魔法都市ベルベット
マーライオン。別に深い意味はない。少しばかり、お腹にくるものがあった。ただそれだけ。
「おぼろおろろぼろろろろろろ!」
ああ、うん、とりあえず、義父の背中をさすりつつ、モノは見ないようにしよう。
「うわあ」
メリィが完全に引いていた。せめて、リアクションしてくれるだけありがたいかもしれない。
真央と朱莉義姉さんは、完全スルーである。キールも同様に、なにやら門番らしき人と会話していた。
「大きな外壁ね」
「かべー!」
二人の言うとおり、数十メートルはある壁が都市を囲んでいるようである。壁の端が随分遠くにある。円形に広がっているのか、真四角であるのかはわからないけど、都市というのだから、規模は大きいのだろう。
「ぐっ、これしきのことで!」
ぐいっっと口元を拭いながら、義父が立ち上がった。ややふらついており、顔も青いがその眼光は力強い。
「……話は終わった。本部に向かおう」
キールが先頭に立って、歩いていった。
「先輩が先に行ったら、迷いますってばー」
メリィが慌てて、キールの背中を追いかけていくのでそれに続く。大きな門が開かれて、異世界の都市がその姿を現した。大きな門を抜けると、どっっと音の波が押し寄せる。多種多様の種族が道を行き、活気ある声と生活の音が交わる。
魔法都市ベルベット。魔法都市という名前の通り、魔法省本部を中心に、魔法の研鑽を主として活動する者達のメッカだそうだ。
総人口は一万人ほどで、都市中心の噴水広場から東西南北に区画整理されているらしい。
東に、一般住民の居住区と市場。西に、富裕層の居住区と商業区、南に魔法省本部と図書館、北にダンジョンギルドと工業区があるのだとか。
ダンジョンギルドなどというものがあるのか!もはやゲームじゃん!
などと思いつつも、口には出さない。
「もはやゲームじゃん!」
真央さんや黙りなさい。
「いっぱい人がいるわね」
朱莉義姉さんが、ぽつりと呟く。どうやらさきほどの門は、東門であったらしく、ここは見るからに市場であった。
通路を分けて、テントを開き、見たこともない装飾品やら草っぽいもの、剣やらナイフの武器、生鮮食品などを売っていた。
「うっわー!うわー!うっわー!」
今にも駆け出しそうな真央を抑えつつ、俺もわりと興奮していたりして。なんたって、異世界の人々がそこら中に居るのだ。犬の耳か猫の耳か、尻尾がふりふり、顔になにやら紋様を描いていたりする獣人達。身長がやや低いけどあきらかにおっさんで髭もじゃなのはドワーフだろう。ぴんっと尖がった耳の超綺麗なお姉さんはエルフですねわかります、でも、二足歩行の魚が居るのは一寸待ってくれ。某有名漫画のような人っぽい顔じゃなく、まんま顔がギョである。ギョ。という漫画は色々とトラウマだから思い出したくはないんだけどなー。
「いらっさい!そこの人、良い装備あるわよー!」「どうだーこの赤豚魚は仕入れたばかりで新鮮だぜー!」「閉店セールだよ!今ならなんと全品5割引きだよ!」
うん、多分、後半の人は、明日も閉店セールしてるんだろうなって気がした。
市場を抜けると、次に眼に映るのは、一般住民の家々だ。 建物の様式は、東欧建築に近いのか、ドーム型の屋根もあれ、やや斜になっている屋根があったり、壁は外壁と同様に石材が主であるようだ。教科書やテレビでしか見ていないので詳しいところはわからないが、多分そんな感じである。
「これは一体何かね!?」
義父が年甲斐もなく興奮しながら、指差す先は、地面だった。綺麗に整理された石畳の道には、独特な模様が描かれている。何かの魔法的な要素でもあるのかと、義父がのたまうのを朱莉義姉さんが、すかさず弁慶の泣き所に一撃を入れて、黙らせていた。
「劣化防止の付与ですねー。一応、魔法都市なんて名前だから色々なところに、魔法の付与が為されてるんですよー」
よくよく見れば、建物のあちらこちらに似たような模様が刻まれている。火耐性とかの付与もあったりするそうだ。
「この通りは、夜になるとすごい綺麗なんですよー」
くるりと、メリィが回りながら手を広げる。広い路の両端を等間隔で、細長いポール状のものと綺麗な三角の形の樹が並んでいる。ポール状のものは、夜になると、照明になるらしい。通路の名前は、青灯通り。青い光とか不気味なんですけど。
「……着いたぞ」「はい、到着しましたー」
キールとメリィが立ち止まり、白井家面々に向き直る。赤いレンガ造りの大きな建物、魔法省本部だそうだ。
「大きいなあ」
「ここが魔法省!早く入ろうではないか!」
「きっと凄い魔法っぽい水晶球とか髑髏とか山羊の頭の剥製とか飾ってあるんですね!わかります!」
「何でもいいからさっさと行きましょう」
色々言いつつ、キールとメリィに先導されるままに、重厚な木扉を開いて、魔法省内へと入っていく。
どんな魔法っぽいものが待っているのだろう。どきどきしながら、魔法省へと足を踏み入れて、口が開いた。
ファンタジーってなんだっけ。
黒い革張りのソファが等間隔に設置され2、3人がまばらに座っている。申し訳程度に飾ってある植物の鉢植えはよくよく見てみれば、本物っぽくない。これ、あれだ、よくあるイミテーション的なものだ。書類などを記入ができるよう置かれているのだろう長方形木机には、羽ペンとインクが設置されている。とどめに、明らかにスーツを着た公務員が、カウンター越しに座っていた。
お役所だこれ。うん、間違いない。
「ああ、キールさん、メリィさん、お疲れ様です。彼らが、件の漂着者様ですか?」
「……そうだ。会議室の開きは?」
「今は、第三会議室空いてますよ。鍵持ってきますね」
「……よろしく頼む」
確かに、省とかいうから国家公務員的な何かを想像したけど、これは何か違うのではないだろうか。
「何で漂着者の人たちって魔法省に来た時に反応がみんな同じなのかな」
みんな幻想を感じたいからです!
「……メリィ、第三会議室まで案内を頼む。必要なものを用意してくる」
「はい、了解でーす!」
メリィが元気良く返事を返して、先導を再開する。
「そこの職員の方!この魔術科というのは一体ぶべら!」
義父は、これっぽっちもめげていなかったようだったけど、朱莉義姉さんも容赦はなかった。




