦々しさが混じった。戸村はそれを聞き、ほんの微かに苦い笑みを浮かべた。

「まあ、そう嫉妬なさらずに。じゃ、犯人はどこからともなくやってきて道子を殺し、凶器を片付けたにもかかわらず、ティーカップの類には手を出さずに出て行ったということですな?」

「うん。第一の容疑者は姉だ。殺すチャンスはいくらでもあるからな」

「当然でしょうな。でも、一筋縄ではいかない」

 再び斉藤の面上に苦いものが浮かび上がり、戸村は眉を吊り上げた。

「容疑を否認中。これまでの人生を鑑みても、動機は充分なんだが……」

「人柄がそれを許さない」

「誰に聞いても姉が殺すとは思えないって。殺すならもっと早かったろうってさ」

「でしょうな。仮にも十八年も母親の奴隷を続けて、それから何年も引きこもっておったんだ。虎視眈々と狙うにしても、もう少し策を練るでしょう」

 それには斉藤も同意した。その上で彼はこう述べた。

「他の容疑者といえば、夫の不倫相手。結婚をせがんでいたみたいなんだが、まあ、道子は離婚に応じない。専業主婦だし、定年まで十年以上あるしな」

「とはいえ、その不倫相手がわざわざ家に来ても、招き入れたり、ましてや歓待するとは思えない、と」

「その通り、で、困りきっているってわけ」

「旦那さんの方はどうなんです?」

「ないない。まだ海外出張中だ。だから暇を持て余した不倫相手が、家まで来るんじゃないか、なんて考えるんだよ。ちなみに仕事が忙しいそうで、戻ってくる予定はないってさ」

 そう言いつつも、斉藤は銀を前に進めた。将棋の方がよっぽど互角だ。斉藤は子供の頃から叩きこまれているし、戸村だって躍起になってやっていたこともあったらしいから。

「じゃ、息子さんは?」

「言った通り仕事中だ」

「仕事は何を?」

「メーカー勤務。営業らしいが、実家とは全く違う場所だ」

「じゃ、その日ももちろん別の場所で仕事をしていたんでしょうな?」

「というか、就職してからは全く家に寄り付かなかったようだ。実家からでも充分通える距離だが、あえて離れた。会社まで電車で三十分くらいの場所に」

「はあ、実家に良い思いはなかったのかもしれませんねえ」

「裏付け捜査もやっているが、仕事中は一人旅だからな。車も使わないみたいだし。でも、ICカードの履歴なんかでは不都合な部分はない。午後の会議にも時間通り現れた」

「……なるほど。それは厄介ですなあ」

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