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11:冬期休暇、到来

ブックマークや感想、本当にありがとうございます!色々な方に読んで頂けているようでとても嬉しいですし、励みになります。仕事の合間の更新にはなりますが、その分次話も面白いものを届けられるよう精進しますので、これからもどうぞ宜しくお願いします(*^^*)





 あれからガリエラ公はアレティノ王に談判して、ヴィサッチ山の権益を半分ルクレチアに分配させた。フェルディナンド王子はあの調子なので、権益を半分取られようが利の無いただの土地、むしろ管理責任をルクレチアに半分押し付けられるとほくそ笑んでいたらしい。


 更に、2番目の攻略対象でエステ候の息子、テオダードが名義上所有している研究所を山のふもとに移転させた。これは元々議会でも検討されていた案件らしいが、今回ガリエラ公の強い後押しによって実現されたのだ。

 ここまでがつい先週までの出来事である。


 「まさかここまで上手くいくなんて、意外と私ついてるなあ」


 白い息を吐きながら、彼女はぼそりと呟く。



 学園は今年の冬も、見事に雪に覆われていた。


 季節は真冬、学園の庭には真っ白な雪がしんしんと降りつもっている。

 高緯度に位置しているこの国は、この時期になると冬の凍るような寒さでその国土をすっぽりと覆われていた。時々吹き付ける冷たい風に、庭を横切っていく生徒たちも首をすくめる。

 しかし寒さに身を縮めながらも、その間で交わされるどこかそわそわと落ち着きのない熱。


 そう、聖ラヴェント生誕祭の時期である。


 アレティノ公国はリセール大陸のやや北西よりに位置する内陸国であるが、主に北リセール諸国において広く信仰されているのがメデア教だ。メデア教は一神教であるが、絶対神を支える使徒たちも準じて祀られている。

 聖書では多くの使徒たちの逸話が語られているが、その中でも特に絶対神に愛された使徒がいた。――それが聖ラヴェントである。


 絶対神は最愛の使徒がこの世に生を受けた日を盛大に祝った、という伝承から、北リセールでは聖ラヴェント生誕日にあたる12月の最終日、どの国も国を挙げたお祭りを行うのだ。


 聖ラヴェント生誕祭、通称ルヴェンマは祝日であるのはもちろん、学校などはその前後1週間が冬季休暇になっていることが多い。従って学生たちは総じて、その時期になるとわかりやすく浮かれるのである。


 「レチア!」


 ひらひらと舞い散る雪の向こうから足音も軽く近づいてきたロベルタも、その学生たちの一人だ。

 寒さに頬を紅潮させた亜麻色の髪の少女は、仲の良い友人に楽し気に話しかけた。


 「もうすぐルヴェンマですわね!」


 「ええそうね、今年も王都は華やかに飾られているって聞くわ。」


 ロベルタに応える黒髪の美少女はどこか楽し気で、彼女も生誕祭を楽しみにしているのだろうとロベルタは思った。


 「レチアは冬期休暇の間、王都のお屋敷に帰られるんでしょう?」


 ちなみにロベルタは少し前から、彼女のことを愛称の呼び捨てで呼ぶようになった。

 先の第2王子釘刺し事件の原因となった様に、ルクレチアの取り巻きはエレオノーラに馬鹿馬鹿しい嫌がらせを行っている。その中でロベルタは、煽るでもなく、迎合するでもなく、かといって諫めるでもなく、ただ彼女の真意を測るように状況を静観していた。


 その様子から、ロベルタを近くに置いておけば使いやすいだろうと判断した彼女は、ロベルタとの関係を更に親密なものへとランクアップさせようとしたのである。――また打算的なものを抜きにしても、ロベルタは彼女にとってそこそこ居心地が良かったことも大きい。


 「ええそうよ、可愛い妹と弟の顔を見ることができるのが、今から楽しみだわ。」


 「ああ、レチアのところは10歳と8歳でしたっけ?可愛らしい時期よね。」


 「ええ、でも学園に入学してからは休暇以外会えないし、そのうち忘れられてしまわないか心配よ。ロベルタの弟さんは騎士学校に通っていらっしゃるのだったかしら?」


 「そうなの。でもあの子ったら、休暇中も学校の友達のところに泊まるんだって言って、ここ2,3年は家に寄り付かないのよ?――まああの子の年からいって、本当に男友達と遊んでいるんでしょうけれど。あと数年もしたら弟のゴシップで家が騒々しくなるんじゃないかって、姉としては今から憂鬱よ…」


 弟の数年後を思い浮かべてげんなりしているロベルタに、彼女はくすりと笑った。


 「弟さんは貴女と同じで見目が良いものね。今13だったかしら?数年後といわず、もうそろそろ早熟な女の子たちによる争奪戦が始まっていると思うわよ――まあ貴女の弟ならそのくらい上手くやれる…というか相当の手練れになりそうな気がするのだけれど。」


 ちらりと友人を伺う視線には、多少の哀れみも入っている。それを受けてロベルタは盛大に溜息を吐いた。


 「――そうなのよ!…いえ、わたくしの弟だからというのは否定させて頂きますわ。ええ、でもあの子ったら今すでに天然タラシの予兆が現れているの…!わたくし自身がそういう経験をしてこなかったからこそ、10代前半の淡い恋を覗き見させてもらおうと思っていたのに。本当に使えない弟なのよ!」


 そう言い放ったロベルタの眼は据わっている。…弟の恋愛事情に向ける姉の執念は、なかなか根深いものなのだ。


 「まあまあ、それよりもほら、貴女が自分でこれから大恋愛でもすればいいじゃないの。」


 ころころと笑いながら彼女が言うと、途端にロベルタはつまらなさそうにした。


 「わたくしがこれから、大恋愛ですって?――そんな暇があったら、さっさとお人好しで手頃な貴族と結婚して、男女それぞれ生んで務めを果たした後に若い男と遊ぶわよ。」


 (ベルたんほんとに夢がない…そういう夢見がちじゃないところが良いと思ってはいるけど…ここまでくると鋼の精神だ…)


 「いえ、貴女それでも一応、超優良物件(見目よし・家柄よし)な婚約者様がいらっしゃるでしょう…」


 思わず突っ込んだ彼女の言葉に、ロベルタはくわっと目を見開いた。


 「あのね、レチア、アレ(・・)は確かに、百歩譲って世間一般から見たら優良物件になるかもしれないわ。でもわたくしにとってはむしろ、スカートの裾に零れてきた暖炉の灰よ、灰!灰っていうだけで汚れるのに、更に火が消え切っていないせいで、裾が焦げ始めるのよ!冗談じゃないわよ!」


 実父に粗大ごみ扱いされるわ、婚約者に灰呼ばわりされるわ、チェーザレは本当に不憫である。


 (この状況を考えると、エレちゃんで存分に癒されて欲しいとお姉さんは切に願うよ、チェーザレくん。…いや若干面白がってることは否定しない。仕方ないよ、きみがもう少し優秀なら彼らだって扱いが違っただろうし。)


 結局彼女にしたって、チェーザレには無関心なのだ。


 「…それに関しては、貴女が上手くドレスを無駄にせず灰を処分してしまえるように、友人としてエールを送らせて頂くわ。」


 それに対しロベルタは、恨み深い視線を投げて寄越した。その視線は、貴女だって他人のこと言っていられないわよ、と警告している。


 「レチアこそ灰を大被りしているでしょう。…どうなさるのアレ?学園ではもうすでに周知の事実まできているけれど、もしルヴェンマに2人でお忍びデートなんてしようものなら、王都の民にまで広がり始めるわよ?」


 ルヴェンマは一年でも特に大きなイベントの一つだ。――即ち、往々にして乙女ゲームというものにおいても重要なイベントなのである。


 (そういえば乙女ゲームとか何とかって忘れてたなあ…確かに悪役令嬢っぽい役回りはさせてもらってるけど、自分の目的のためだし。エレちゃんと愉快な仲間たちの恋路に華を添えるために、折角の休暇を無駄にする気はしないしな~。久しぶりに例のメモでも見返して、あの子たちとエンカウントしないように外出先考えるか。)


 エレオノーラが書いたあの紙には、丁寧に恋愛イベントの詳細までしたためてあった。うろ覚えではあるが、どの攻略対象者とであろうがルヴェンマはデートの日であったはずだ。

 つまり、その日の彼女の予定は決まったも同然である。


 「わたくしルヴェンマは屋敷を飾り付けて、家族で盛大にパーティーをするつもりなの。だからあの子たちが何をなされようが、わたくしには一切関係ないことよ。」


 「そんなこと言って、後で火消しに追われるのは自分よ?レチアは御令嬢がたの下らないお遊びも止めないし、そんなことしていたらあの坊ちゃん集団と言えども、手痛いしっぺ返しされるかもしれないわ。」


 そう言ってロベルタは心配そうに眉を寄せた。少女は友人のために少しでも力になりたいと思っているからこそ、今の状況に心を痛めていたのだ。

 しかし当の本人は、どこ吹く風というような様子でそれをいなしている。


 「まあ、その時はその時よ、ロベルタ。わたくしきちんと自分の問題には責任をとるわ――それに、欲しいものは着実に手に入り始めているのだし、ね?」




 笑いながら答えた友人の顔が一瞬、全く知らない女性のように見えた気がして、ロベルタは背中に薄ら寒いものが走ったのを感じた。



 ✦✦✦✦✦✦✦



 リゴーン、リゴーン、と厳かな鐘の音が鳴り響く。

 その音の余韻が途切れぬうちに、学園の大講堂からわっと人並みが溢れ出てきた。


 とうとう待ちに待ったルヴェンマ休暇の始まりである。


 ある青年たちは厚く氷を張る湖でウィンタースポーツに興じる計画を立て、その後ろで大人びた少女たちが休暇中のパーティーの話をしている。少し離れたところを歩く少年少女はお互いの友人と語らいながら、先程からちらちらと意味ありげな視線を交換し合っているし、その視線の間をふらふらと一人あるく青年は休暇の間の静かな時間を夢想してぼーっとしている。――青少年たちは、熱に浮かされたようにお互いの予定を語り合い、それぞれの休暇に思いを馳せていた。


 そんな中、彼女も友人らと共に楽しくお喋りをしながら、荷物をまとめるため寮へと向かっていく。


 ひと通り準備を終えて校門まで行くと、もうすでに何台かの馬車が、家の大事なお子様方を今か今かと待ち受けていた。

 彼女もコスタ侯爵家の豪奢な馬車を、数分とかからず見つけ出す。


 「ルクレチア先輩!」


 後ろからかかった声に振り向くと、カルロが頬を上気させて手を振っていた。


 「あらカル、ごきげんよう。貴方もこれからお帰りになられるところなのね?」


 「そうです。よかった~先輩が帰られる前にご挨拶できて!こんな人混みだから見つからないんじゃないかって、ちょっと焦りましたよ!」


 「まあ、それならわたくしから寮を出る時にご挨拶に行けばよかったわね。わたくしも休暇前に可愛い後輩に会えてとても嬉しいわ。」


 「えへへ、先輩にそう言って頂けると照れちゃいます。それはそうと、僕の方が用事があったんです――先輩、ルヴェンマはどのように過ごされるんですか?」


 「そうね、多分屋敷でごくごく身内のパーティーを開いて、家族や親戚でお祝いするのだと思うけれど」


 そう答えると、カルロは少し残念そうな顔をした。


 「まあ、そうですよね…本当は先輩を我が家のパーティーにお呼びしたかったんですが、我が家では侯爵家で開かれるパーティーのような豪奢なものには及びませんし…」


 「あら、それなら貴方がうちにいらっしゃる?」


 彼女はふとした思いつきで言ったのだが、思いの外カルロは食いついてくる。


 「えっ、いいんですか?身内のパーティーだと先程仰っていましたし、僕が伺ったらお邪魔ではないかと…でももしよろしいのでしたら、参加させて頂くのはとても光栄なんですが…」


 「そんなに遠慮しなくていいのよ、我が家もマラテスタ家とは良好な関係を築きたいと常々思っているもの。お父様にお願いすれば、快くお返事して下さるはずよ。帰宅したらお父様にお話しておくから、後ほど招待状を送らせて頂くわ。」


 「ありがとうございます!コスタ侯爵家のパーティーに招待して頂けるなんて、本当に光栄です。――では、先輩とルヴェンマを過ごせること、楽しみにしていますね!」


 可愛らしい笑顔を満面に浮かべながら言うと、カルロは自分の家の馬車を探しに人混みに消えていった。


 「お嬢様、こちらです。」


 代わりに今度はコスタ侯爵家の従者が声をかけてくる。


 その手を借りて馬車に乗り込むと、ガタン、という振動と共に馬車がゆっくりと走り出した。


 (さて、ルヴェンマ休暇は色々とやることがたくさんあるな)


 休暇中にするべきことを一つ一つ頭の中で確認しながら、馬車の小窓から外を眺める。

 考え事をしている彼女の真っ黒な瞳には、流れる車窓の風景が鏡の様に反射していた。






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