樹海にて3
誰の仕業か分からないが、どの葉っぱや花にも明らかに魄力が込められている。恐らく触れられれば、刃物で斬り付けられたに等しい傷を負うだろう。
ユナはかわそうとしたがすぐに足を止め、脇差で葉っぱと花を全て切り裂いた。
「ん?何で避けな…ああ。」
俺は理由を問おうとしたが、その前に察しが付いた。
ユナは、猪の群れを守るように立っていたのだ。
「…もう。ユナってば、とんだ甘ちゃんだね。…いや、動物好きなのかな?」
「うん、動物大好き♡特にこのイノシシさんたちは暴れん坊さんだけど、絶対に戦わなきゃいけない訳でもなかったから、傷付けたくなくて…まあ要するに、甘ちゃんなのも確かだね。」
「そうでしょうか?やるべき事はしっかり果たされたのですから、甘いとは思いませんが。」
「…ふふ。そう言ってもらえると、嬉しいよ。」
微笑む魅月さんに、ユナも頬を掻きながら笑った。
だがユナはすぐに鋭く引き締まった表情になり、猪達に体当たりさせた10本の木を見やる。
それらは淡く光ったと思うと、見る間に形を変え始めた。
「ありゃ。この魄力、花びらにくっついてたのと同じだな。」
紅炎さんに、ユナが頷く。
「実物を見るのは初めてだけど…多分これが、動物を襲う植物なんだろうね。」
「全く…次から次へとめんどい樹海だな!」
兄が苛立ち混じりの溜息と共に頭を掻いている間にも、何の変哲もない木だった物達の変身は進む。
淡い光が収まった時には、巨大な植物が10体現れていた。
いずれもうら若い女性の姿をしているが、腰まで届く長い髪と肌はくまなく緑色。頭や太腿から赤いバラが咲いているのもあり、人間でない事は一目瞭然だった。
それにしても、多種の色鮮やかな花だけで隠すべき部位をどうにか隠している、人間で言えば下着一丁に当たる格好が何とも視界によろしくない。
「うわぁ…こんなにエッチなお花だったんだね…18歳未満の男の子もいるんだから、もっと清楚な格好で出て来てほしかったよ…。」
「…イノちゃん達を…投げきっすで…たぶらかした…どえっちな…中2が…言えた…台詞かな…。」
「ちょっ、ドエッチって…!あれはカムフラージュでやってるだけで、色仕掛けしてるんじゃないんだってば!それに人間が投げキッスしたって、イノシシさんに効くわけないじゃない!」
「…かむふらーじゅに…したって…他にも…やりよう…あると…思うんだけど…何で…あんな…方法…なの…?」
「えっ。あ、いや…それは、その…。」
赤面して口ごもり、盛大に目が泳いだユナの足元が、微かに揺れる。
ユナが急いで飛び退くと、地中から巨大な槍のような物が、天を衝くようにせり出した。
女性の姿をした植物の1体が笑顔のまま、唇だけを悔しそうに歪めている。
どうやら、あの植物達の根っこらしい。
「ユナ…わっ!」
「きゃっ!?」
「…おっと…!」
氷華と魅月さんと舞さんにも、ユナを襲ったのとは別の3体の植物が、槍のようにした根っこを伸ばして来る。
3人とも難なくかわしたが、その表情は余裕の笑顔とは程遠い、不満げなものだった。
「ちょっと、ちょっと!あんたたち、何で女子だけ狙ってくるのさ!」
「…きっとジャボンの調べた通り、男の人に惚れっぽくて、女の人に当たりがきついお花なんだと思うよ。」
言われてみれば植物達は、俺や兄や紅炎さんや天城を嬉しそうな目で見つめては、仲間同士ではしゃぐような笑顔を交わしている。
一方、氷華や魅月さんや舞さんやユナにも笑顔を向けてはいるが、そちらには邪魔者を押しのけようとする挑戦的な色しか宿っていなかった。
「…同族以外に女性の友人はできなさそうですね。」
「…大いに…同感…。」
「…ユナ。こいつら人間そっくりだけど、植物なんだよね?死なせたって、殺人犯にはならないよね?」
「ならないよ。」
「やることやりゃ、器物損壊犯にはなるけどな〜。」
「それも御心配なく。レラーズ樹海はどこの領地でもないから、誰が何をしたってどうこう言えないの。」
「…じゃ、殺人やら強盗やらも泣き寝入りするしかねぇ訳か?」
「とんだ無法地帯だな…。」
「…ここだけじゃ…ない…魔界は…そういう場所…多いよ…これからも…気を付けないと…ね…。」
驚くやら呆れるやらの俺と兄に、舞さんが補足した。
「でも、今は好都合だね。全部凍らせて、バラバラに砕いてやる!こんなヘンタイ花たちに、仲間をどうこうさせるもんですか!」
「オイ、オレは例外ッて言うの、忘れてねエか?」
「言わない!」
天城が浮かべていた皮肉な笑みは、右手の拳に冷気を込める氷華の即答で消えた。
「天くんのことスキになれないけど、こういう悪い女を近づけさせるのはちがうって思うから!」
「女なのかね、こいつら…。」
俺が苦笑混じりに首を捻る横で、天城は小さく、穏やかに笑った。
「…まさかテメエがオレに向かって、そンな熱いセリフ抜かすとはな。」
「何さ。何か不満?」
「イヤ?テメエにしちゃ粋な心意気だし、そこだけはありがたく貰っとくさ。」
「え、気持ちだけ?」
「オウ。手出しは無用だ。」
天城が拳を鳴らしながら、前に出た。
「この花共は、オレがブチのめしてやる。自分を好きじゃねエッてはッきり言える女に庇われなきゃならねエ程、情けねエ男じゃねエからな。」
「…そう。それならお好きにどうぞ。」
「俺様もやるぜ~。」
氷華が右手の冷気を消し去って肩をすくめたのと入れ替わるように、紅炎さんがモデルガンをくるくると回しながら進み出た。
「あら。見た目は綺麗な女性なのに、燃やしてしまえるのですか?」
「まあ、確かにちょっとは惜しいかな?けど、可愛い連れ達と仲良くしてくれねえんじゃ、なんぼ見た目がエロくたって鼻の下も伸びやしねえよ〜。」
「…おや…ちょっと…びっくり…見た目…美人なら…おーる…おっけー…って…訳じゃ…ないんだ…?」
「同じドスケベでもそういう男もいれば、好みにうるさい男もいるんだわ。俺様は後者ってことよ〜。」
「で、あのお花達はコウエンさんの好みじゃない、と。」
「そうそう~。」
「私としては仕事が楽になって嬉しいけど…十分に気を付けてね…。」
ユナの微笑みには、不安が宿っていた。
「お前が天城や紅炎さんを心配してる場合か?そいつら、一昨日までの馬鹿兄貴に近い魄力してやがるぞ。一番用心しなきゃならねぇのが誰だか、分かってんだろ。」
「魄力より、性別が問題なの…。」
俺が無言で目を丸くすると、ユナは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「…ジャボンの調べだと、大きな声で言えない意味で襲われちゃった男の人が、何人もいるらしいから…。」
「…ここ、男子出禁にしたほうがいいんじゃない?」
「…またまた…同感…うちの…弟…汚されたり…してないかな…。」
「ヘッ、どうッてことねエ!おかしなマネされる前に潰せば良いンだよ!」
「だな~!」
天城が先手必勝とばかりに植物達を目掛けて突進し、紅炎さんはモデルガンの引き金を引く。
「岩砕宴!」
「飛炎弾!」
強烈な拳と、赤々とした炎の弾丸は、いずれも一撃で植物を1体ずつ撃破した。
「…さて、私はどこまでやれるかな。」
ユナも脇差を手に、正面の植物に切り込みに行った。




