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老人は賭ける③

 河川敷に風が吹き、ススキの列が揺れた。その音が斉藤の集中をより一層促した。眼前の老人は、ペットボトルの表面を伝う水滴を見ながら、前後に小さく揺れている。

「そう言えば……」

「あん?」

「警察では誰が怪しいと思っているんです?」

「……片岡」

「へえ? 何故?」

 斉藤は机に肘を突き、両方の指を組んだ。その山なりになった部分に顎を乗せると、机の上で踊る木々の影を見つめた。

「一番恨みが強いと思われているのが片岡なんだ。国有地の問題は、もう何年も前から議論されているんだよ。新しい駅を創る、ビルを建てて経済特区にする、富裕層向けのマンション、ショッピングモール、野球場やサッカー場。そういう案をいくつも出しては消していった結果、二つの案が残ったんだ」

「じゃ、もうどっちかしかないってわけですか」

「だから対立は深くなる。それに、片岡の家系は医者が多くてな。奴には毒物に関する知識もあったみたいなんだよ」

「ふうん。その人は医者にならなかったんですねえ」

「他の兄弟がなったからな。医学部から官僚だよ。珍しいだろ?」

 戸村は肩をすくめた。彼の人生とはかけ離れ過ぎて、感想を述べにくいのであろう。その代わりに眼光が鋭くなった。それを見て斉藤は心の中でガッツポーズをしていた。

「しかも、まあ東野の血液から検出された毒はな、自然界で取れる毒なんだよ。普通は分からないが、ある特殊な割合で配合すると二つの毒が打ち消し合って、まるで時限爆弾みたいに体の中に取り込まれるのさ」

「……で、その毒の元が片岡さんの家から見つかった?」

「正確に言えば奴の実家から。研究用の薬品だ。取りだすチャンスはいくらでもあったってわけさ。現にここ一カ月で、七回も帰省している。電車なら一時間で行ける距離だから」

「その距離なら、別に不自然じゃないのでは?」

「……不仲で十年以上も帰っていなかったんだよ。それが一年前から急に」

 斉藤は吐き捨てるように言い、戸村の方は、うーん、と唸ったまましばらく動かなかった。

「ええと、片岡さんは何故、急に実家に?」

「分からん。でも、病院を継いだ兄貴に随分と頭を下げたらしい。医者にならなかったことを両親から酷くなじられて、勘当同然だったんだが、一応、今はそういう状態だ」

「なるほど……」

 戸村は難しげに天を仰いでいる。ただ、これらは全て状況証拠にすぎないのだ。彼がやったのであろう、やれたはずだ、という憶測でしかない。だからこそ斉藤は慎重になっている。他の刑事達が片岡を調べている間に、こうして戸村の元へとやってきたのだ。

「まだ他の連中だって分からん。知識だけで言えば木部にもある」

「殺す動機があるんですか?」

「それはまあ……だが、後援会の件もあるし。他にも布川や小田だって、もしかしたら」

「今度は知識がありませんね」

「……そうなんだよ。二つ兼ね備えているのが片岡しかいない」

 斉藤は悩ましげに眉をひそめた。すると目の前に座っていた戸村は、しわの刻まれた顔を笑みで染め、若き刑事にそっと尋ねた。

「でも、あなたは何か引っかかっておられる」

 斉藤は机の上に腕を置き、前のめりになった。

「あからさますぎるし、片岡に何のメリットもないだろ? そこまでして病院を建てる理由ってなんだよ」

「例えば、自分の御兄弟をその病院に入れるとか?」

「出来たとしても国立病院だ。年収が駄々下がり」

「じゃ、親父さんが亡くなりそうだから、最後の親孝行」

「ぴんしゃかして、未だに歯医者のドリルを持っているよ」

 ふうむ、と戸村は唸った。腕を組み、椅子の背もたれに体を預ける。今は眼光にも鋭いものがなくなっていた。そう言う時は大抵、何も頭に思い浮かんでいない、ということを斉藤は学んでいた。

 そも、この老人の思考回路は理解が出来ない。口を開けばわけの分からないことを言い、大いに悩ませるのだ。

 斉藤も目を閉じた。河川敷を抜ける湿った風が煤気を揺らし、その乾いた音が彼の尖った神経を和らげた。

 聞き入っていると、不意に戸村の申し訳なさそうな声が耳に飛び込んできた。

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