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「優人、いい加減起きなさい! 遅刻するでしょ? 」
「……ん、起きた」
「母さん、もう仕事行くからね。朝ごはん、ちゃんと食べて、食器洗っておいてよ」
「わかってる、わかってる」
うるさいなぁ。毎朝毎朝同じことばっかり。
って、あれ? 家?
まだ、うまく開かない目を無理やり開くと、そこはいつものベッド。俺の、部屋。
「夢? 」
どこから、夢だった? 親父は? クロは?
そうかぁ、あんまり将来の不安とかなかったつもりだったけど、やっぱり不安だったのかな。それで、あんな現実逃避満載の夢をみたのか。
親父の仕事とか、会いたいとか、全然思っていないつもりだったんだけど。深層心理では、会いたかった、とかいうヤツかな?なんだ、俺って案外繊細なんじゃん。
久々に母さんが出勤する前に起きて朝食を取っていれば、珍しそうに俺を眺めている。
「久しぶりに早いわねぇ、やっぱり、父さんの仕事手伝ったら、人間社会で生きたくなった?」
は? 父さん? 仕事? 何言ってんの? あれは、夢、じゃ……。
「残念ながら、夢じゃないわよ? 昨日クロさんが、アンタの事闇の中に連れて行ったんでしょ?アンタが行ったあと、父さんが来て、教えてくれたわ」
「……」
「久しぶりに父さんの顔、見たわぁ。あい合わらず若かったわよねぇ。なんか母さん一人で年取っちゃって」
いや、そこどうでもいいから。
あれ、夢じゃなかったのか。それなら、なんで、俺は家に帰ってきたんだ? もしかして、適正なしってこと? ちょっとショックだけど、それならそれで、仕方ない。うん、俺が嫌だって言ったわけじゃないし、仕方ないよな。
「むこうの世界とは、時間の流れがちがうから、しばらく両立させるって言ってたわよ? 昼間は学校、家に帰ったら受験勉強、私と夕食。そのあと闇にいって休息と仕事。で、どっちで大人になるか決めたら、二束の鞋は終了。良かったわねぇ、『どこの高校行くか』以外に選択肢が広がって」
靴を履きながら、カラカラと笑う。いや、笑いごと、ですか? 息子が、猫神になるかもしれないんですけど? そっちの世界を選んだら、親父みたいに会えなくなるかもしれないのに。
「自分で決めなさい。自分の道を自分で決めれるようになったなら、私の母としての仕事はおしまい」
頑張ってねぇ、とヒラヒラと手を振って玄関から消えた。ああ、『子供の力を信じて見守る』なんてカッコいいもんじゃない。絶対、あれ、適当だ。『受験生の母』に飽きたな……。
溜息をつきながら、用意されていた朝ごはんを食べる。
ハムの挟まれたロールパン、みそ汁、バナナ、ヨーグルト。いつもと変わらない朝食。テーブルには弁当、冷蔵庫には、夕食用の下準備がすんだ野菜。
母としての、仕事、かぁ。
ごめん、母さん。まだまだ、決められない。
「優人ぉ、来週の学校見学、どこに行く?」
いつもより十分以上早く教室にはいれば、俺と同じ何も考えていない奴らが見学先を決めかねて、掲示板に張られている高校のパンフレットと睨めっこをしている。あ、それ、今日までだ。俺も、まだ決めていない……。
「忘れてた……」
やっぱり?と笑う奴らと一緒になって掲示板に目を通す。まぁ、俺の成績でいける学校なんて、そんなにないから、悩むほどでもないんだけど、さ。
そんな中、ふ、とカトリック系の高校に目が行った。まぁ、日本にあるし、高校だし、そこまでちゃんとした教えとかはやらないんだろうけど、聖書の授業もあるのか。
ううん。死神も、神、なんだよなぁ。
「俺、ここに見学行こうかな? 」
他よりも校則が厳しいイメージのその高校は、見学会に参加しようとする友人は誰もいなかった。まぁ、俺だって、親父のことがなければわざわざこんな学校見学なんてしなかっただろう。私立だし、なんか学費も高そうなイメージ。母さん、嫌がるかなぁ。
「優人が、カトリック系、ねぇ。なんだか意外だけど、自分の進路に興味を持ったのはいいことだね。見学行って、気に入ったなら受験してみたらいいんじゃない?」
「そんな簡単に、いいのかよ? 私立だぜ? 」
自分で言っておきながら、あっさりした返事に戸惑う俺に、母さんは余裕の笑顔を見せた。
「アンタが全部公立で行けるなんて思ってなかったわよ。 行く気になったなら、あとは何とかするから頑張んなさい。その代り、進学したからには、卒業しなさい。たとえ、お父さんの世界に行くこと選んだとしても、卒業してから」
「……はい」
まぁ、俺のこれまでの成績見てれば、そうだよな。ごめん、と喉まで出かかった言葉は、何に引っかかったのか、上手く出てきてくれなかった。
「よう、悩める少年、学校は楽しかったか? 」
リビングの外のベランダで、伸びあがって窓に足をつける黒猫。遠慮なく、人の言葉を話し、早く窓を開けろと訴える。母さんは、昨日とはうって変わって笑顔でクロを迎え入れた。
「クロさん、お迎えご苦労様。一緒に夕食食べていく? 」
「お? 悪いな、じゃぁもらおうかな? 」
姿を変えるのかと思いきや、そのままの姿、床でカニカマと唐揚げにがっついている。食べてる姿を眺める分には、猫なんだけどなぁ。
「まだ早いから、勉強してきていいぞ」
食べ終わったら、尻尾をユラユラさせながら俺を部屋に追い立てて、自分はソファーにごろりと横になっている。見慣れた風景だけど、今はただのおっさんにしか見えないのは不思議なもんだ。
「いいよ、早く行こう」
別に、勉強なんてしたくないし。窓を開けてせっつく俺を無視して、クロは器用に前足でテレビをつけた。
「手伝いしたせいで、勉強できない、なんていうなよ? お前が暇でも勉強しない奴なのは、よぉく知ってるからな。今日は、闇には行かないから、ゆっくりでいいんだ。ほら、勉強して来い」
ほんと、口がきけるようになったら憎たらしい。猫は喋らないって、大事だよな。
横で母さんは一人ケラケラを笑っている。