信仰の地2
「うわー、すっごーい!キレイなふくー!」
「ほんとだな!こんなたかそうなの、見たことねーや!」
「うわっ、ちょっ…!何だ、てめぇら!?」
赤みがかった茶髪の兄妹は、痩せ気味の体型で素早く走り寄って来ると、俺達を至近距離で観察し始めた。
ぼろぼろの衣服を身にまとう2人にとっては、人間界のありふれた安物の服さえ煌びやかな高級品に見えるらしい。
「なあなあ!おじさんたち、レラーズじゅかいをとおってきたんだよな!?」
「オッサンじゃねえけど…まあ、通ったぜ?」
「ひゃー!あぶないとこだって言われてるのに、よくぶじだったなー!すっげー!」
「ねえねえ!どこからきたの!?やっぱり、ラムバルガから!?」
「あ、えっと…ボクたちは、ソミュティーってところから来たの。」
「ソミュティー…ああ、じゅ王のおかのちかくにある村か?」
「うん、そうそう。…まあ、ホントは人間界暮らしなんだけどね…。」
「「にんげんかい!?」」
村中に響く程の大声を上げた兄妹に、俺はたまらず両耳を塞いだ。
「おにいちゃんたち、にんげんかいからきたのー!?」
「…あア。」
「きゃー、どうしよー!にんげんかいからおきゃくさんがきたー!!」
「ミラ、ほかの大人たちにもおしえに行くぞ!!」
「ぐ…うるせぇな、この―」
「カイ。ミラ。お客様を困らせるものではありませんよ。」
俺が今にも怒鳴りそうになったところ、白い修道服を着た金髪黒目の若い女性が兄妹をたしなめた。
新品、またはそれと同様らしく、修道服に汚れや傷は一つもない。銀色の十字架が胸元に来ているのを覗くと飾り気がないが、この村の質素な生活ぶりには似合って見えた。
しかし顔と両手以外に肌の露出が全くないため、見ている方が暑苦しくなる。同じく露出のない漆黒のドレスを着ている舞さんも大概良い勝負ではあるが、そちらは首元を晒しているだけ僅かにマシだった。
「あ…ごめん、ヒーラねえちゃん…。」
「ごめんなさい…。」
「謝るのなら、私よりもお客様にですよ。」
「ああ、そうだった…みんな、ごめんなさい。」
「ごめんなさい…。」
カイと呼ばれた男児、ミラと呼ばれた女児が、俺達に謝罪する。
次いでヒーラと呼ばれた女性も、深々と頭を下げた。
「里子達がお騒がせしてしまい、申し訳ございませんでした。この村に外からお客様がいらっしゃることは、滅多にないもので…。」
「里子?」
「うん。私とこのマリーは夫婦で、ヒーラは私達の娘だけど、カイとミラは私達が引き取った兄妹なんだ。」
首を傾げた兄に答えたのは、ところどころ褪せた銀髪の男性だった。
「へえ、ヒーラさんのお父さん。じゃ、あなたが村長さんのアドミー=ガディスさんですね?」
「うん、そうそう。…カイとミラの実の親のことを知らないのは、里親としても村長としても情けないやら申し訳ないやらだけどね。」
アドミーさんはユナに頷くと、自嘲的な笑みを浮かべた。
「分からなくてもいいって!アドミーさんもマリーさんもヒーラねえちゃんもフィロウにいちゃんもいるからさ!」
「ふふ、そう?お世辞じゃないなら、里親として嬉しいわ。」
屈託なく笑うカイに、マリーと呼ばれた女性も微笑む。
アドミーさんと年が近いのだろう。綺麗な金髪だが、こちらもちらほら褪せている箇所がある。
「ところで、皆さん。神殿に何か御用でしょうか?」
「ああ、いや。神殿じゃなくて…ヒーラさん、だっけ?あんたに用事があるんだわ。」
「私に、ですか?」
目を丸くするヒーラさんに、舞さんが歩み寄る。
「…ヒーラさん…スクムルトの中なら…気配を…消してる人でも…見つけられるって…聞いたんですが…本当ですか…?」
「ああ、はい。私の周囲10キロ以内にいらっしゃる方なら、抑えていても魄力を掴めますよ。」
「…っ…!…それじゃ、私と似た魄力の子が村にいないか、探ってください…!もしいたら、どのあたりか教えてください…!」
「かしこまりました。では、魄力を少し強めに出して頂けますか?」
快諾したヒーラさんに促され、舞さんは数秒とかからず魄力を開放する。
相変わらず静かで流れるような、それでいて必要とあらば激流と化す事を感じさせる気配だった。
「まあ、かなりの御力ですね…これなら似た方を探すのは、とても簡単そうです。」
ヒーラさんは目をつぶり、両手で十字架を優しく包み込むと、そこに魄力を集中させる。
じきに十字架から純白の光が一直線に伸び、村の中心を指し示した。
「…あら。今、村の真ん中…女神像の前にいらっしゃるようですよ。」
「えっ!」
「今、あそこに!?」
喜びのあまり声もなく両手を組む舞さんの代わりでもするかのように、魅月さんと氷華が目を輝かせて叫ぶ。
「ありがとうございます…!すぐ、行って来ます…!」
「あっ、お待ち下さ…。」
舞さんは勢い良くお辞儀をすると、ヒーラさんが何か言おうとしているのも気に掛けずに走り出した。
「如何なさいましたか?」
「…捜し人の近くに、非常に嫌な気配のする者も潜んでいるようなのです…何者かは、分かりませんが…。」
魅月さんの問いに、ヒーラさんが表情を曇らせる。
「…多分、マイさんの弟さんを操ってる犯人だね。」
「だろうな…ユナ。あの操魄術って技、解く方法はあるのか?」
「はい。術者が術を掛けられないようにしちゃえば、簡単だよ。」
微かに不安げな顔で尋ねる兄に、ユナはあっさり頷いた。
「簡単って、どうやって術をかけられないようにするのさ?」
「方法なら色々あるよ。一番単純なところだと、操魄術を使ってられないくらいに弱らせるっていうのもあるね。」
「要するに、ブチのめしてやれば良いッて訳だな。腕が鳴るゼ!」
「それじゃ、舞さんを…痛っ!!」
舞さんを追い掛けようと言おうとしていたら、いきなりカイに両手で嘴を引っ張られた。
「わっ、はずれねー!?」
「何しやがんだ、この阿呆!!」
「おじさん、それホンモノなのー!?」
「本物だよ!!引っ張って外れねぇんだから分かるだろ!!あと満年齢13歳捕まえてオッサン呼ばわりしてんじゃねぇ!!」
カイの手を払いのけ、左手で嘴をさすりながら、ミラを怒鳴り付ける。
「…風刃。お前、その子達の相手してやれ。」
「は!?何で俺が!ガキの面倒見るなら、他の奴の方がまだ向いてるだろ!」
「お前が一番向いてないから、克服しろって言ってるんだよ。」
「何で将来ガキ持ちになる予定もねぇのに…!」
「予定は未定だ。ゴチャゴチャ言ってないで遊んでやれ。残りの皆で―」
「…あの、ランジンさん。私も残っていい?」
俺を除いた面子を率いて舞さんを追おうとした兄に、ユナが小さく挙手して告げた。
「え、ユナも?」
「雑用係だし、フウジンさんをサポートしなくちゃかなって。ジャボンで小さい子の遊び相手したこともあるから、戦いよりこっちの方が役に立てるかもだし。」
「ああ、そうかもな。じゃ、ユナも残ってやって。」
「こら、勝手に話を…。」
「ねえねえ、なにしてあそぶー!?」
「がっ。」
兄になおも不満をぶちまけようとしたが、ミラにじゃれ付かれて阻まれた。
「おにゴッコしようぜ!」
「えー!?かくれんぼがいいー!」
「ふふ。大盛り上がりだね、フウジンさん!こうなると、気合い入れて遊び相手してあげなくちゃだよ!」
「迷惑をかけてすまないが、頼めないかな?見ての通りのわんぱく盛りなんだけど、村には遊んでくれる相手があまりいなくてね。」
「ずるい言い方だけど、さっきのヒーラへのお駄賃代わりってことで…引き受けてくれないかしら?」
「…はい。」
アドミーさんとマリーさんに頼まれて、溜息を吐きつつ頷いた。
マリーさんには本当にずるい言い方だと文句を付けたかったが、舞さんの弟を探り当ててもらった礼は必要なので、それもどうにか飲み込んでおいた。
「…ホントにいいんですか、嵐兄さん?風くんを外しちゃったら、ものすごい戦力ダウンですよ。何があるかもわからないのに…。」
「まあ、仕方ないだろ?この子達は愚弟に興味向いてるみたいだし、何があるか分からん所でもついて来るかもしれないしさ。…それに、もし舞の弟を操ってるのが家に来た誘拐犯だったりしたら、一番冷静さを失くすのはこの愚弟だからね。」
「あの野郎共がいやがるなら、むしろ俺がそっちに行きたいけどな…。」
頭を掻いて、また溜息をこぼす。
「…まあ良いや。精々用心して行くんだな。」
「おう。」
兄はごく短く返すと女神像の元に向かい、氷華達もそれに続いた。
「…用心しとけ、でどうにかなるなら良いんだが…うわっ!」
「なー、話はおわったんだろ?早くあそぼうぜー!」
「あそぼ、あそぼー!」
深刻に思い悩む暇もなく、カイとミラにまたじゃれ付かれる。
「ああもう、うるせぇな!遊んでやるからいちいちへばり付くな、暑苦しい!」
「あはは!フウジンさんを手こずらせるなんて、ちっちゃい子ってバカにできないね!」
「ヘラヘラ笑ってねぇで、てめぇも手伝わんかい!」
「はーい♪お任せあれ~♡」
軽い調子で敬礼しウインクを飛ばすユナに、この短い間で3度目の溜息を吐く。
これじゃ手伝いができたどころかガキが3匹に増えたようなもんじゃねぇかと、声に出して嘆く気力もなかった。




