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幕間:とある一室にて





 


・◆・◆・・◆・◆・◆・◆・◆・◆・・◆・◆・



 満月に近い夜。明るい月光は、しかし厚いカーテンによってしっかりと遮断されている。


 あまり大きいとは言えない部屋に男が一人。

 薄暗い室内ではその容貌ははっきりしないが、ベッドに腰かけていても部屋が手狭に感じるほどの長身であることは窺える。

 また背丈だけでなく、シンプルな七分袖のTシャツの締め付けに耐える見事な筋肉も、彼の印象を更に厳つく見せていた。――10人中10人が思う彼の第一印象は、まさに“戦士”だろう。



 ざざざ…というノイズ音が小さく部屋に響く。


 するとそれまで微動だにもしなかった男は、ぴくりと眉を引き上げる。


 そうして数秒ののち、彼は部屋の外の気配を再度確認し終えると、膝の上の黒く四角い機器に付いているたくさんのつまみを操作した。

 再度ざざざ…という音が男の耳元でしたことを確認すると、彼は手に持っている小さめの黒い機器を口元に近づける。



 「こちら、“ジャガー”。周囲確認済み(オールクリア)。」


 『――こちら、“ケツァール”。周囲確認済み(オールクリア)。』


 『――こちら、“コヨーテ”。周囲確認済み(オールクリア)。』


 『――こちら、“ハチドリ”。周囲確認済み(オールクリア)。』


 『――こちら、“ヘビ”。周囲確認済み(オールクリア)。』



 『こちら“コヨーテ”。よし、それじゃあ始めだ。まず“ハチドリ”、どうぞ』


 『はい。“神の都”、こちら依然として状況変わりません。“雷雲”との権益分配で揉めている様子。“お使い”は帰還したばかりなので向こう3月は動かない見通し。“ハチドリ”以上です、どうぞ』


 『ご苦労。じゃあ次“ジャガー”、どうぞ』


 「はい。こちら“雷都”、報告は2つ。ひとつめ、“装置”確認しました。見たところ10年単位ですね。密約についても正式に成立しているのは“小人”とだけです。そして2つめ、“雷帝”の種について。既に嵐は起きています、主に3番と4番の間です。“雷帝”はどちらを取るかまだ決めていません。とりあえず“ジャガー”、3番に接触。様子見です。以上、どうぞ」


 『了解した。次“ケツァール”、どうぞ』


 『はい。こちら3つ報告あり。1つめ、“装置”の一部と思われる図を“小人”の城で発見。写したんで今度送信します。2つめ、“培養所”について。現在2つを確認、かつ近日中より詳細を報告できる予定。鎌をかけたらアタリでした。3つめ、これは説明が複雑です。とりあえず半年以内に“雷帝”の3番種がこちらに飛んでくる予定があるか、確認おねがいします。“ケツァール”から以上です、どうぞ』


 『上々だ。――ではこちら“コヨーテ”、報告する。交易に新しいものはなし。東から西への流れはないとみていい。しかしときどき“緑島りょくとう”への行き来がある。“神都”と“緑島”の定期連絡について、黒だと判断。次の交信では“緑島”にも声をかける。おい、あっちにいるのは誰だったか?“ヘビ”――どうぞ』


 『はい。“ワシ”ですね、どうぞ』


 『了解だ。じゃあ“ワシ”に頼んどいてくれ。…では全員の話を聞いた上で指示をする。そうだな“ハチドリ”、お前もうちょっと頑張って上がれないか?目立ちすぎるのも難だが、もう少し“神都”の内側に入らないとわからないこともあるだろうし――』


 『――これ以上早く上がろうとすると、目をつけられるから。目ぼしい蝶でも囲うことにするよ…すごく面倒だけど。どうぞ』


 『おうおう、面倒なのが仕事だからな。その代わり酒代はいくらでも持つぜ――本部がな。どうぞ』


 『…こちら“ヘビ”、本部から全力で拒否させて頂きます。以上――どうぞ?』


 『おー怖いねえ…じゃあ次、“ジャガー”。お前はそのまま続けろ。逆に2ついっぺんにやるなよ、怪しまれるからな。“装置”についても続報期待してるぜ?ああそれと“雷帝の3番種”についても調べとけ――どうぞ』


 「おう、了解した。どうぞ」


 『こちら“ケツァール”。私も“装置”の図を送って、また近日中に最新ニュースをお届けすればいいんだよね?――どうぞ』


 『ああ、そうだ。…ただお願いだから無茶はすんなよ、俺あとが怖いから。――他に何かあるか?どうぞ』


 「――はい、こちら“ジャガー”。それについてだが、“ケツァール”とは個人的に話しておきたいことがあります。この後いいですか“コヨーテ”?――どうぞ」


 『…』


 『…』


 『おー、ご勝手に。――と言いたいところだが、一応規定でこの無線使うときにゃ責任者の俺が聞いてなならんのよ。ってことでお前らのプライベートな会話を聞かされる俺の気持ちも考えてくれ。なあ“ハチドリ”、“ヘビ”、お前らもそう思うだろ?』


 『…いつものことじゃん?』


 『…同感だわ。』


 『おう!お前ら薄情だな!もう少し上司には気ぃ使えや!』


 『いや今更だし。』


 『それも同感だわ。』


 『…ちょっとで終わると思うんで、我慢してもらえません?っていうかほんと今更だし…どうぞ』


 「そうだよ、そもそも俺は先々月から我慢してるんだ。部下の意欲向上を考えるのも上司の仕事だと俺は思う。どうぞ」


 『…お前らその分みっちり返せよ。じゃあ今回はこれで解散だ!』


 『――お疲れさま』


 『――お疲れ様です』


 ざざっという音とともに、2名が通信を切ったのがわかった。



 『…いいか、できるだけ手短に終わらせてくれよ…どうぞ』


 「おう、わかった。じゃあ短く言う――“ケツァール”、もちろん俺はそれが仕事だとはわかっている。だけど、くれぐれも、 く  れ  ぐ  れ  も  必要以上にやるな。ちゃんと線引きはしてるな?あっち(・・・)は俺だけだよな?ほんとにお前、俺以外かん――」


 『――“ジャガー”、心の底から、世界の心理に誓って、あなただけを愛してる。…私この言葉をあなた以外に言ったこと、あったっけ?』


 「ない。…ありがと“ケツァール”。世界の心理に誓って、お前以外に俺が心から愛するものはないと誓うよ。加えて俺は“身体も”お前以外愛さないと誓えるけどな。」


 『…そこは仕事だから、勘弁して。あ、もちろん私はどんな形であろうと、あなたの浮気は許さないからね?』


 『――なあ、今の会話きいててすごく理不尽に思えるのは、俺だけ?』


 「なにが?俺が女と接触したら許さないって、そのくらい愛してるって話だろ?…そもそもお前がそんな仕事“ケツァール”に振らなきゃいいんだろうが…」


 『うげ』


 『そうだよ?それに“コヨーテ”は勝手に不平等条約なんて言ってくれてるけど、そこまで不平等じゃないよ?だって私、“ジャガー”以外に≪愛してる≫とも≪私だけ見て≫とも言ったことないし。』


 「はは、照れるな…愛してるよ“ケツァール”。ほんとは、コードネームじゃなく実名で呼び合いたいんだけどな。」


 『…………。とりあえず、交信切っていいか?これ以上聞いてたら腹壊しそうだ…』


 『どうぞ、お手洗いに急いで下さいな。…じゃあまた次の通信日で。』


 そしてまた、ざざざ…というノイズがすると、今度は完全に静寂が戻ってきた。



 はあ、と彼は溜息をついた。


 彼の愛しい女性は、今他国に赴任中だ。先程聞いた声とともに、彼女の美しい容貌と明るいラベンダーアッシュの艶やかな髪が思い出される。

 …そういえば前に「あるご令嬢の動向に注意する必要がある」と言っていたが、また新しい問題でも起きたのだろうか?と彼は眉を寄せた。

 ふとケースの中から資料の束を取り出しおもむろに捲り始めると、あるページでぴたりと止まる。


 ページの上部には、黒髪黒目の少女の精密な似顔絵と『ルクレチア・ダ・コスタ』の文字があった。




 早く、彼女の笑顔を見たい。


 手元の資料を無表情に眺めながら、彼は期限までにこなすべき自分の仕事について、再び考え始めた。


  


・◆・◆・・◆・◆・◆・◆・◆・◆・・◆・◆・





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