漂着者と漂着物と変質と変異と
各々の自己紹介と興奮した義父に対して、いつもどおりに朱莉義姉さんが圧力をかけて沈黙させる。白井家のリビングに、メリィ・ローゼリカなる異世界人を交えての白井家会議が始まった。
「えー、貴方たちは、この世界とは別の世界から、漂着した者。我々は、漂着者と呼んでいます。
又、それとは別に、生き物ではない道具や建物などは、漂着物と呼んでいます」
漂着者に漂着物。この世界、ユルグナートには、往々にして、異世界から物や生物が漂着するらしい。
しかし、メリィはなにやらメモを片手に説明をしている。素人か。何の素人かは知らんけど。
「この世界の創造主、所謂、神様が異世界に通った際に出来た穴が無数にあって、その穴から漂着するのではないか、とか色々考えられています。正直、私たちにも詳しくはわかりません」
わからないのかよ!と、内心で突っ込まざるおえない。嫌な予感がひしひしとする。
「私たちは元の世界に帰れるのかしら?」
俺が、不安を声に出す前に、朱莉姉さんが、知りたいことを尋ねていた。
「過去に漂着者がこの世界から別の世界へ還ったという記録はあります。詳しい内容まで覚えてないけど、それやって見たらいいんじゃないかな!」
メリィは頑張れといわないばかりに、拳を作って元気に言い放った。
義父は、別段、元の世界に未練はないだろう。願ってもない魔法という存在があるファンタジーなのだから。
真央は、どうなのだろうか。うん、ウインクとかかます余裕があるのなら大丈夫だろう。
朱莉義姉さんは、顔には出ない。でも一番内心では帰りたいと思っているだろう。現実主義者だし。
俺はといえば、現代に戻る方法が僅かながらあるかもしれないということに、ややホッと胸を撫で下ろす。
「異世界に漂着した生き物もそうでないものも、この世界に適応してしまうから、生活するには苦になりません」
「適応とは、具体的にどういうことかね?」
義父がわくわくにこにことまるで子供のような笑顔で問いかけた。
「こうやって会話できたりすることとか基本ですね」
「質問良いかしら?」
「はい、どうぞー」
「この世界の言語は一つだけなの?」
「様々な言語がありますが、漂着者には、全部正しい意味で理解できてしまいます」
「つまり、私が、貴方に話している言葉は、貴方が理解できる言葉に聞こえている」
「そういうことになりますねー」
英語でアッポォーって言っても、りんごって聞こえるということなのか。
口の動きが違うのに、そういう風に聞こえるということは、読唇術みたいなのはできないんじゃあないだろうか。もともとできないけど。
「私が字を書いて、貴方に見せたらどうなる」
「私にも理解できる言葉に見えますよー。種族も言語も違う複数人が貴方方の話す言葉、文字を聞いたり、見たりしても同じように理解できてしまうでしょうね」
逆もまたしかり。この世界に書いてある文字は、漂着者に理解できるそうだ。
常時、どこかの未来猫型ロボットの便利道具であるお味噌味のこんにゃくを食べた状態ということだろう。なんというご都合主義だろうか。
「適応については問題ないんですよねー。それより厄介なのことがあるから、魔法省は貴方がた漂着者を探してるんですから……」
ミリィがややげんなりとした顔を見せる。白井家面々を視線だけでぐるりと一周し、盛大に溜息を吐いた。
「問題なのは、変異と変質。貴方たち漂着者も、漂着物も何から何まで適応するわけではありません」
「変身みたいなアレができるようになるの!」
真央が身を乗り出して、話の腰を折ろうとしたので、抑えておく。うるうると瞳に涙を貯めているが、無視しよう。
「ま、まずは変質について、例としてあげると、座布団って知ってますか?」
座布団、それすなわち世の痔病を持つものに光明をもたらしたとされる生活必需品として名高いあの調度品だ。正方形の形を持つものが基本であり、座ることに使えるのはもちろん、防災においても頭部を守るものとしても扱えるという。多機能性を持ち、かつ、椅子等に併用することで、其の効果を磐石のものとしている。古くは鎌倉時代までさかのぼり、江戸時代に現代の形になったとか、昔は権力の象徴としても用いられたとか、そんなアレですね。
「……嫌に詳しいです。、まぁ、それがある森の中で、漂着物として発見されました。でも、その発見した人は、いらなかったみたいで、ブーメランみたいに投げ捨てました。 すると、座布団は勢い良く回転、周囲の木々を薙ぎ倒して、突き進み、人の生きる集落の前で朽ちました……結構な大惨事です」
座布団すごい!武器としても使用できるなんて!なんでやねん!
「元来の使用方法ではなく、異なる効果を持ってしまう。それが漂着物の変質です」
「物騒ね。ちなみに、適応したものと、変質したものの区別はつくの?」
「変質の程度によって、わかるものもあれば、わからないものもあるそうで……一応、漂着物専門の鑑定士が居ますが、正直な話、変質していることはわかっても、効果が不明なのがほとんどですねー」
適応しているものは、調べれば用途が分かる。それに対して、変質しているものは、用途不明だから、変質しているということを判断することができるということか。
「漂着者の変異というものは何?」
「この世界に漂着した生物が、この世界に存在する種族、又は、見たこともないような姿形に変わってしまうことを指し、変異と呼びます。この世界に漂着した時点で、姿形が定まるようなので、貴方がたはしっかりと姿形は適応できたんじゃないでしょうか。多分ですけどー」
異世界に来てから鏡とか見ていないが、家族の姿を眺める限りでは、何も変わったところはない。
俺自身の姿はどうなのだろうか、見える範囲では何も変わったような感じはないし、特別な力が宿るなどという……。
「あっ」
「どうかしたの?」
朱莉義姉さんが訝しげに眉をひそめ、俺を見るが、返答することに迷う。
「……話の続きをすると、変異は何も姿形だけじゃなくて、身体的な能力の向上や魔力の発現、その他、様々な才能を齎すことがあります」
「力や才能!ワシにはどんなものがふっ!」
朱莉義姉さんの鮮やかなボディブローが、義父のお腹に突き刺さった。武道家とかの才能ゼッタイありそうだが、普段通りな気がするので、違うかなあ。
「そこのサダオくんには、何か覚えがあるみたいですが……詳しく話してもらってもいいでしょうか」
俺に視線が集中する。ナンダカものすごいプレッシャーを感じてしまう。メリィはにこりと笑っているが、目は真剣そのものだった。
下手なことを言えば、首と胴体が離れ離れになってしまうかもしれない。正直に話そう。
「そこの金属バットを持った時に、性質だったり特性、あと性能?とかなんかがわかったんです」
じぃっっと、メリィが目を細めるようにして、俺を見る。まさか、人の目を見ると、ステータス的な何かや心が読めたりするのか。いや、それだったり、わざわざ話を聞いてこないだろう。
「うーん鑑定能力でしょうか……まあ、嘘付いてる感じじゃないですし、いいでしょう。それは別段珍しい能力でもないし、大丈夫みたいですね」
大丈夫、といいながら、ほっと息を吐き、メリィは、メモをめくった。
「ええーっと、未知の能力や才能を発現してしまい、その能力や才能の力におぼれ、世界に害を為す可能性がある、又は、害なる存在に不当に扱われ、生ある身を蹂躙され、負の魂が世界を彷徨う可能性がある、同時に、数多の恩恵と才知を齎す賢人、弱者を守り、害なる存在を打ち倒す英雄、世界にとって尊い人材となる可能性がある、諸々の理由によって、私たち、魔法省は、貴方方を保護しまひゅ!」
おしい。最後に噛んでしまった。
どうやら、白井家一同は魔法省に保護されることになったようです。まる。