便利道具の使い時
メリィの光を便りに、リビングのブレーカーをあげると、室内の電気が灯る。
今更ながら、電気なんて通ってないだろうに、ブレーカーあげるだけで、電気復旧とか意味わからんね。
リビング内に明かりが戻り、再び、朱莉義姉さんの質問が始まった。
「迷宮が危険であるのは、魔物が出没するからなの?」
「魔物も危険だし、罠も厄介です。只、迷宮において最も忌避されるべきは、主と呼ばれる魔物の存在です」
RPGでいうところのボスキャラのようだ。迷宮によっては、複数存在するらしい。往々にして、強力な魔物だという。 メリィが言うには、複数人を守りながら討伐にするのは無理との事。
「晴光の森迷宮の主は、主の縄張り範囲であれば、いつでも出現する危険があります。でもって、この家は主の縄張りに含まれているのです」
建物の中で悠長に構えている時間はないと。しかし、着の身着のままで、右も左もわからぬ世界に旅立つものはいかがなものだろうか。せめて、何か持っていくぐらいの時間は設けた方が良いのではないだろうか。
「わかったわ。直ぐに出ましょう」
はい、直ぐに出ましょう。朱莉義姉さんの言葉は、白井家の決定である。逆らいようもなかった。
「我がコレクションを放置して家を出るなどという道理がまかり通って良いわけが………あります」
逆らいようもなかった。大事なことなので、二回は思うことにしよう。
「むぅー、命あっての物ダネというやつですね」
渋々ながら、真央も納得したようだ。
「け、決断早いですね」
「さ、出ましょう」
「うむ」「はーい」「ラジャー」
若干、引き気味のメリィを後目に、朱莉義姉さんのオーダーへ返答をして、玄関へと急ぐことにしよう。
「ちょ、先に私が安全確保するから、先に行かないでー!」
玄関の扉を開き、メリィが先に外へと出て、周囲を警戒しながら、手招きする。
義父、真央、朱莉義姉さん、俺の順番で、玄関を出た。
「魔物の気配はないけど、十分に注意しましょう。私の後に着いてきて下さいね」
メリィが、歩を進め、義父が続き、真央も朱莉義姉さんも言うとおりに歩む。それに続こうとして、俺は足を止め、家に振り返った。
見慣れぬ森林と共にそびえたつ白井家は、現代の一般的な二階建てで、建物内はわりと広く快適だ。外見は和の要素はほとんどなく、無骨なほどに四角形だけど、屋上もあったりする。
その昔、義父が星を降らす魔術を行うなど宣い、屋上に幾何学模様の魔方陣を描き、わけのわからない呪文を唱えながら奇声をあげてたっけ。結局、都会の空は、スモッグの所為でほとんど星も見えなかったが、呪文が終わった途端、僅かに星が光った気がして、わりとはしゃいだっけ。
ああ、そういえば、白い塗装の壁面には、良く悪戯描きをされて、朱莉義姉さんが報復に向かうのを俺と真央とが全力で止めたのは良い思い出だ。結局、家族全員で犯人を追い詰めたところ、危うく国家権力にお世話になりそうだった。義父がわけのわからない奇声をあげながら、注意を引いてくれて、事なきを得たっけ。
あれ、義父さんが奇声しかあげていない変人になっている気がする。
「サダオさん、ちゃんと着いて来てくださいー」
メリィが俺の足が止まっていることに気付き、声をあげたが、言葉を返さずに、白井家を見続ける。
両親を失って、全てがどうでも良いと思っていた俺を義父と真央と朱莉義姉さんが家族として迎えてくれた。この場所をおいそれと手放すことなどできるはずがない。
ポケットに入れておいた懐中電灯を取り出して、ボタンを左に回す。
「何をやっているんですかー!早く来てくださいー!」
メリィの声は聞こえなかったことにしよう。俺は、玄関前まで足を進め、懐中電灯を白井家へと向けた。
「定夫、何をするつもりだ」
「ふははっ!」
「お義兄ちゃん大好き!」
後方からの声に対して、色々と突っ込みたいところではあるが、俺は、数々の思い出が詰まっている白井家へと、懐中電灯を突きつけたまま、叫ぶ。
「小さくなれ!」
普段であれば、懐中電灯から漏れる光の色は、橙色であるが、眼前に映るのは、鮮やかなまでの青色であった。
「っ!」
白井家を包み込むように青い光が広がり、徐々に小さくなっていく。
どの程度まで、小さくできるのかどうかは疑問だけど、ミニカーくらいを思い浮かべておこう。
神秘的なまでの青い光に包まれ、白井家は見事なまでに手のひらサイズになっていた。
「よし成功だ!」
「よしっ、じゃあないですよー!何勝手なことをっ!?」
メリィが全力で俺へと走りかかってくる。とても怖いが、ミニチュアサイズ白井家をとりあえず、回収しておくとしよう。、
性質:異空間 特性:内装変化・拡張縮小・聖域 武器性能:———
効果説明:内装変化――思い描く通りに部屋の模様替えを行える。拡張収縮――部屋の拡張・収縮を行うことができる。制限なし。聖域———害意あるものの侵入を防ぐ。
んん!?
「これはっ!?直ぐにそこから離れて!!!!!!」
メリィの切羽詰った声が耳に届く前に、俺の立っている場所が、ぼこりと沈んだ。いや、土が盛り上がっていた。なすすべもなくバランスを崩し、倒れると同時に、視界が金色に染められる。
――夫!―――りゃ!――ーーゃん!
やけに家族の声が遠くから聞こえる。顔を上げてみれば、眼前に広がる景色が、めまぐるしく動いていた。何が起こっているのか、考える暇もない。兎に角、動きが止まるまで、俺は必死で掴める場所に掴まり、眼を閉じる。吹き飛ばされそうなほどの風圧を感じたのは一瞬で、直ぐに収まった。
動きが止まったのかと、おそるおそる眼を開いてみれば、とても良い景色が広がっていた。
辺り一面、緑一色の広大な大自然とともに、まばゆいばかりの黄金色がキラキラしている。
「うおおおおおおおお!?な、な、なんだこれは!」
地面に突っ立っていたと思ったら、某有名タワーもかくやといった高所に居た。いきなり、三百メートル近い高さとかどんな罰ゲームだろうか。いや、そんな事考えてる場合じゃない。命がヤバイくて危険だ。うん、混乱している。
多分、地面から盛り上がってきたものに引っかかり、今がある。アイキャンフライ。飛んだら死ねる。
「もしかして、木の上とかか」
よくよく観察し、視界を覆っていたものは金色に輝く葉っぱであり、必死に掴んでいたものは枝だ。とてつもなくでかい木の天頂にでもいるのだろう。
ホオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!
「おわああああああ!」
不気味な音ともとれる叫びを発して、何かが全身を震わせる。慌てて、枝を掴む手に力を込めて、身体を支えた。
「火の玉とかそういうレベルじゃなくない!?」
数十メートル先に、巨大な炎の塊が浮かびあがる。あんなものに触れたら、一瞬で燃え尽きてしまう。
直感的に、今、引っかかっている何かが作り出したものであるということを理解した。
それをどうするのか、という考えよりも先に、俺は、身体を動かす。幸いにも、ポケットには懐中電灯が、残っていたから。
「小さくなりやがれ!!!!!!!」