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「そろそろ、いくかぁ」

 のっそりと床に下りたクロが、大きく伸びをする。『行ってらっしゃい』と、テレビを見ながら手を振る母さん。


 まあ、信用がある、と思っておこう。


 大きく開かれた窓から、秋の空気が入り込んだ。外は、街灯と部屋の窓から漏れる光が規則正しく並んでいる。暗いのに、明るい。夜が明るいなんて、考えたこともなかったけど、昨日のような何もない、ただの闇をしったら、まぶしいぐらいに明るく感じる。


 クロは俺をつれて夜空を走る。昨日より低く、ゆっくり。

 街明かりが、ゆったりを後ろに流れていく。



「今日はこの近くだ。少し歩くぞ。」

 そこは、闇ではなく、駅とコンビニに挟まれた普通の道路。規則正しく街灯が並び、家路をいそぐ大人たちに、スマホを見ながら歩く高校生。閑静な住宅街、とは言い難くまだ9時前の駅前の道路は活気づいている。

「ここ? 」

 ここにいるって、幽霊、ですよね? うわぁ、ちょっと、嫌……。

 そういや、考えもしなかったけど昨日の爺さんだって、幽霊だったんだよなぁ。考えたら、怖くなってきた。


「なんだよ、怖いのか? お前、怖い話、嫌いだもんなぁ。」

 そうか、クロ、知っているんだよな。小さいころ、学校で怖い話を聞いた日、一人で待つ家、窓の外が暗くなっていくのが怖くて、母さんが帰ってくるまでクロを離さなかったことが何度もある。そんな俺に、よく死神の手伝いなんてさせようと思ったよな。


「何が怖いんだろうなぁ。生きているヤツだって、泣きもすれば怒りもする。後悔もある。死んでからそれをしたら、怖いのか? 」

 そんなこと、言われても……。死んだ人は、見えないし、追われたら逃げられないし。

「死にきれないぐらい、強い心、だからか? 」

 ああ、そんな感じかなぁ。死んでも忘れられないぐらいの、強い怒り、後悔、悲しみ。怖いよなぁ。

 ってか、なんでもいい。とにかく、怖いもんは怖いの!

「まあ、いいさ。そのうち慣れるだろ」

 いや、慣れる日なんて、来ない気がしますけど?

 俺の言いたいことなんてそっちのけで、スタスタと先を歩く黒い尻尾。ここでは、人の姿にならないんだな。線路沿いから少し入ると、一人暮らし用、って感じの小さなマンションが並んでいる。窓からは明かりが漏れているし、街灯もあるのに、なぜだか薄暗い。


 ああ、なんか、近いかも……。

 霊感、なんてものはかけらもない俺。怖い話をするとよって来る、なんて聞いたことがあるせいで、そっちの知識は驚くほど少ないはずなのに、なんか、わかる、気がする。

 昨日の爺さんの側にいたときと同じ、重く苦しい空気。

「クロ……」

 思わず、先を歩くクロを抱き上げた。外にいるせいか、毛並みは冷たいけど、その柔らかさと重みにホッとする。

「おお、いいぞ。このまま、まっすぐ進んでくれ」

 歩かなくていいのが気に入ったのか、クロは喉を鳴らしながら、俺の肩に爪をかける。ちょっと痛いけど、これぐらい我慢だ。


「ねぇ、まだ? 結構歩いたんじゃない? 」

「この辺のはずなんだけどなぁ。もう少し、遅くならないとだめなのかねぇ」

 抱きかかえた猫に話しかけながら進む、中学生の俺。すれ違う人は怪訝そうな顔をして、通りすぎる。うう、恥ずかしい。


「ああ、居た居た。ほら、そこ、見えるか? 」

 いや、見えません。

 クロが指した場所は、今時珍しい、オレンジ色の街灯の光の下。マンションの出入り口に近くに植えられている紫陽花がぼんやりとして見える。


 オレンジ色の光の中、紫陽花の手前、少し暗い影が見える気がする、けど。

 見えない!断じて見えない!

「そうか、見えねぇのか」

 仕方ねぇなぁ、といいながらゴロゴロを大きく喉を鳴らし始めた。小さいころから聞きなれているその音は、あっさりとこわばっていた背中をほぐした。

 あ、ちょっと、怖くないかも。油断して、ふっと空を見上げようとしたその時、目の前に若い男の顔があった。

「ヒィ……」

 人間、本気でビビると声が出なくなるって、本当だった。声どころか、自分が息をしているのかさえ分からない。まずい、これ、俺のが死んじゃう……。

 動かない身体のまま、腕だけはしっかりとクロを抱きしめる。

「優人~、苦しい、腕ゆるめろ。大丈夫だって、敵意なんてないだろう? 」

 いや、敵意があるとかないとかじゃなくて、怖いから!

 音もなく目の前にいたし、後ろ半分透けてるし、悲しそうな顔してマンションの窓見つめているし……。


「あの窓、見ている? なんで? 」

 あんなに未練たっぷりに見ているのに、身動きしない。

「それを聞くのが、お前の仕事」

 ぶにゃぁ、と鳴き声を上げると、俺の身体には昨日親父から借りた上着が落ちてきた。こんな時だけど、親父の上着は、抵抗がある。

「着てろ、負けちまうぞ」

 そういって、俺の腕からスルリと抜けたクロは、窓を見上げてたたずむ男の足に身体を摺り寄せ始めた。



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