海姫と迅雷
二階建ての教会と同等の背丈を誇る、黄金の女神像。
軽く閉ざされた両目と穏やかな微笑みは慈悲深い印象を与え、僅かに垂れた頭と豊かな胸の前で組んだ両手は、全ての生き物の幸せを願うかのようだ。
これといって信心の厚い者がいない僕達でさえ、感心を覚える佇まい。信心深い者が多いスクムルトの民が寄り集まって崇めるのも、分からなくない話だった。
その女神像の下に、短く色濃い黒髪の小柄な少年がいた。
両頬や両手両足にいくつもの切り傷や打撲痕があり、瞳も不自然に暗いが、決して人違いではない。
「大輝!!」
彼こそ長らく捜し続けた舞の弟の、水川大輝君だった。
「…姉ちゃん…。」
舞に気付いても、大輝君の目は輝かない。
「ひどいケガ…どうしたの、それ!?」
「すぐに治療致します!」
「…だめだ…姉ちゃん…いっしょの人たちも…逃げて…!」
「「え…。」」
駆け寄ろうとした舞と麗奈に、開いた大輝君の右手が真っ直ぐ構えられ、その掌に稲妻が集まり出した。
真っ先に走り出た氷華君が舞と麗奈に飛びつき、2人をうつ伏せに寝かせる。
残りの顔ぶれもしゃがんだ直後、僕達の頭上を雷の波動が一直線に飛んで行き、レラーズ樹海の木を真っ二つに引き裂いた。
「うわっ、何だ!?」
「ケンカでもしてるの!?」
唐突な事態に、女神像の元にいる住民達がどよめき出す。
「あ~、すんません!ちょっとゴタゴタしそうなんすわ!悪いけど、家とか教会とかの中にいてもらえますかね!」
「片が付いたら、お伝えしますから!」
「わ、わかった…みんな、急げ!」
しゃがんだままの紅炎と僕が呼び掛けると、住民達は慌てて屋内に逃げ込んだ。
「ああ、油断していました…ありがとうございます、氷華さん!」
「いえ、別にこれくらい。…でも水さんの弟さん、けっこうすごい力ですね。」
麗奈や氷華君を皮切りに、皆が立ち上がる。
直撃を受けていれば、舞でも少しは手傷を負っただろう。
その程度には、大輝君の一撃は激しかった。
「大輝、どうして…!」
急に攻撃を仕掛けられ愕然として問う舞に、大輝君は一層表情を曇らせて答えた。
「…ごめん、姉ちゃん…おれ、ヘンな術を…かけられたんだ…おれを、つかまえたやつに…自分の意識は、残ってるけど…手とか足とかは、術をかけたやつの好き勝手に動かされてる…。」
「チッ!やッぱり操魄術とやらをやられてたか…!」
「…大輝…!」
「姉ちゃん、早く逃げ…く…っ…!」
大輝君は握った拳に電気をまとわせて地を蹴ると、素早く舞に肉薄した。
舞が両腕を交差させて守りを固めた直後、大輝君の雷の拳が炸裂する。
「…あっ…。」
ただし舞の腕にではなく、姉弟の間に割り込ませた僕の左手に。
「おお。流石に、ちょっと痛いな。」
「嵐刃くん、大丈夫…!?」
「ああ、まあな。」
痛みと電気、二重の意味で少し痺れはしたが、怪我は全く負わずに済んだ。
ここ3日間の修業をしていなかったら、少し焦がされるくらいはしただろうか。
「水川大輝君だね。こんな状況で何だけど、初めまして。」
「あ…はい、初めまして。えっと…みんな、姉貴の知り合いで間違いないですかね?」
「うん。そんなところだ。…それにしても、自分が操られてるって分かってるんだね。僕達の連れが猪を操った時は、猪達は操られてる事にも気付いてない感じだったけど…。」
「…おれに術をかけたやつが、わざとこうしたんです…姉貴とおれをたっぷり苦しめてやる、とか言って…。」
「…大輝さんの意識を残したまま操れば、舞さんには捜し続けた弟君と敵対する苦痛を…大輝さんには傷付けたくない姉君を傷付ける苦痛を味わわせられる…という訳ですね…。」
「最低なヤツだね…!」
悲しげな顔で静かに怒りを滲ませる麗奈に続き、氷華君も憤る。
「そンな真似するッて事は、そのヤローはテメエと水アネゴに相当恨みがある訳か?」
「だと思う…前にそいつの手下に連れ回されてた人を、姉貴といっしょに助けたことがあったから…くっ!」
大輝君が自分の足を睨む。
意地でも勝手な動きを抑え込もうとしたようだが効果はなく、僕のこめかみを目掛けて白いスニーカーを履いた右足での跳び蹴りを放って来た。
「おっと…。」
上半身を後ろに逸らしてかわしたが、大輝君の攻撃も途切れない。
着地を待たず、連続で拳を繰り出して来る。
「うーん…やっぱり、避けてるだけじゃどうにもならないな。」
単純に大輝君より僕の方が上手なのか、大輝君を操っている犯人が大した使い手ではないのかは分からないが、拳の連打もかわすのは難しくなかった。
しかし、こちらが何もしないのでは、事が前に進まない。
「…悪い。ちょっと実力行使させてもらうぞ。」
僕は大輝君の背後に回り、首元を手刀で打ち付けた。
「うっ!」
無防備に喰らった大輝君が、うつ伏せで墜落する。
「麗奈!大輝君の動きを封じてくれ!」
「はい!」
麗奈が右手を開き、3つの光の球を大輝君に飛ばす。
「浄光縛!」
立ち上がった大輝君は光の球に縛られ、身動きが取れなくなった。
「大輝!!」
「はは…だいじょうぶだよ、姉ちゃん。この光はちっともいたくないし、手刀だって手加減してもらってたからさ。」
心配する舞に、大輝君が苦笑いした。
「手荒な真似して、ごめんな。」
「とんでもない!むしろ、お礼を言わなきゃでしょう!おれを止めてくれて、ありがとうございます!」
両腕と胴体を光の球に押さえつけられたまま、大輝君が深々と頭を下げる。
「でも、このままずっとつかまえておけるわけじゃないし…何とかして元に戻ってもらわないとだよね…。」
「ゾールが言ってた通りなら、術者をブチのめせば良いはずだゼ。」
「大輝、誰に術をかけられたの!?お姉ちゃん、絶対その人をやっつけてあげる!」
「おれに術をかけたやつも、村にいるはずだよ。あんまりはなれたら思い通りには動かせないって…あっ!!」
大輝君の叫びに僕達が揃って振り返ると、地面に大きく真っ黒な円が浮かび、その中から怪しげな4人組が現れた。
漆黒の槍を構える、細身ながら筋肉質な黒髪の青年。
平均的な肉付きの右腰にレイピアを備え付けた、茶髪の長身男性。
自身の半分程の大きさがある白いテディベアを抱きかかえた、金髪の女。
そして、金色と黒色の混ざったロングヘアの男。
「ククク…ミズカワタイキよ。愛しのお姉様との再会は、どんな気分だったかな?」
「ルドルス…!」
ルドルスと呼ばれたロングヘアの男が、僕達を見やって続けた。
「ミズカワマイと仲間共も、ようこそ。あのうっとうしい樹海をクソ真面目に歩いてまで、よくこんな辛気臭えボロ村に来たもんだ。」
スクムルトを口汚く愚弄する、ルドルス。
その右手には、くすんだ紫色の杖が握られていた。




