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変わり身の女④

「さてさて……そろそろ日も暮れますからな。斉藤さんをいつまでもここに留めておくわけにいきますまい」

「ただ飯食いじゃなかろうな?」

 戸村が頷いた。となれば斉藤とて真剣にならざるを得ない。

「左様。まずは容疑者三人のうち、登山やハイキングを趣味とする者がいるかどうか。車の有無も調べてくださいな」

「……ボルダリングか?」

「まあ、それもある。そして三人のうち最もケチな者は誰か」

「アクセサリー、ね」

「どうでしょうな。で、美雪さんと相性が悪いのは誰か」

「……なんだそりゃ」

「まあ、いいから、いいから。それで最後に誰が一番、酒癖が悪いか」

 斉藤はそれらを書き記し、いくつか質問をして手帳を胸ポケットにしまった。

もう日は傾き始めている。これからあの会社に戻り、質問をするにはちょうど良い頃合いだろう。

「明日の昼、また来るぞ」

「次は幕の内弁当がよろしいなあ」

「で、その次は甘い物ってか? 馬鹿言うんじゃねえ。無駄口叩かず、さっさと寝ろ」

 そう吐き捨て、斉藤は再びススキの中をわけいった。

 言われたことを調べるのはさして苦ではなかった。河川敷から帰るその足で因縁の会社に赴き、三人の男にそれぞれ質問をした。それぞれ嫌味な表情を浮かべた……。

 そして夜が明けた。

 昨日とは打って変わって寒風が吹き抜ける。草木のざわめく乾いた音が広がり、それらに後押しされるようにして斉藤は戸村の住処へとやってきた。

 彼はやっぱりペンキの缶で作ったかまどに火をくべており、その傍らでは灰がくすぶっている。

「何やってんだ? ボヤか?」

「ああ、斉藤さんか。違いますよ。ほら軍手を付けて、探ってみてくださいな」

 血迷ったか、なんて思いつつ素直に軍手を付け、もうほとんど熱を失った灰を掻きわけた。すると焦げた新聞紙が二つ顔を出し、彼はそこから漂う芳香に喉を鳴らした。

「雪室にな、隠しておったんですわ。もうそろそろ頃合いかと思って、先ほど焼いたんです」

 新聞紙の包みは二つある。ということは、斉藤の分ももちろんあるということだ。

「ああ、分かっていりゃあ緑茶にでもしたんだがな」

 そう言いつつコートのポケットから温かいココアの缶を出し、昨日と同じく机の上に置いた。戸村の方はまたチェスを取り出し、ひとまず勝率を五分に戻したいと張り切っている。

 戦場を駒が駆けずり回る。互いに二、三の駒が失せたところで、斉藤が咳払いをした。

「調べてきたぞ」

「はあ、どうでした?」

「……まずは趣味の方だが、白野が一番のフリークで大学時代は登山部、今も休みのたびに山へと登る。日出はハイキングの方かな。どちらかというと旅行が趣味で、そのついでみたいな感じ。二人とも車は持っている。本西は全くのインドア。ゲームと読書が好きだってよ」

「ほお、で、ケチな奴はおりましたかな?」

「全員そんな感じだが、程度が分からん。日出は女に半分出させる感じだな。これは女の性格もあるが」

「かなり殊勝な不倫相手ですなあ」

「ま、本当に惚れてんだろうさ。で、白野の方だが、これはケチというか、金がない。仕事も私生活も評判のいい方じゃないな。資金繰りの方も怪しい」

「仕事は営業でしたね?」

「ああ。成績も良くないから、ボーナスも少ない」

「ふうん、成果主義ってのも大変ですな」

「警察がそうなったら、刑務所街なんてのが出来るだろうな。で、本西だが、こいつは安い物は好きだが、これは自分に課したゲームみたいなもんだそうだ」

「ああ、節約が上手いタイプ」

「ただ、聞いたところじゃ、趣味の物には金をつぎ込んでいる」

 戸村はじっと盤面を睨んでいる。ここまでは素人のじゃれあいで互角。翻せば、ミス一つで形勢が決まる。

「で、相性の方はどうでした?」

「……日出は言った通り。本西も同様。白野は……しがない営業だからなあ。どうかな」

「告発されたあと、誰も悪さはしていない?」

「どっちも仕事面じゃなく、私生活の方を突かれたわけだからな」

「ほほう、で、酒癖の方は?」

「一番は白野だろう。聞いた奴全員が口をそろえて言った。ま、四人で営業をやっていた頃は、日出の女遊びのついでに飲み歩いていたようだ」

「ああ、やっぱり」

「やっぱり?」

「いや、いや、そんな気がしていたんですよ」

 戸村は難しい顔をしながら、白いクイーンを盤面の中央付近に置いた。それを黒のナイトが奪ったところで、斉藤は自分の思慮の浅さに泣きそうになった。

 見れば自分のキングと、戸村のルークとがほぼ向き合う形になっているのである。相手の餌にまんまと食いついてしまった。

「ほっほ、これで五分、ですなあ」

 戸村は満足そうに言い、チェスを片付けてしまった。

「もういいのか?」

「これは私には難しい。……さて、ではちょっと話をしましょうかな」

 よしきたと斉藤はペンを持ち、手帳に向かった。すでにココアは冷めきっている。にもかかわらず戸村はそれを両手で持ち、ふっと一つ溜息をついた。

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