妖精王の識眼
魔法省本部は、五階立てらしく、会議室は三階にあるらしい。エレベーターはなかったので、全員でぞろぞろと階段を上る。
こうなんていうか魔法陣があって、そこに乗ると移動ができるとかそういう仕様ではないのが、すごく残念だ。
「ここですよー」
扉上部に分かりやすく掲げられている木の札には、『第三会議室』と、書かれている。異世界の文字で書かれているというのに、はっきりと認識できるのは、何か変な違和感があったりした。
メリィに率いられて、会議室へと入ると、部屋の中央に円形の木机と共に、木椅子が設置されていた。その他に、申し訳程度に置かれている観葉植物のようなものと、ゴミ箱であろう小さな桶みたいなものがある。魔法の魔の字もない、殺風景にもほどがある。
「空いている席に座ってくださいー」
義父、真央、朱莉義姉さん、俺の順番に、空いている席に座り、最後にメリィが座ったところで、キールがなにやら大きいダンボールを抱えて部屋に入ってくる。ダンボールの箱には、北村農家とか書いてあるけど、どう見てもファンタジーじゃないのに突っ込みたい。
「……揃っているな」
机の上に、ダンボールを置いて、キールも席に座る。
「……ようやく落ち着いて話すことができるな。まずは、魔法省本部に来てもらったことについて、礼を言う。ありがとう」
キールが頭を垂れたのを見て、慌てて、メリィもそれに習う。なんというか新人か。
「……メリィに簡単な説明を受けたと思うが、この世界には、漂着者と漂着物というものが往々にして流れつくことがある。異能力を持つ人や物に関して、悪意ある輩が狙うことも残念ながら多い。そのために、魔法省が率先して保護をしている」
「その魔法省に悪意がないと言い切れるの?」
朱莉義姉さんの眼が細く潜められる。キールは、頷くことも首を振ることもなく、淡々と告げる。
「……未知の能力、才能、物品に関しての研鑽ができるという理由で、異界の人材を集めているというのは確かだ。ただ、我々は保護というものを強制はしない。この世界の情勢や基本的な知識を覚えた後、自由にしてもらっても構わない。無論、危険であると判断した場合は、それに準することもないがな」
「教えてもらうことは教えてもらう。可能な限り御礼できるものならする」
ただ、と朱莉義姉さんは、より強い眼光を持って、キールを見る。
「家族に何かあったら、私はこの世界の何者が敵に回っても、それを滅ぼす」
「娘に同じく、我の魔法で全てを一瞬にて無に返そうファハハ!」
「そんなことよりお腹がすいたよ」
花でも食ってろ。は、いかん、いかん、突っ込みに回ってしまった。
「俺も、朱莉義姉さん、義父さんに同じく、家族より優先できるものはないかなぁ」
未知の異世界では何が起こってもおかしくはない。日本という平和な国よりも、治安が悪い可能性は多いにあるだろう。その辺歩いているだけでも、何か世紀末的な人々がヒャッハーするかもしれない。そういうことがあれば、懐中電灯で小さくして踏み潰そうと思います。
「……守るべきものがあるならば、まず、それ相応の能力があるのかどうかを理解しておくべきだな」
キールがほんの僅かに、口元をあげる。それはもしかしなくともなく、笑っているのだろうか。
心の中での突っ込みなどどこ吹く風と、キールがダンボールから、マスクメロンっぽいものを取り出した。食べろというのか。
網目模様に一際大きな横筋が走っている。色といえば、黄緑がかっており、これまたメロンっぽい。バスケットボールよりも少しばかり小さいくらいの球形だ。
ぎょろり。
「っ!」
「おおっ!」
「じゅるり」
「きもっ!?」
唐突に、メロンっぽいものが、つぶらで大きな瞳を開いたので、驚きの余り、本音が口に出てしまった。
それがダメだったのか、メロンっぽいものが、ぎろりと俺のほうをじろりとにらみつける。ごめんなさい。
「……これは、妖精王の識眼。神々の異物の一つにして、人の持つ能力や才能を視ることができる」
神々の異物とかそういうご大層なものをダンボールから出すのってすごいありがたみがない。メロンっぽいとか安易なこと考えて悪かったと思うが、このグロイのさっきから、ずっと俺のを睨んでくるんだけど、やめてもらえませんかね。
「……害はない。才能と能力を見る方法だが、これに手を触れるだけでいい。後は、視えるだろう」
キールが淡々と言いつつ、テーブルの上に、眼を置く。まだ俺を睨んでいる。
あきらかに手触りは良くなさそうだけど、やるしかなさそうだった。
「てぇいっっつぁい!」
義父が、まるで叩きつけるかのように、眼にむけて手を振り下ろすが、ごろりと軽く避けられてテーブルに手を強打した。
そのまま、俺の方へと転がってきて、ぎろりと睨んでくる。一言、きもいと言っただけでこれだ。少しばかり心が狭いのではありませんか。
「じゃあ、俺から触ってみるよ」
意を決して、俺は、眼に手を下ろすが、ごろりと、避けられた。
ごろごろごろと、転がって、朱莉義姉さんの下へと、移動する。ちらっっと、ちら見しやがったよこのやろう。
「……言っておくが、その眼はこちらの言葉を理解している。下手なことは言わないほうがいい」
そういうことは、早く言って欲しいのですけど。
「触れればいいのね」
朱莉義姉さんが、ためらうことなく眼に触れる。手のひらからまばゆい光が迸る―――こともなく、何も起こっていない。いや、何かは起こっているかもしれない。ただただ、朱莉義姉さんは、視線を虚空にさまよわせている。まるで、空中に文字が移っているのを視ているように。
暫くして、朱莉義姉さんが手を離す。同時に、ころんと眼が動き、今度は真央が座っている前に止まった。
「よーし、どんとこーい!」
「………うぅ」
朱莉義姉さんが眉間に手を当てて、小さく唸っている。割とレアな光景だった。一体何を視たのだろうか。
真央は、ぐーちょきぱーと手をにぎにぎしている。何を考えているオイ馬鹿やめろ。
「……全員が視た後に、結果は聞こう。続けてくれ」
嬉々と笑いながら、真央が眼にサミングをしようとしたので、少々時間がかかった。真面目にやれといいたい。
次に、義父がテンション高めにぶつくさぶつくさと呪文を唱えながら大仰に手に触れようとしたためか、眼がダンボールには帰ろうする。真面目にやれといいたい。
「何かごめんな」
義父がなにやら鼻息が荒く拳を振り上げているのを尻目に、頭を垂れて、眼に謝罪する。眼は、僅かに瞳を細めつつ、ごろりと俺の前に転がってきた。
「では、失礼して」
幾分か先ほどよりも視線が柔らかい眼に、そろりと手で触れる。
瞬間、空中に文字の羅列が走りだした。
どうも初めまして、妖精王の眼です。きもいとか言ってくれちゃって、メロンだとかぐろいだとか考えてることぐらい筒抜けなんですよ。まあ所詮、神様に作り出された道具に過ぎないから、別にいいですけど。それに、漂着者の才能や能力を見るのは、一般の方に比べてすごい面白いですからね。
では、白井定夫さんの、基礎能力、才能、固有能力については以下の通りになります。
基礎能力:筋力 E() 耐久 E() 器用 E() 精神 E() 魔力 E()
才能:------
固有能力:触れ知る手:触れたものに関して、全てを知りえる可能性を持つ。
十全発揮の活用:ありとあらゆるものの性質、性能を十全に発揮することができる。
一言コメント:これ以上の基礎能力向上の見込みはないけど、固有能力における強化ができるでしょう。扱う物によっては、基礎能力の向上・才能獲得に繋がるかもしれません。
全部の文章を読むまで、身体は動かすことはできないのか、視線だけで文字を追っていく。ごめんなさいと、謝罪は何度もしたから許してほしい。つらつらと読み進めて、ようやっと、文字を読み終える。
自然に、眼が手から離れていき、ぽんっっと飛び跳ねて、ダンボールの中に入っていった。
「……では、貴方から結果を聞こうか」
キールが朱莉義姉さんへと視線を戻し、先を促した。




