秘密な道具ですか
鬱蒼と茂る森の中を疾走するは、十の影。四つ足にて地を踏みしめ、魔物と呼ばれる存在が、その姿を現す。獰猛な双眸は狼のそれに似ているものの、体躯は2メートルを優に超えており、熊のそれに相違ない。
狼と熊が合体でもすれば、このような魔物になるのであろう、ということでもないにせよ、彼の魔物は、ウルフベアと呼称されていた。狼の習性に近いためか、獲物を刈る際には、群で動く。一体、一体の膂力が強いというのに、群で動かれれば、並みの冒険者でさえ、手を焼くという。
「グルルルオオオオオオ!!!」
一際、大きなウルフベアが雄叫びをあげた。群れの主であろう。巨大な咆哮は周囲の部下へと獲物が近いことを伝えるためか。それに応じるように、周囲のウルフベアも咆哮をあげていく。
「グォォォォォォォ!!!!」
「グゥゥゥァアアアアアア!!!!」
「オォォォォォ!!!!」
「悪いが、時間がない」
短く謝罪を残し、魔術師キールベル・ユーグフィアロは、魔術を行使した。
キールを中心に、中空に浮かび上がる幾何学模様は、瞬く間に広がり、巨大な魔術陣となる。
「焼き尽す」
キールの言葉と共に、赤く輝く魔術陣から、ウルフベアの群を覆いつくほどの青白い炎が放たれた。
「グガァ――――」「グォ――――」「ォォ――」
咆哮をあげる暇なく、魔物の群れが一瞬の内に炭化するほどの火力。
魔力を帯びた炎が、周囲の木々を全て焦がし灰に還す―――というわけでもなく、魔物に対してのみに有効であるのか、周囲に燃え広がることなく、やがて消失した。
「さて、戻るか」
一般的に、上位と呼ばれる魔術陣を行使したというのに、キールは疲れた様子もなく、振り向く。右を向く。左を向く。上を向く。溜息を吐いた。
「どっちだ」
魔法省特務科所属、随一の魔力を持つ故に最強という名を冠すると同時に、生来の方向音痴と強大な魔力の所為で、こと気配感知に関しての制約を持つ。故に、付けられた二の名は、【最強の迷子】
膨大な魔力を身体的な向上を齎す魔術陣として使用すれば、その限りではないが、現状は使用することができない。
忌々しげに自身の右腕を眺め、キールは溜息を吐く。
「待つか」
かの漂着物と漂着者はどこに在るのか、などと、闇雲に探したところで、時間がかかるだけであると判断し、キールは、空ろな瞳を空に向け、後輩の連絡を待つことにした。
ところ変わって、白井家の面々は、あーだこーだと言い合っている。
「この世界についてのことは分かったから、魔法省の魔術的なことに関して詳しく!」
「魔物とかそういうのと友達になりたいから、教えてー!」
「当面生きていくうえで必要な知識と世界情勢、後はお金の稼ぎ方を知りたいわ」
など、三者三様に、メリィへと言葉を放つ家族達。
やや気おされ気味であるものの、メリィは、軽く咳払いしてストップをかけた。
「私の上司が近くに居るので、連絡するから待ってください」
そういって、メリィが手の平大の水晶を懐から取り出し、口元へと持っていく。
「おおっ何だねそれはぐえ!」
義父がものすごく食いついた。席を立って、メリィに詰め寄ろうとしたところで、朱莉義姉さんに、襟首を持たれて止められる。
「これは、魔道具です。遠く離れた人とも連絡し合える優れものですよ。あー、先輩聞こえますか」
『……聞こえる』
メリィの声に答えるように、やや控えめな声量で聞こえた声は、先ほどのキールという男性のものであった。
「携帯というかトランシーバーみたいな感じだねー」
真央がしげしげと水晶を眺めながら、こちらは白井家作戦会議室であーるなどと小芝居をしだしたので、軽くチョップしておく。
「漂着に関して、説明だけ済ませました。どうせここまでは来れないだろうし、今から、そちらに向かいますが、もう魔物は片付けましたか」
『無論だ』
キールの声にメリィが了解と頷き、白井家面々へ視線をぐるりと向ける。
「では、今から外に出て、先輩と合流しましょう」
「駄目だ」
「やだー」
「まだダメね」
言葉は違えど、全員が拒否だった。無論、俺も首を振っていた。
「えーっと、ここに残るのは危険だから言う通りにして下さい」
「危険だ、というのは初めて聞いたわ」
ハッと何かに気付くように、メリィが表情を変えたと思いきや、てへぺろっと、舌を出した。
誰かを彷彿とさせる仕草である。何気なく、真央を見やると、てへぺろと舌を出し返していたので、でこぴんしてやった。
「ここ迷宮の中だって言うの忘れてましたー」
迷宮という単語には聞き覚えがあった。
謎のテレビ番組で、バニーなお姉さんが意味深に告げていた場所だ。
数々の罠や凶悪な魔物が巣食うというやらうんたらかんたら。うん、生命の危険を感じてしまう。
「ここは、晴光の森迷宮といって、黒衛クラスの迷宮、といっても伝わらないと思いますが、兎に角、危険だから」
唐突に、視界が真っ暗になった。なにやらデジャブを感じる光景である。見えないけども。
「何ッ!?」
「ブレーカーが落ちただけよ、落ち着きなさい」
メリィの驚きの声に対して、冷静すぎる朱莉義姉さんの突っ込みを聞き流し、俺は、立ち上がった。
まずは、明かりをと思い、携帯電話を取り出そうとして、ズボンのポケットを弄る。どこにもない。部屋にでも落としたのだろうか。
「誰か明かりになるもの持ってないか」
「ゆかりならあるよ!」
「テーブルの上にもどしておこうな」
ご飯を食ってる場合じゃないからね。義父は、くっくっくっなどと、黒幕風の嗤いを漏らしているので、持っていなさそうである。
「定夫、ブレーカー」
もはやあげろとも言わない。白井家の頂点に位置するのはいつだって朱莉義姉さんその人である。命令されれば、そのように動くしかない。
確か、懐中電灯がリビングの戸棚にあった。この場から、丁度真っ直ぐ前に行って、右手側に手を伸ばせば棚に触れることができるはずだ。
暗闇の中でも、住み慣れた家の一室。よし、と、一歩、二歩、三歩と進み、ガラス特有のひんやりとした感触が手に触れる。多分、目的の戸棚に到着したのだろう。さほど広くもないリビングなのだから、間違うことはないはず。
「暗さを照らす灯を齎し給え」
唐突に、メリィが言葉を紡いだ。まるで義父がいつもそらんじているような魔法の言葉。まるっきり、何の効果もないただの言葉。
しかし、ここは異世界だった。
室内を明るく照らす光の灯火が、メリィの掌から、瞬時に現れていた。
ゆらゆらと揺れる野球ボール大の白い灯火は不思議と暖かく、熱いというほどではない。電気のような全体を万遍なく照らす光量ではないが、どこか幻想的な淡い光が、リビングを柔らかく包む。
「これを明かりの変わりに――きゃあっ!」
「うおおおおおぎゃあああ!」
朱莉義姉さんの全力の一撃。義父の後頭部に会心の一撃。というテロップを脳内に流れた。
折角、手探りで戸棚を探し当てたのに、どうやら意味はなくなってしまったようだ。
しかしながら、初めて見る本物の魔法には、やや興奮を覚えてしまう。
義父ではないが、色々と聞いてみたい欲求に駆られるが、今はそういう時ではない。
取り敢えず、折角だから懐中電灯は取り出すことにしよう。少々悔しいし。
戸棚から、赤い色の懐中電灯を見つけて、俺は手に取る。
懐中電灯 性質:未来物質 特性:巨大化又は微小化 武器性能:―― 使用方法:取ってにあるボタンを右か左に回し、対象となるものを考えながらボタンを押して、光を当てる。右に回して押すと巨大化、左に回して押すと小型化。小型化したものは、巨大化すると元の大きさに戻り、巨大化したものは小型化すると元の大きさに戻る。
んんっ!?