シリアスなんてなかった。
朱莉義姉さんに言われるままに、俺がブレーカーをあげると、リビングの電気は点灯した。
「さて、さっきテレビでこの世界についての情報収集をしておいたから、ざっくり説明するわよ」
「さっすがー!」
「ふ、ふふふ、流石は、私の娘だ」
やはり、この義姉は、心臓が強すぎるというかなんというか。
「この世界は、地球じゃない。名前はわからないけど、別世界。
迷宮というもので、生計を経てる者達が居る。迷宮には危険を伴う。
人は存在する。テレビで見た時点では、言葉も理解できたから会話もできる可能性が高い」
「異世界きたこ……ごめんなさい」
義父が年甲斐もなく興奮しているのを朱莉義姉さんは一睨みで謝らせる。
できた上下関係であった。
「テレビ番組があるっていうことは、ある程度の文明が発展していると考えられる。後は、魔物?みたいなものが生息しているようね。無害なものも居るけど、害のあるものも多いらしいわ」
「魔物ってことは生き物!友達になれるかなー!」
真央がはしゃいでも、義姉は何も言わずに流した。妹には甘いのである。
「……何にせよまだわからないことが多いわね。人に接触して、情報を引き出せればいいけれど、外は危険な可能性があるわ」
「これからどうしよっかー」
「そんなもの冒険にーーーごめんなさい」
一睨みでサイレント。
「現状は、出来る限り情報を集めること。とはいえ、電気がいつまで保つかどうかもわからない。
目には悪いけれど、節電しましょう。明かりを消して、テレビ二台ほど使用し情報収集を図る。
私は部屋で、定夫とマオと変態親父はリビングでお願い」
「わかった」
「おっけー」
「お、親に向かってーーーなんでもないです」
一睨み以下略。
真っ暗な部屋の中で、リビングのテレビが点灯する。
異世界のテレビは、それほど番組が豊富ではないようで、1、3、5のチャンネルしかなかった。
朱莉義姉さんは、1を調べるといって、リビングを出て行ったきり、部屋に篭って出てこない。
とりあえず、3か5のどちらを見るべきだろう。
3は、ソルクライド先生の魔術理論。5は、メイクオブモンスター~魔物は友達!~らしい。
「3!33333!33333333!」
「5チャンネル!5チャンネル!」
魔術魔法オカルト類に人生かけるほど、頭が逝っちゃってる系な義父は、当然、漢字の魔が付けば、そっちに流れるのも致し方ない。
しかし、親も親ならば、子も子である。真央は、生き物が大好きなのだ。犬猫の類はもちろんのこと、爬虫類でも、両生類でも、虫でもいける口である。
「お父さん!娘のお願いが聞けないなんてどうかしてるよ!」
「こればっかりはダメだ!魔術理論だぞ!マジモンの魔法だぞ!」
うぎぎぎぎぎぎと、リモコンを引っ張り合う二名。みしみしと、嫌な音を立てるリモコン。
やめて、リモコンのライフはもうゼロよ!
ベタな展開が予想できるので、無機物には助け舟を出しておこう。
「真央。朱莉義姉さんはああいったが、お前は自室で5チャンネル見てくれば良いんじゃないか?」
「その手が合ったか!」
「ぐわぁ!」
ぱっっとリモコンから手を離すと、その反動で、義父はもんどりを打って床に倒れた。
真央はどたばたと騒がしくに自室へと退場していく。
義父が後頭部を支え、暫くの間、痛みに耐えているのを尻目に、俺も一度、自室へと戻ることにした。
自室の扉を開けて、ベットに腰掛ける。
小さく息を吸って、吐いて、吸って、吐いて、落ち着きを取り戻すことができるだろうか。
「はぁ、ダメだ」
家族の前では、努めて、考えないようにしていたが、どうも無理である。
異世界。ドキドキハラハラファンタジーな予感満載だ。前向きに考えれば、冒険心をくすぐられ、未知の遭遇に胸を躍らせることもできよう。
だが、家族が一緒である。
十中八苦危険なことがあるだろう異世界で、皆を守ることができるだろうか。
――—――—――家族を失うのは、もう嫌だ。
「……こんなもので、どうにかなるか」
ベットの下から、護身用の金属バットを取り出す。
金属バット 性質:超硬度 特性:自動魔法反射 武器性能:A
「は?」
頭の中で、ふっとわいた言葉に、思わず疑問の声が漏れた。
性質?特性?武器性能?
「何の変哲もない金属バット……だよな」
軽く叩けば、コンコンと、金属特有の小気味の良い音がする。
グリップを握ってみれば、やけに、手に吸い付く。
それほど長く使っているものでもないのに、上手く使いこなすことができるような感覚がした。
「もしも危険なことがあれば、これで……」
グォォォウルゥォォォォォォォーーーーーーー!
「っ!」
獣の遠吠えだろう声が、遠くの方からか聞こえてくる。先ほどの朱莉義姉さんが言っていた魔物だろうか。それともただの野良犬か何かが叫んでいるだけだろうか。
暑くもないのに、じんわりと、額から汗が出る。
嫌な予感がする。こういう時の予感は、わりと当たる方だった。
金属バットを持つ手に力を込めて、俺は立ち上がり、部屋を出る。
「ワンちゃんが近くにいるのかもしれない!」
「待てい!」
元気良く言い放ち、真央が玄関へと走りだすのを首根っこ捕まえて止める。
「はーなーしーてー!」
「危ないかもしれないから、部屋で待ってろって」
しばし抵抗を見せるが、本気でダメであると悟ったのだろう、真央は、身体の力を抜く。
じんわりと、目に涙をためて、小さく吐息を吐く。
「優しくしてね」
「お前もう帰れ!」
残念、ここが、実家だった。