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「どこにも行きたくはない、闇にもいたくはない、それが、今の貴方の願いですか? 」


 我儘な、子供のような願いを、感情の無い声で繰り返す。

 そんな、感情を逆なでするような言い方しなくても、いいんじゃないか? ほら、爺さん思いっきり舌打ちしているし。

 わかってることを言うな、とでも言いたげに何度も舌打ちを繰り返している。

 本当に、駄々をこねる子供みたいだな。人間年を取ると子供に帰るっていうけど、それかな。俺は、爺さんに免疫がない。母さんの両親は、俺が産まれる前に亡くなったと聞いた。友達から聞く、爺さんの話は、みんな優しそうで羨ましかったけど、こんな頑固だったり我儘だったりする爺さんもいるんだな。うん、俺、爺さん居なくて良かったかも。


「……気が付いたら、ここにいた。こんなつもりでは無かった。もう少し……」

 唸るような声を絞り出している。う~~~ん、なんか、深刻そう。

「貴方の望みを、教えてください」

「……」

 ほら、深刻そうなのに、そんなあっさり聞くから、爺さんの眉間に深~く、皺よってんじゃん。空気って、あるだろう?猫神って、ないのか?

「では、貴方を思う人、貴方が思う人、は誰ですか? 」

「……いない」

 苦しそうな声。

 対して、親父は淡々としている。ああ、なんか、空気が痛い。

 俺も割と空気読めとか言われることあるけど、親父は、桁違い。これまで俺が空気読まなかったために皆こんな思いしていたのか? ごめん、皆。

「こんなつもりでは無かった、と仰いましたが、では、どんなつもりだったのですか? 」

 いや、もう止めて~。そっとしとこうよ。爺さん、なんかあったんだろうから、そっとしておいてあげて、楽しいこと考えてもらって、光の方に連れていけばいいんじゃないの?

ほら、生きている人には思いを残していなくても、死後の世界には、いるかもしれない! ほら、誰か、思い出して!

「先に逝った人は、いないのですか? 」

 ほら、俺が聞いちゃったよ。いいの? 猫神様、人間のガキが先に聞いても、いいの?

「……先に、逝ったもの……」

 ほら、いるんじゃないの? 長く生きてたんだから、いないはずないでしょう?

「先に逝ったものは皆、楽しくやっている、はずだ」

 あ、そうですか。楽しく、やっているのかなぁ。爺さん一人、闇の中にいるのに? 

 なんか、それって……。

「寂しく、ないですか? 」

 あ……。俺、バカだ。

 ごめんなさい!って言おうとしたけど、爺さんの顔が泣き出しそうで、声を必死でこらえているのがわかって、謝るのも、なにか違う気がして。

 俺は、言葉が見つからなかった。

 闇が濃くなってきた気がする。さっきまで薄っすらと見えていた爺さんの顔が、今はもう見えない。空気が重く、俺の胸にのしかかる。


「貴方は、生きてきて、誰の事も思わなかったのですか? 」

 傷口に塩を塗るって、こういうことを言うんだな。ここまで言う人、初めて見た。それでももう、これ以上空気が重くなることもないだろうし、いいかな。

 もう、どうでもいいや。


「思って、いた、つもりだ。だが、それは誰にも望まれないことだった」

 爺さんが、ゆっくりと口を開く。


「わしが幼いころ、どの家でも父親は戦争に行った。十になるころには、村に働ける男はおらず幼い子供も、畑では大人以上に働いた。わしはいい。男じゃからな。弟もいたから、何とか畑を守って行けた。じゃが、隣の家には女の子一人しかおらず、じい様すらも戦争に行っていた。不憫に思ったわしらの母は、隣の畑もうちの畑も、まとめて作業をするようにした。その代わりに、収穫した作物の一部をもらった。うちは人数も多いし、男ばかりだったからな。じゃが、ほんの一部じゃ。それで、隣が食うに困るような量はとっていない。」

 はぁ、戦時中の話、ですか。まぁ、食料も人手も、深刻な問題だったんだろうけど、子供のころの話でしょう?

「戦争が終わっても、わしらの父親は帰ってこず、わしは、大人になって隣の娘を嫁にした」

 あ、なんか、ありがちかも。

「当然、畑はうちの畑になり、アイツの母親も、一緒に暮らしていた。わしは、嫁も義理の母も大事にしていた、つもりだった」

 なんか、大人の事情っぽくなってきたな……。

「義理の母も、実の母も、同じように大事にして、看取りもした。妻も子も……。だが、一度だけ、一度だけ他の女に手を出したことがあった」

 うわ、重い。

「それを、妻も子も許してはくれなかった。『畑も家も奪われたのに、裏切られた』と言って出て行ってしまった。それからは、一度も顔を見ていない。畑も家も、奪ったつもりなどない。だが、アイツの帰るべき家は、わしの家になってしまったから、行くところもなかっただろうに。最後に会ったとき、わしの娘はアンタくらいの年頃じゃった」

 それまで親父の方を向いて語っていた爺さんが突然こっちを向いた。いや、重たすぎて俺には何も言えないです……。

 でも、たった一回で、人生狂っちゃったんだなぁ。見た感じ、誠実そうな爺さんなのに。時代って怖い。

「会いたい、ですか? 」

 え? 会いたいって言ったら、会わせられるもんなの?

「今さら、会えんよ。ただ、かなうなら、あの後幸せだったか、知りたいのう」

 爺さんは、困ったように笑った。その笑顔が、なんだか苦しい。

「わかりました。私のわかる限りをお伝えしましょう。貴方の奥様は、最後まで『笹原絹代』のままでした。彼女は、貴方の家を出て、少し離れた町の工場で働いていました。何度か再婚の話はあったようですが、一度も受けていない。娘と二人で暮らし、娘が結婚してからも、生涯アパートで独り暮らしを続けていました。独りではありましたが、孫にも恵まれ、娘も年に数回は会いに来るという、穏やかな生活を送っていたようです」

 すげぇ。調べてあったんだ。

「そうか、穏やかに。良かった」

 良かったって、顔、していませんけど……。納得してないだろう感は、スルーでいいのかな?

「貴方の事を、憎んでも恨んでもいません。むしろ、貴方に謝りたいと、望んでいます」

 そんなことまで、知っているの? 猫神、何者?

「彼女も貴方と同じ、闇の中にいます。貴方よりも深く、濃い闇の中に」

 え? え? 笹原さんの、元奥さん、この辺りにいるの?

「……絹代が? なぜ? 穏やかに暮らしていたのでは、なかったのか? 」

「彼女も貴方と同じ、自分の言った言葉、取った行動に苦しんでいます」

「アイツが、苦しむ? なぜ? 」

「聞いてみますか? 」


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