4:自動人形、対戦
あのパーティー以来、チェーザレは学園でも視線が合う度殺気だった視線を寄越してくるようになった。それはまるで、人間の眼力が持つ殺傷性の限界を試そうとしているかの様である。
その様子から、エレオノーラはフェルディナンド王子、チェーザレの2人と恋を楽しんでいるらしいと見て取れた。残る攻略対象者は3人。彼女はこの数週間、エレオノーラがどのように残りを攻略していくのか、時々確認している。
彼女の観察によれば、エレオノーラはメモの通り順調に恋愛イベントをこなし、3人のうち2人は着実に親密度を上げているようだ。
(しかし他人の恋愛の進捗具合をいちいち確認しなきゃならないなんて、こっちからしてみりゃ恋愛ゲームじゃなくて罰ゲームなんだけど)
愚痴る彼女の心中を映したかのように、夏だというのにやる気のなさげな太陽が、申し訳程度に気温を上げている。
全くじりじりもしない日差しを笑うかのように初夏のまだ涼しい風が校舎の間を吹き抜け、彼女の履く制服のスカートを揺らしていた。
…さて、その彼女はいま、試しにこの目の前にいる2人の青年たちの身体をかち割って、中から歯車やスピーカーが出てこないか確かめてみたいという好奇心に耐えている。
なぜなら、彼らがあまりにもひとの話を聞かないまま、話を進めていこうとするからだ。そこで彼女は、もしかしてこれは見た目のつくりは精密な、相手の話にレスポンスするだけの性能は持ち合わせない自動人形ではないかと閃いた。
「――僕はね、別に多少の嫉妬は可愛いと思っているんだよ?なにせ女の子だ。恋をすればするほど可愛くなる生き物なんだから。――」
「――テオ、お前またそんなこと言って…こんな状況でふざけるのもいい加減にしろよ?――」
(もしこれが自動人形だとすると、この国の技術は予想をかなり超えて進んでいたってことになるな。だって、これだけ自然なボディーの動き、かつ繊細な表情と声のトーンの変化、そして長々しいセリフから見て取れる内蔵メモリーの容量の多さ。これは未だかつて見たことないレベルだ……!)
「――でもね、こんな怪我をするような悪戯は、ぜんぜん可愛くないなあ?――」
「――それには同意だな。」
(……あ、ちがうわあれ。しっかり腕から出血してるわ。血液にみせたオイルじゃ――とか期待したけどうん、このほのかに香る鉄分、完璧ヒトの血液だ。)
彼女はあらゆるにおいに敏感であるが、薬品や血液のにおいに対しては殊のほかそうである。そしてその鋭敏な嗅覚が、残念ながら彼らの腕を伝う赤い液体が本物の血液であると伝えていた。
「――ということで、貴女はどういういきさつで此処にいらっしゃったんですか、ルクレチア嬢?」
(いや、まあとりあえず好奇心に負けてこの子たちの頭をかち割る前に、人間だって気づけてよかったんだと思うことにしよう。ほんと、残念だけどね!自動人形だったら、すごくいい報――)
「ルクレチア嬢!」
再度はっきりと通る低い声で呼ばれて、彼女の意識はやっと自動人形の件から帰還した。
いま彼女の前に立っているのは2人の青年。
そのうち今彼女に呼び掛けたのは、右側に立つシルバーの短髪が小麦色の肌に映える、180近く身長がありそうなスポーツマン然とした爽やか青年である。彼女はたまに廊下で彼がクラスメイトに囲まれながら、目尻に笑い皺を刻んて快活に笑っているのを見かけていた。――ただし今その水色の双眸は冷ややかに細められ、彼女を射貫いている。
「俺は今あなたに、“なぜエレナの上に花瓶が落ちてきたときにそこから見ていらっしゃったんですか”と伺っているんですよ、わかります?」
こう言って詰問してくる青年こそ、攻略対象の1人である伯爵家次男“グイード・オルシーニ”である。
「もちろん、偶然通りかかったからですわ。あと貴方はわたくしが“見ていた”と仰いますけれど、突然上から花瓶が降ってくれば、あの距離では呆然と立っていることしかできませんでしたの。…それを“ただ見ていた”とお咎めなさるなら、もちろんわたくしは謝罪いたしますわ。」
(まあ正しく言うと、“あの距離じゃ普通、呆然と立ってる以外のことをできるはずない”ってことなんだけどね。まあそんなこといってエレちゃん見殺しにするのもあれだけど、そもそもそこの渡り廊下の奥に2人がいたの知ってたし。まさか2人とも飛んでくるとは思わなかったけど…うん、思春期の愛は無限大の可能性を秘めてるわけだ)
この事件のあらましはこうである。
ヒロインは放課後、ひとりで人気のない中庭の花壇に水やりをしていた。
校舎に近い花壇のそばにしゃがみこんだ瞬間。まさかの小ぶりの陶器の花瓶が、校舎から降ってくる。花瓶は途中木に当たって砕け、その破片がヒロインに向かって落ちてくるのだ。
しかしそこはヒロイン、もちろん攻略対象が控えている。実はヒロインをこっそり見ようと奥の渡り廊下に佇んでいた攻略対象が危険を察知、(かの陸上短距離走界の王者もびっくりなスピードで)中庭を疾走、ヒロインをかばう。
ヒロインは攻略対象が怪我をしてしまったことにショックを受け、大泣きしながら保健室に連れられる。
そしてここはゲーム補正なのだろうか、悪役令嬢役を今のところ甘受している彼女は偶然中庭を通るところであり、それを只今攻略対象に問い詰められている…というわけである。
「…まあ確かに、ルクレチア嬢の仰る通りかもね?普通の御令嬢なんて、だいたいびっくりしてその場にへたり込んでしまう場合だってあるわけだし。」
こうして引き継ぎ話しかけてきたのは左側に立つ攻略対象、もとい侯爵家三男“テオダード・デステ”である。
彼はライトブラウンのやわらかい癖毛を片手でかきあげながら、優しそうな笑顔を浮かべている少々軟派な美青年だ。…ただしお約束通り、彼女に向けられている茶色のくっきりとした瞳だけは笑っていないが。
「うん、だから間違ってもね、無表情で睨みつけながらしっかり一部始終を見ているなんて、そんなこと出来ないはずだよね?」
そう言う彼の声は柔らかい笑顔と正反対に冷え冷えとしている。それを聞きながら、よくまあこの歳で器用に声音を使うなあと感心する彼女である。
「ものは言いようですわね。テオダード様は確かに様々な女性の表情を知っていらっしゃるのかもしれないけれど――それならこれも知っておいた方がいいわ。何もすべての女性が、驚いたときに目を見開いて叫ぶわけではありませんのよ?これは男性も女性も関係ありませんが…ヒトは余りにも驚くと、むしろ表情が感情に追い付かないということも御座いますわ。」
と言って彼女は悪戯っぽく笑っ――たとたん彼らに睨まれた。
そういえばテオダードは、もし設定通りだとすれば、将来性のない三男坊、そして両親の関心が兄2人に偏っていたことでグレて、女に手を出すようになったということである。
(別に悩んでグレるのは勝手にすりゃいいんだけどさ、女のトラブルあると全部家に任せてるんだよね?そもそもいじけて無責任に遊んでたら、問題解決どころか悪化するでしょっていう正論はともかく。まず今回花瓶落としてった女の子だって、あれきみのファンクラブの子だったからね…。ほんと遊ぶなら、せめて自律くらいすればいいのに。――ああ遊び方が美しくない。)
つまり彼女としては、そんな美しくない遊び方をするものは、“遊び人”などと名乗る資格はないのである。いくら乙女ゲームの設定として遊び人だと説明されようとも。
「ふうん?随分と貴女は物を知っていらっしゃるようだ…今度ご教授頂きたいね、ルクレチア嬢?」
「あら、わたくしは自らの経験から語らせて頂いただけですわ。これに関して他に、貴方にご教授差し上げられることはなくてよ?」
(そりゃ前世のぶん含めたら、倍以上にはなるけどさ…それ抜きにしても、きみよりか“美しく”遊んでたって自負はあるよ…)
「テオ、もう相手にする必要なんてないよ。――では俺たちはエレナが心配なので、保健室に行ってきますね。」
(いや、突っかかってきたの君らでしょうが……。はあ、思春期の難しいお年頃って、相手するのこんな大変だったっけ。お姉さんお手上げだよ、自分のコミュニケーション能力に対する自信がガラガラと崩れ去ったよ……勘弁してくれ青年たち。)
今まで新しいものに挑戦することを楽しみとしてきた彼女だが、全部に当てはまるわけではない――少なくとも、拗らせた悩める思春期を相手にすることはテンションが猛烈に下がる――というのを、本日改めて知ったのだった。