3:舞踏会、開演
…このあたりから、彼女の変態加減がちら見えしていきます(笑)
苦手なかたいらっしゃいましたら、すみません(._.)
パーティーの会場は、アレティノ公国最新の技術をもってして飾り付けられていた。
発光石が備え付けられたシャンデリアが色とりどりに輝き、会場を幻想的に照らしている。またホールを支える柱には、国教であるメデア教の聖書に綴られている場面が緻密に彫られている。
だがその中でも特筆すべきは、そのガラス張りのドーム型をした天井であろう。吊るされたシャンデリアの光がドーム型の天井に反射し、その向こうに広がる宵闇と相まって、輝く天体のような情景を創り上げている。
――彼女は本日、王家主催のパーティーに参加していた。高位の爵位をもつ者とその家族のみ招待されており、彼らは一様に王宮の奥にそびえ立つ、この美しいホールを褒め称えている。
「今晩は、コスタ侯。今宵もなかなかもって素晴らしい星空ですなあ。」
高位の貴族の慣習にもれず、ルクレチアも幼い頃から家族に連れられてこうしたパーティーに参加させられていた。今も隣でガリエラ公夫妻とにこやかに談笑しているのは、ルクレチアの両親である。
「ルクレチア、ガリエラ公にご挨拶申し上げなさい。」
ガリエラ公は宰相を務めている、50手前のハンサムなおじさまだ。その鍛えられた体躯は、壮年期を迎えた今でも健在である。一方その外交手腕で東の国境を接する大国、ライマルダ大帝国との交渉を乗り切ってきた、なかなかの狸でもある。…つまり、ぼろを出しては命取りなのだ。
「はいお父様。――お初目にかかることができ光栄ですわ、ガリエラ公。コスタ侯爵が娘、ルクレチア・ダ・コスタと申します…以後お見知りおきを。」
そう述べて丁寧に、淑やかに膝を折る。
「初めまして、ルクレチア嬢。私はガリエラ公、パウロ・ディ・モンテフェルトロ・ダ・ガリエラだ。――いやしかし、君のその美しい黒髪は父上と同じだねえ。…顔は母上譲りとみた。このような美しい女性の血を取り込むとは、いやはや王室もなかなか賢い選択をなされたものだよ!」
そう言ってガリエラ公はハッハッハと笑う。ルクレチアは何回かパーティーに連れてこられたことはあったが、彼に直接挨拶したのはこれが初めてだ。
しかしルクレチアが第2王子の婚約者におさまったのも、彼のバックアップがあってこそである。――ルクレチアの父はガリエラ公の派閥に属しており、派閥内で年齢・家柄ともに第2王子の婚約者として最適なのがダ・コスタ侯爵家の娘だったわけだ。
ちなみに王太子殿下は、既にライマルダの第2皇女との婚約を済ませている。…こうしたところもガレリア公の手腕である。
「しかし、ルクレチア嬢はこの前の夏に静養して体調が戻られたようで、私どもも本当に安心したよ。」
「ええ、その節はご迷惑おかけ致しまして…」
コスタ侯爵は眉を寄せながら応じている。
「いや、まあなかなか思い悩む時期だろうからね、大変だとは思うが…」
ここで彼女も口を挟むことにした。
「お気遣いいただきありがとうございます、閣下。しかし今回の静養で豊かな自然の中、自分の心を整理することができましたわ…。わたくし、少し思いつめ過ぎましたのね。」
「そうだね、まあ若いうちは大いに悩むべきだよ、ぜひに。そして行きづまったら周囲に適度に寄りかかればいいのさ――このような中年でもよろしければ、このガリエラ公、美しいお嬢さんのためにいつでもお力になりますぞ。」
「ふふふ、頼もしい大人の男性は素敵でしてよ。ではその時には是非ご相談させて頂きますわ。」
穏やかに笑いながらちらりとコスタ侯爵の方に視線を向けると、小さくだが顎を引いた。――つまり会話として合格ラインらしい。
その後もコスタ侯爵とガリエラ公は談笑しながら、話題は政治経済に移っていく。「ライマルダとの交易は…」「鉄鋼業が…」「共同開発が…」という単語を聴きながら、彼女は夫人たちのあとについて夜をきらめく社交場のなかへ消えていったのだった。
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「ごきげんようレチア様、今宵のドレスも素敵ですわ。」
こういって声をかけてきたのは、学園でも特に親しくしているロベルタ嬢である。
「あらロベルタ、ごきげんよう。貴女のも素敵よ、青のドレスが貴女の瞳にとっても映えるわ。」
「そういって頂けるととても嬉しいですわ!でもこのドレス少し襟ぐりが広くて。レチア様のようなスタイルであれば良かったのですけれど…」
そう言ってロベルタは彼女の胸元をちらりとみた。確かに彼女の襟元からはむっちりとした深い谷間が覗き、身体のラインは大胆な曲線を描いている。
「まあ、これは女の鎧を使いこなせてこそですわよ?」
そう言って彼女がぱちりとウインクすると、ロベルタもふふふ、と笑った。
「そういえば今までどちらにいらしてたの?わたくしレチア様と1番にお話したくて、先程からお探ししておりましたのに…」
少し拗ねたような仕草は、大人びた風貌のロベルタ嬢を年相応に見せている。
「ごめんなさいね、やはりこういったパーティーは久しぶりだがら人酔いしてしまって…両親とひと通りご挨拶したあと、飲み物を頂いて別室でお休みさせて頂いていたの。」
すると心配そうにロベルタは言う。
「あら、そうだったの?確かに体調が戻られたとはいえ、静養明けすぐですし…無理はなさらないでね。」
そう、ルクレチアは先学年が終了する前に学園を引き上げ、夏休みとあわせて西側の隣国に静養にいっていたのである。一応“体調がすぐれないため”という名目ではあるが、簡単に言うと『“彼女”が“ルクレチア”になった時期』なのである。
彼女も眉を下げながらうなずくと、ロベルタは「そういえば」と顔を曇らせた。
「どうかなさったの?」
「いえ、わたくしの婚約者のことなんですが…」
(あーこれは多分そのての話かな)
「チェーザレ様のことよね?何かありまして?」
「…以前殿下やレチア様に失礼申し上げていた方いらっしゃったでしょう?最近あの方がチェーザレ様にもお近づきになっていらっしゃるみたいで。」
「まあ…」
とりあえず彼女は驚いたような表情を作る。しかし内心では、
(はい、大当たり!さすがエレちゃん、順調にキメてくるね~!)
などと思っていたりする。
ちなみに「エレちゃん」というのはヒロインの名前、エレオノーラを彼女が勝手に(心の中で)愛称呼びしているだけである。さらに付け加えると、ロベルタは「ベルたん」と命名されている。
「ええ、もちろんわたくしも懸念しましたわ。だって周囲の目がないところでならまだしも、婚約者がいる身でありながら異性と必要以上に接触するなんて、不義を疑われてしまいますもの。ですから彼女にも、そして彼にも提言して差し上げたのですが…」
(…あ、この子ちゃっかりしてるわ。「周囲の目がないところでなら」ってこれ絶対、自分やってるわ。――いや、お姉さんは否定しないよ。だって政略結婚だもんね。きちんと体面保てるように責任もってやるなら、多少の火遊びはありだし。)
(そもそもお互い了承のもとなら堂々仮面夫婦だってありだしね。ただお姉さん病気だけは心配だな。気を付けるんだよ…ほら、身体の病気も厄介だけど、なんとかの病こそ不治の病っていうし…)
神妙な顔をしながらきいていると思いきや、考えていることは下種である。
「彼らはなんて?」
「それが、彼は“そんなこと考えすぎだろう、そもそも学園で友人を作ってなにが悪い。お前は身分にこだわり過ぎだ。”と。」
「そうね、まあ最後の一言は別として、理屈は通っているわ。それで、彼女は?」
「それが、彼女に至っては“そんな、わたしチェーザレ様とはご友人として仲良くしているんです。わたしたちの友情を、そんなやましいものと一緒にしないでください!”ですって。」
「…あら、まあ。」
(としか返せないです、ベルたん。しかし私の鍛え上げられた令嬢社交スキルをもってして、2語しか返せなくさせるとは…エレちゃん、君はどこまで私にレベルアップを求めるんだ……!気分はスポ根漫画の主人公だよ…くっ……!!)
内心ひとり盛り上がる彼女である。
「今日もあちらにいらっしゃるけれど、全く話しても下さらないわ。」
と語るロベルタはむしろ、困った子ねぇ、とでも言いたげな雰囲気である。
彼女もつられてそちらを見やると、ちょうど渦中の人物が第2王子の隣で談笑しているところであった。
チェーザレ・ディ・モンテフェルトロは、最初に挨拶したガリエラ公の次男坊であり、第2王子の同い年の従兄である。そして、攻略対象の法則にもれず美形である。
艶やかな黒髪がさらりと揺れ、センターパートの目にかかる長さの前髪によって涼しげな目元が見え隠れしている。すらっとした体型はにおい立つような色気を醸し出しているが、フェンシングなどの趣味によって見た目によらず鍛えられている。――とりあえず、色っぽい美形なのである。
(うーん遠くで見るといいね~色っぽいわ。王子だって美形だよ?でもお姉さん、俺様系にはそんなに食指が動かないんだ。それにああいう色気のある子こそ薄闇のなかで映える!ただ、私は“ルクレチア”だからなー…味見なんてしようものなら、殺しにくるな。あ、でもそんな彼をねじふせて、“拒絶する心と無理やり快楽を教え込まれる身体!射殺さんばかりの表情を浮かべる顔と、素直に反応してしまう彼の半身!その苦悩が、彼を更に煽情的に彩る!”みたいなのも、ちょっと興奮しそう。)
とにかく彼女の思考は、この前まで静養していた侯爵令嬢とは思えない下種さである。
ちなみに彼女は断じて年下嗜好ではない。――ただ、彼女にとって美しいものが正義であるだけなのだ。
…ロベルタ嬢の婚約者だろう?もちろん、ロベルタが彼を手の焼ける弟程度に思っていることを、彼女は把握済みであり、その上での暴挙である。
(まあこの先そんなことしてる暇なんて多分ないけどね~)
そう思いながら見ていると、ふと目が合い――
――ギンッと睨まれた。
(あーあれはもう私、ライバル令嬢じゃなくて悪役令嬢枠で認識されてるわ。展開はやいなあ~)
一瞬彼女は、先程までの思考がチェーザレに伝わっていたのかと納得しかけた。そのくらいの眼力であった。
(――しかしあの睨み…普通の目つきから睨みへと変換するまでにかかった時間はわずか0.6秒…!比類なき瞬間最大加速量ッ!色気だけではない、殺気も兼ね備えたハイスペック!この私が認めよう!)
「あら嫌だ、レチア様をあんな目つきで見られるなんて…まったく。いつまでもああですと、先が思いやられますわ。」
ばさりとロベルタの言葉が彼女の思考を断ち切った。
「そうね、彼の場合、お父様があの方ですし…」
「…ええ、それはわたくしも考えておりますの。今回のものが余計な火種にならなければと。」
少し憂うような表情でロベルタは言う。
(もうわりと無理な願いだと思うけどなーそれ。)
「――まあご自分でつけた火種の火の粉は、貴女なら早々に払ってしまうでしょうしね?」
不憫に思いながらも、他に思いつく言葉もなく彼女はそう言う。
ロベルタはそれに、婚約者には見せたことがないであろう、悪戯っぽい表情でウインクを返した。