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老人は賭ける④

「斉藤さん」

「……何だ?」

「ああ、よかった、死んだのかと思いましたよ」

「馬鹿言ってんじゃねえ。何の因果でお前より早く死なにゃあならんのだ」

「ええ? だって、不健康そうだし」

 斉藤は目をぐるりと回した。

「このストレスで死にそう」

「あはは、じゃあ、気分転換にいくつか質問に答えてくださいよ」

「……変なことじゃなければな」

「さして難しいことじゃありませんって。まず一つ。東野さんと片岡さんは、当日の夜にも会っていたんですよね?」

「ああ」

「その時、どんなものを食べたんです?」

「あのなあ、それに毒が入っていたとでも? 夜だから時間が合わない」

「政治家と官僚でしょ? しかも仲違いしている。お互いに面子もあるでしょうから、手は抜かない。そんな人達が、どんなに旨い物を食っているのか、気になるんですよ」

 斉藤は溜息をつき、手帳に視線を落とした。

「ただの懐石料理だよ。ほら、料亭とか呼ばれるような場所で食べる名前がよく分かんないやつ」

「ああ、なるほど。私も斉藤さんも全く縁がないところですね」

「あんな所に行くくらいなら、牛丼を特盛で食った方がいい」

 戸村は大口を開けて笑い、自分の思考を促すように指先で机を律動的に叩いた。

「なるほど。なるほど。その通り。食べ慣れている物の方がいいですねえ。じゃ、その料亭には随分と長くいたんですか?」

「いや、三十分くらい。東野は持病のこともあって、夜は特に節制していた。密会終わりに迎えに上がった小田の話によると、そこでは塩分を抜いたつまみと、薬と、水しか飲んでない。片岡の方も愛妻の飯があるから、徳利一本の酒につまみを二、三種類。とにかく満腹にはならなかっただろうな」

「ほっほ、その場にいたのは三人きり?」

「そう。布川は変わらず別室で待機。いつもは小田がそうなんだが、その日に限って」

 戸村は頷いた。

「分かりました。じゃ、次の質問。小田さんは大卒ですか?」

「は?」

「小田さんは大卒?」

「……いや、高卒。不景気で大学には行けなかった」

「ふうん、そりゃ大変。でも、小田さんは信頼されていたんでしょ?」

「うん。事件と何の関係があるんだ?」

「まあ、まあ。じゃ、次。東野さんは、ここ最近、仕事の紹介を頼んでいませんでした?」

「……分からん」

 戸村はそっと促すように、手のひらを指し向けた。それで斉藤は立ちあがり、近くの茂みで電話を掛けた。先輩刑事達は酷く苛立っていたようだったが、一応、取調室にいるという片岡にも聞いてくれた。

「……どうでした?」

「あった。片岡がそう供述した。一年くらい前、東野に仕事は無いか聞かれたって」

「そうでしょうねえ。じゃ、次ですけど、東野さんが進めていた公園にはどんな花が植えられる予定だったんです?」

「……花?」

 再び斉藤は席を立ち、電話を掛けた。彼はいつも会話を聞かれないように遠くの方に行くのだが、今日に限っては受話器の向こうの怒号が響いてきた。

「決めてないって。でも、普通の公園と同じく花壇を設置して、毎年、いくらかは育てるだろうってさ」

「なるほど。よく分かりました。あなたの普段の生活も」

 渋面を作った斉藤とは裏腹に、戸村は薄い笑みを浮かべたままである。

「分かったんなら、どうか答えを教えてくれないか? 俺の神経はもうパンク寸前だ。もう一度先輩に電話を掛けさせてみろ。お前に受話器を押し付けてやるからな」

「ほっほっほ、そうですか。じゃ、最後の質問が簡単なことを祈りましょう。東野さんは亡くなった時、切手のない封筒か、小さな収納ケースか、とにかく手のひら大の入れ物を持っていましたか?」

「……いや、分からん」

「何種類も薬を飲んでいた人ですから。きっと一回に飲む薬を小分けにして、何日分かまとめて持っていたと思うんですよねえ」

「調べろって? ……また聞く?」

「ええ、お願いしますよ」

 斉藤は目をぐるりと回して、再び席を立った。先ほどよりも怒号が響くかと思いきや、斉藤の唸り声の方が大きい。戸村はのんびりとペットボトルを仰いだ。

 程なくして斉藤が戻ってきた。肩を怒らせ、顔を真っ赤にしている。

「で、どうでした?」

「……もうやけくそだ。どなり散らしてやったよ。確かに薬用のケースを持っていたらしい。日中は東野自身が管理していたって」

「どんなケースです?」

「お前が言った通り。三日分の薬をまとめていた。一回ごとに小さな密閉袋に入れていたみたいだ」

「彼、その使い終わった密閉袋はどうするんでしょう?」

「それは覚えている。ちゃんと残していた。使いまわしていたんだな」

「じゃ、当日の袋も、全部残っていたんですか?」

「待て」

 再び電話を掛けに行く。今度は互角のがなりあいになった。唸るような声がススキの列を揺らし、戸村は一人、将棋盤を取り出して詰将棋に興じる。ものの十分ほどで戻ってきた斉藤は、その盤面を綺麗にし、新しく並べながら言った。

「足りなかった。一個だけ」

「なるほどね」

「犯人が持って行ったのかな」

「そう考えるのが妥当でしょうなあ」

 戸村は頷き、ほぼ無意識のうちに駒を動かした。

「これはあれですな。滝さんの例によく似ている」

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