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光の翼  作者: シリウス
第1章 始動の翼
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希望と迷霧1

「ただいまー。」

「ただいまじゃねぇよ、このろくでなしが!またそんな劇物食わす気か!」

樹王山の山頂へと舞い戻ると、弟の罵声に出迎えられた。

背中にこさえた縦一文字の深い切り傷を、氷華君の氷で包んで応急処置という切羽詰まった状況にありながら、案外余裕を感じさせる。

「もし昨日みたいにこいつで治ったら病院に行かないで済むし、儲け物だろ。そりゃ、味は最悪だったみたいだけどさ。」

「…二度とごめんだと思ってたそばから、また食う破目に遭うなんてな…まあ、しょうがねぇ。試してみるか…。」

風刃は双眸を閉ざして嘆息していたが、ついには樹王の実を嘴の中に放り込み、咀嚼した。






「…む?」

樹王の実を噛み砕く風刃が、不思議そうな表情をしている。

「どうかしたか?」

昨晩は食して5秒と経たぬ間に昏倒してしまったのに、今はそんな気配の欠片もなく至って平然としているのは、どういう訳だろう。

「…美味い。」

「え、マジで~?」

「昨日食ったやつは、苦いわ渋いわ酸っぱいわで、とにかく酷かったんですけどね。今のは、普通に甘い味がしました。」

「へえ。1個1個、味が違うのか…?」

「かもな…色々と変な木の実だぜ。」

「…あれ?…あ!風くん…!」

氷華君が慌てて声を掛けた。

「どうした?」

「背中…背中、触ってみて!キズがなくなってるよ!」

「え!?」

「ちょっ…見して見して~?」

「まさか、本当に…?」






氷華君が両手を向けると、風刃の肌に張り付いた氷は、たちまち溶けてなくなる。






現われた素肌に、青鬼から刻まれた裂傷は跡形も無かった。






「…本当だ…触っても全然痛くねぇ…。」

「治ったのはこれで二度目だな。どうやら見立て違いじゃなさそうだぞ。」

「マジで樹王の実で怪我が治るなんてな~…。」

奇想天外な仮説が的中していたとなれば、次に生まれるのは、微かな希望。

「こんな木の実があるなら、さっきのやつが言ってた…お願いをかなえてくれるっていうものも、ホントにあるかも…。」

「うん。ちょっとは期待を持ってよさそうだよ。確か、えっと…何とかかんとかって、痛い名前言ってたな。」

「カオス=エメラルド、でしたっけ?」

「ああ、それそれ。…氷華君、よく平気で言えるね…。」

「だって、ゲームじゃそういう響きよく聞きますから。」

だから恥ずかしいんだと付け加えたかったが、感性の差異は議論しても無為と、脇に置いた。

「つーことは、願いを叶えてくれるものって、宝石の形してるわけか。」

「…どうですかね。似ても似つかない形をエメラルドに例えたとかだったら、そうとも限ら…ん?」

風刃が、足元の芝生に視線を落とす。

「どうした、風刃?」

「いや…誰かの落し物か?」

「何なの、それ?」

「まあ、石ころだよな。何か、妙な色だけど…。」

弟の右手に乗せられたのは、掌を埋め尽くす大きさをした、六角形の物体。

鈍い緑色の光を放つそれは、元々山に転がっていた凡百の石と考えるには、大いに苦しいものがあった。











邪鬼(イヴィルオーガ)を退けたか。見事なものだな。











どこからともなく、低音ではあるが、若々しい声がした。











「ん?誰だ~?」






紅炎が呑気に問いかけると、声の主は樹王の幹を背に、腕組みをした状態で現れた。











何もなかったはずの空間を、溶かすようにして。











「お初にお目にかかる。僕は霧雨霞(きりさめかすむ)という者だ。」

風刃や氷華君と背丈の近い少年が、無愛想な口調で手短に名乗った。

瞳は切れ長で眼光も鋭利だが、目元にかかる長さの毛髪は直線的で統一感があり、眉は細く整っている。総合すれば、美形と称されるに十分な(かんばせ)だろう。

ただ、マントに似た形状の上着、特段に変哲の無いシャツやジーンズは、構造が簡素な上に無地の黒一色でまとめられており、服飾への関心は薄いと見て取れる。

「…あれ?え??キミ、今どこから…?」

「…今の、異能か何かじゃねぇのか?」

「左様。やはり同類には見抜かれるものだな。」

「同類?僕達と君がか?」

「貴殿等も、魄能(はくのう)…俗に異能と称される力は扱えるのだろう。先程、邪鬼(イヴィルオーガ)に行使した場面は拝見していたぞ。」

「いびるおーが…?何、それ…?」

「あの男のように、鬼の姿に成り果てた変異種達はそう呼ばれているのだが…よもや、知らずに交戦していたのか?」

「そんなこと言われても、あいつが誰かとか気にしてる場合じゃなかったんだもんよ~。こっちが一方的に喧嘩売られただけで、興味もなかったしさ~。」

「…左様か。では、奴が落としたそのカオス=エメラルドの欠片にも、興味はないと見ていいか?」

霞の一言で、皆の視線が緑色の石に集う。

「カオス=エメラルド…?これが、あいつの言ってた宝石なの?」

「左様。ただし、それはカオス=エメラルドの破片に過ぎない。願いを叶えるには全ての破片を収集し、本来の姿…元の1つの宝石に戻す必要がある。」

「…どうして、この宝石はバラバラになったんだ?」

「何者かが砕いたためだ。カオス=エメラルドは1度願いを叶えると何の変哲も無い石に成り下がるのだが、その後に砕けた場合、破片を集めて元通りに修復すれば再び願いを叶えるという、妙な性質を持っている。…もう4年程も経過するが、いまだに下手人を捜し当てようという動きさえも見られん。この宝石に望みを託したい者にしてみれば、破片にされる方が好都合であるゆえなのだろうがな…。」

「ちょ~っと待った。なかなか興味深い話だけど、そのネタが本物だって証拠はあんのかな?」

「ふむ…至極真っ当な懸念だな。」

紅炎の疑惑の視線を待ち望んでいたかの如く、霞は僅かに唇の端を持ち上げ、懐を探った。

「だが、カオス=エメラルドの話が絵空事でないのは、この場で証明できる。」

「あ、それって…!」

霞の右手に、鈍い緑色の光を放つ石が登場する。

「これも、カオス=エメラルドの欠片だ。縁あって、手に入れる事ができたものなのだが…。」

「…ん?」

霞が取り出した緑色の石と、風刃が握るカオス=エメラルドの破片は、鈍い光を些少強めていた。

まるで、呼び合っているかのように。

「カオス=エメラルドは破片同士を接近させると互いに輝きを増し、直に触れさせれば合体するのだ。その光景が、何よりもの証となるだろう。」






霞は風刃の持つ破片に、自分が持っていた緑の石を触れさせる。






すると2つの石は、思わず目を閉じてしまうほどの輝きを放ちつつ、どちらからともなく結合し始めた。






光が弱まった頃には2つあった緑色の石は1つになっており、大きさも増していた。






「…本当に、合体したのか…?」

「…なるほどね。こいつはいよいよ、驚きだ。」

「これで、カオス=エメラルドが凡庸な石とは異なっていると、信用できるだろう。」

「…そうだな。そいつはもう間違いねえわ。けど―」

「まだ何か、腑に落ちないか?」

両の手を組んだ霞が、紅炎を仰ぎ見る。

「…はっきり言わせて貰うと、君のことを信用できなくてね。」

紅炎が途中で切った話を受け継ぎ、最たる懸念を言明した。






霞の情報の信憑性は、他ならぬ僕等4人こそが担保することとなった。






だが、僕等と青鬼の騒動を傍観し、カオス=エメラルドの存在を打ち明けた動機が、まるで見えて来ない。






「同感だな。願いが叶うなんて物の話をペラペラ喋るとか、怪し過ぎるぜ。お前、何を企んでんだ?」

風刃が探りを入れると、霞は一呼吸置いてから答えた。

「僕の家は、代々宝石商を営んでいる。ゆえに、カオス=エメラルドを是非我が家で買い取りたいのだ。一見、鈍い輝きに思えるが、深みと品位を併せ持っていて、眺めの良い逸品だからな。」

「そんなもっともらしいこと言って、それこそ自分がその後でぶち壊して好きに願い事叶えちまおうって腹なんでねえの~?」

「疑念を抱くのは妥当なところだが、僕には望みを叶える力は無用だ。魄能持ちの変異種だが、自ら明かさぬ限りはそれと知られることもないゆえ、普通の人間に戻りたいとも願ってはいない。」

紅炎の追及にも、霞は静かで堂々とした立ち居振る舞いを崩さない。

「それじゃ、お金がほしいとか、彼女がほしいとかも、お願いする気ないの?」

「金も無用だ。商売柄、人並みに食えている。…確かに良縁には恵まれていないが、それについても願う気はない。僕の性分には到底合わない話なのでな。」

「…さっきから思ってたけどキミ、風くんとちょっと似てるような…。」

「女に縁がねぇってだけで、こんな変人と一緒にするな!!」

氷華君の呟きに、風刃が元気よく反発した。

「…よければ、内輪で賑わうのは後にして貰いたい。もしもカオス=エメラルドに願いを託す気があるならば、是非耳にして欲しい話がある。」

「僕等は皆、普通の人間に戻りたいって思ってるんだ。この石が本当に願いを叶えられるっていうなら、頼ることになるよ。」

「そうだな。こいつ絡みで大事な話なら、ちゃんと聞いとくぜ~。」

「では、まず端的に申し上げる。」

霞は僕達を真っ直ぐ見据え、問い掛けた。











「カオス=エメラルドの破片を集めるために…貴殿等と僕とで、手を組まないか?」

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