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「ねぇ、どうしたらいいかなぁ。俺も、別にここに居たいわけじゃないんだ。あの部屋にいる人だって、もう知らないしさぁ。きっと、迷惑だよねぇ」
そうなの、か。本人がここに居たくないのに、動けないなんてこともあるんだ。どうして?
「アンタが、本当に行きたい場所は? 」
まっすぐに見つめる金色の瞳に、信也さんは目をそらした。行きたい場所は、あるんだろう。
「自分の行きたい場所、会いたい人っていのを認めないと、いつまでも動けない。ここに居るのも、飽きたんのだろう? 」
「うん、まぁねぇ。このままここにいたら、俺じゃなくなるんでしょう? わかっているんだけど、でも、動けないし」
次は、困ったように笑った。ここに居たら、この人のままじゃいられない? 悪霊とかに、なっちゃうのかな? 動けないって、気の持ちよう、なんだろうけどなぁ。。
本人が動く気が無ければ、どうにもならない。『動く気』、にはどうしたらできる?
すこし話しただけだけど、この人が、いい人なのは伝わってきた。人の気持ちを考えて、ずっと我慢して、幸せだったころを懐かしんだ。ただ、それだけなのに。こんな優しい人が、この人のままじゃなくなるなんて、悲しい。
「遊びに、行きませんか? 」
「え? 」
ええと、だから。思わず、口から出ちゃったけど……。
「カラオケとか、ゲーセンとか。ええと……」
ああ、きょとん、としてこっち見ている、クロまで、猫の姿のままで、呆れている。
そうだよな、動けないんだよな。わかっているんだけど、さぁ。だって、でも、この人きっと動きたくないんじゃなくて、動けないんでしょう?
行きたい場所や、会いたい人がいないんじゃなくて、何も浮かばないんでしょう?
俺では、この人を光に導くことはできない。
それなら、俺ができるのは、気分転換。たとえ、どうでもいい場所だったとしても、なにも浮かばないよりは、マシだと思う。遊びに行ければ、それだけで、ちょっと、今の状況を見つめる時間ができるかもしれないと思うのは、俺の勝手な思い込み、か?
でも、信也さんの言う『動けない』だって、思い込み、だと思う。それなら、俺の思い込みだって、あながち間違いじゃないと思うんだよね。幽霊を一緒に動くなんて、取りつかれそうでかなり怖いんだけど、でも、クロもいるし。
「きっと、動けますよ。一緒に、行きましょう? 」
「……」
「行きたいところ、ありませんか? 」
さらに、押す。ねぇ、ないの? 俺だったら、いっぱいあるよ。
「カラオケとか、ゲーセンとか、ネットカフェとか、」
あ、どれも興味なさそう。ええと、子供の頃行きたかった場所、かな。
「動物園、水族館、遊園地、アスレチック、ええと、」
あ、ちょっと、興味を引いたかな?
「おもちゃ売り場、とか」
目が丸くなる。あ、これ外したかも……。
「ありがとう。一緒に行けたらいいんだけどね」
気を使って、くれている?すみません。
でも、ずっとここで部屋の明かりを見つめているなんて、苦しすぎる。そんなの、嫌だ。
「じゃぁ、ちょっと動いてみるか? 」
ほれ、と信也さんに抱かれている状態で俺に尻尾を差し出してきた。
大丈夫かよ? という言葉は飲み込んで、黙ってクロの尻尾につかまると、ニッカリと笑った赤い口に金の瞳。そのまま、フワリ、と闇に浮かび上がった。
「う、わぁ。飛んでいる、すごい!」
いや、貴方もきっと飛べますよね。
そのままクロはゆっくりと上へと上がっていく。暗闇の中、街明かりが小さくなって、星をちりばめたように見える。
「綺麗、だね。違うところからみると、こんなに綺麗なんだ」
「そうだろう? ここは、お前さんがたたずんでいた場所の真上だ。場所を動けばもっといろんな景色がある。俺を抱いていれば、どこにでも行ける。さて、お前さんはどこに行きたい? 」
少し困ったような顔をしたが、その顔には、なんて言うか『期待』とか『照れ』とか色々な感情も含まれているように見える。
きっと、信也さんの会いたい人は、家族。でも、会うことを決める前に、寂しかったことをちゃんと認めないと。ちゃんと、してほしかったことを言わないと。
「おもちゃ、見に行きましょう? 」
確か、近くにあるショッピングモールが⒑時までやっていたはず。そこのおもちゃコーナーなら。なんで、おもちゃなんか、と自分でも思うけど。
俺は、小さいころおもちゃ売り場が嫌いだった。買ってもらえないことよりも、買ってあげられない、とうつむく母を見るのが嫌で、幸せそうに買い物をする奴らも嫌で。だから、もしかしたら信也さんも。