8:伯爵家次期当主、攻略
モンテフェルトロ先輩、とはチェーザレのことであり、その父親とはつまり、ガリエラ公を指している。なんのことはない、カルロは彼女がガリエラ公に気に入られていることについて言及したのだ。しかしその関係は、本人たち以外にガリエラ公夫人とコスタ侯、そして密会の後始末をさせている、信用のおける侍女しか知らないはずである。
まさかここでそれに触れられるとは思っていなかった彼女は、相手の真意を探るために穏やかに返した。
「ええ、そうね。パウロ様はもともと王弟でいらっしゃるもの。教え方もお上手だし、そういったしきたりや振る舞いを教えていただくには最適なのよ?」
するとカルロはなるほど、と納得して笑うと、でも、と言葉を続ける。
「閣下はなかなか人選が厳しいともお伺いします。そんな閣下に直接教えていただくなんて、すごいですよね!しかも、なかなか親しくされているようですし。」
これはどちらの意味で言っているのだろうか、と彼女は考えた。カルロはにこにこしながら彼女を見ている。その表情に少しでも馬鹿にしたような色が見えたなら、彼女はさっさと見切りをつけるつもりだった。
しかし今のところ少年にはそういった様子が見受けられない。周りも気にしているようなので、とりあえず様子をみるために続けることにした。
「そうね、確かにパウロ様、とお呼びさせて頂けるくらいには気にかけて頂いていますわ。もちろん、奥様もご存知でしてよ?」
その瞬間、カルロの眼がきらりと光った。そしてテラスの空気が動く気配がする。
「すごいな先輩は!あのモンテフェルトロ夫人にも認められているんですね。さすが将来の第2王子妃だ、周囲からもそのお力を期待されていらっしゃる――なあ、そう思うだろ?アド。」
そういってカルロは背中越しにアドレアンに話を振った。
「そうだね、前々からお前にきいていた通り、とても優秀な方だ。――ルクレチア様、恐れ多いこととは存じますが、これから僕たちも貴女の力の一助になれればと思います。何かお力になれることでしたら、是非とも僕たちに申し付け下さい。」
アドレアンが深々と頭を下げながらそう言うと、カルロもじっと彼女を見つめながら言う。
「以前の先輩もとてもお美しいと思っていましたけど、今はまして更に輝いていらっしゃる。僕も貴女のその輝きの糧になれるのでしたら、是非お力になりますよ?」
(ほー、やっぱり仮想空間と現実は似て非なるものだ。この子もエレちゃんとは接触したはず。だって私何回か授業のあとに声かけられてるカルくんを見たことあるし。でもこの子は結局、エレちゃんとの恋愛を優先せず、私への追従を重要だとみたわけだ。…この子の計算高いとこはぶれなくて信用できるかな?)
どこで情報を手に入れたのかは想像するしかないが、カルロは彼女が“ガリエラ公と懇意にしている”ということを知っていた。そしてもちろん、それが2人の浅くない仲を表しているというのも理解しているのだろう。
他の攻略対象であれば、これを彼女の糾弾に使おうと考えるところだが、カルロはそうはしなかった。もちろん相手はガリエラ公である。よほどの証拠でもない限り、何事もないかのように手を打たれることは間違いない。しかしカルロはそれ以上に、彼女がガリエラ公の後ろ盾を得ていることで生まれる可能性を考えたのだろう。
カルロは長男であるため、いつかはペザロ伯爵の地位を継ぐ。ペザロ伯は古くからマラテスタ家が継いでおり、王の信頼も厚い。しかし宮中での地位はそこそこで、特別高いというわけでもないのだ。
では宮中での出世に何が必要かと言われれば、すなわち権力の笠下にしっかりと入り、かつその中での覚えがめでたいことである。現在最も力をもっている勢力といえば、宰相に就き、ライマルダ帝国とのパイプも太く王に重用されているガリエラ公だ。
しかし彼に直接取り入るのは、至難の業である。まず次期伯爵とはいえ、カルロは今なんの爵位を持たない学生なのだ。
だがそのガリエラ公は、ここ最近第2王子の婚約者であるルクレチアを何かと可愛がり始めた。しかもルクレチアはカルロと同じ授業を履修しており、接点もある。ここでカルロは自分の将来の出世街道を確かにするために、ルクレチアに取り入ることを思いついたわけだ。
(1こ上の先輩たちができないことを、15歳にしてきちんと理解して行動するんだもん。こういうのって紙の上のお勉強ができるできないじゃないんだよね。自分の立ち位置を理解できるか、そしてそれを上手く活かせるか。それは教科書が教えてくれない、でも社会で大事なことのひとつだもんなあ)
「まあ、なんて賢くて可愛い後輩なのかしら。わたくし貴方たちのような子に力になってもらえるなんて、本当に幸せ者だわ。じゃあ是非、こちらからもお願いするわね。」
にっこりと微笑みながら、周囲を見回す。先程からテラスを占める十数人の学生たちは、学年や性別はバラバラだ。しかし彼女は最初にこの場に着いたときからもちろん気づいている。
「それにしてもカル、貴方も本当にたくさんのいいお友達を持っているのね、羨ましいわ。」
「あれ、先輩気づいてたんですね。…ええ、先輩との折角のランチなのに、無粋な方たちに見られながらなんて嫌じゃないですか。」
と、カルロは悪戯っぽく返してくる。
そう、このテラスに陣取るのは、みなカルロの息のかかった学生たちである。信用のおけると思う生徒たちを集めて、部外者が入らないように席を埋めさせたのだろう。招集したのはアドレアンだろうか、彼もなかなか良い働きをしているようだ。
「それと、わたくし少し気にかかることがあってね?」
「どうしたんですか?」
「先程カルは、わたくしとパウロ様のお話を小耳に挟んだ、とおっしゃっていたでしょう?もちろん、その話自体に問題は特にないのだけれど。もしかしたら無粋な方たちが、その話に尾ひれをつけて皆さまに広めるんじゃないかしらと思って…。そんなことになったら、わたくしすごく申し訳ないと思うの。パウロ様はわたくしにお教え下さっているだけなのに、それで悪評を立てられるなんてあってはならないわ。」
ああ、とカルは微笑んだ。
「そのことですか…先程僕は“ある伝手”と表現しましたが、実はそれ、アドのことなんですよ。」
「あら…そういうことだったのね。」
彼女がアドレアンを見やると、栗色の髪の落ち着いた少年はにこりと笑った。
「いつも父がお世話になっておりまして…」
アドレアンの父スポレート伯爵は、ルクレチアの父であるコスタ侯に何かと追従している。つまりカルロがアドレアンから話をきいたということは、たどれば話の元はなんのことはない、ルクレチアの父であることがわかる。
今までコスタ侯爵がスポレート伯を特別大きな話題にしたことはなかったが、彼女は最近の記憶から、スポレート伯領で新しく鉱山の開発が始まったことを思い出した。コスタ侯爵からはたぶん、最近特に覚えがめでたくなったのではないだろうか。
「こちらこそ、これからも父をよろしくとお伝えしていただけるかしら?貴方のお父様からのお話というなら安心だわ。…カルのお友達は良い方ばかりだから、不用意に他言なされるということもないでしょうしね?」
もちろん、だからといって釘を刺しておくことは忘れない。詰めは最後まできちんと、が彼女のモットーである。彼女はきちんとテラス全体に聞こえるように、最後の言葉を付け加えておいた。
「もちろんですよ、先輩。それはこの僕が保証します――ねえ、そうだろう、みんな?」
にっこりとカルロが笑いながらテラスを見渡すと、みな一様に深くうなずいた。
(まあこの子たちは賢そうだからないと思うけど。万が一これが演技で私を油断させるためだったとしても、私がガリエラ公を掌握している限り、この子たちの将来が完全に潰れるだけだしね?)
「素晴らしいわ。…では、これから宜しくね、カル?」
「ええ是非とも、ルクレチア様。」
こうして彼女は、5人目の攻略対象をヒロインの代わりに、ある意味で攻略したのだった。
そもそもこういう子って乙女ゲームの攻略対象としてあり得るんだろうかって、書いている途中で気づきました。彼を攻略って、恋愛ゲームじゃなくて知能ゲームみたいになりそう(笑)
ちなみに私はカルロみたいな性格の子が主人公のお話、わりと好きです。