狩られるは海驢(あしか)
「てめえ、こんなことしてタダですむと、うわっ!」
見た目からは想像もつかない馬鹿力で、クリスに自動運転車から放り出されたウラジミールが、尻もちをついたまま凄む。その股の間めがけ、ケントは引鉄を絞った。
ズン!と重い音を残し、先ほどまでロシアンルーレットをしていた四十五口径が火を吹き、ウラジミールの股ぐらから五センチほどのところに突き刺さり土煙をあげる。
「運が良かったな、ウラジミール、後一発で口もきけなくなるところだ」
「そうですわ、おじさま、クチナシのお花を口いっぱいに詰め込まれて、窒息死したくないでしょう?」
バイバイと手を振りながら、長い黒髪を揺らしてクリスがそう言ってドアを閉める。
「クリス、それ違うぞ」
「そうなんですか? 東洋の言葉はよくわかりませんわ」
なんだかなあと思いながらケントはクリスの頭に、ポンと手を置いた。
「宇宙港へ向かいますか? マスター」
「ああ、頼む、あと、途中でクリスを降ろしてやってくれ」
ノエルが車を出すと、客室を向いていた運転席が、自動で前を向く。
「あら、残念、最後までお供いたしますのに」
人手があるのはありがたいが、年寄り一人ではルドルフも困るだろう。それよりなにより、ノエルが嫉妬で壊れそうな気がしないでもない。
「わたしがいるから、大丈夫です! 姉様はお父様のところに帰って下さい!」
「あらあら、またやきもち? 仕方のない子、大丈夫ですよ、別に取ったりしませんよ」
クリスがそう言ってニコニコと笑いながら、後部座席から身を乗り出し、運転席のケントにしなだれかかった。
「ううっ、姉様の意地悪」
「クリス、あんまりノエルをいじめないでくれ」
後が怖いから……という言葉を飲み込んで、ケントがそう言って苦笑いする。
「マスター……」
「なんでそこで照れる」
「だって……マスター、優しい」
あーうん、なんていうか、うん……。思いながら、ケントはおもむろにタッチパネルに宇宙港への座標を入力して、立ち寄り地に路面電車の駅を指定すると命令を出す。
「発進」
「アイ、マスター」
自動運転車をノエルが素直に発進させる。何はともあれ、三千万クレジットだ。
§
「こちらストーリエ商会、『カットラス』。ケンタウルスⅡコントロール、出港許可を」
「こちらコントロール、滞在時間八時間ですか? えらく短いですね」
「貧乏暇なしでな」
軽口を叩きながらケントは次々にコンソールにグリーンランプが灯ってゆくのを見守る。
「ところで、鉱山ギルドの輸送船に友達が載ってるんだが、どのくらい前に出港した?」
「ああ、海驢号なら、三時間ほど前に出港しましたよ」
口の軽い管制官で助かった……。思いながら、ケントはキーボード入力でノエルに指示を出しステンガルド岩礁への最短航路を計算させる。
「同タイプの汎用貨物船の速度から計算すると、最大戦速でステンガルド岩礁の手前、一・二光秒の地点で追いつけます」
「でだ、ノエル」
「なんでしょう?」
チェックリストの中、貨物の項目に、冷蔵コンテナがあるのを見つけ、ノエルに尋ねた。
「そのコンテナはなんだ?」
「中身はMalus pumilaです」
「判る言葉で頼む」
「リンゴです、お父様からのお土産だと、姉様からのメッセージが入ってます。書類も全て姉様が揃えて、ストーリエ商会への領収書も発行済です」
ノエルが用意した適当なダミー貨物かと思いきや、ルドルフからのお土産らしい。
「危険物が無いかチェックを」
爆弾だった時は厄介だと、ケントはノエルに貨物のチェックを命令する。
「スキャン、危険物、爆発物はありません」
「リンゴなあ……スカーレットの婆さんには、いい土産だろう」
「やっぱりマスターは小さい子が好きなんですね、不潔です」
「だからどうしてそうなる」
ブザーが鳴り響き、大気加圧桟橋が引き込まれると、ストーリエ商会所属『カットラス』こと、『フランベルジュ』が、電磁投射カタパルトで星の海へと押し出されていった。
§
ステンガルド岩礁はケンタウリ星系の商用航路の外れにある小惑星帯で、主にニッケル鉱石が産出される鉱床だ。宇宙塵の密度が非常に濃いため、鉱山ギルド以外に近づこうとする連中はほとんどいないといっていい。
「マスター、光学センサーで海驢号を確認しました」
「ノエル、ミサイル積んでたよな?」
「はい、マスター」
「弾頭は?」
「熱核、近接信管、質量、それぞれ二発づつです」
『フランベルジュ』の脇腹には、中距離ミサイルが三発づつ搭載可能な回転式ランチャーが装備されている。普段はチャフとレーザー撹乱フレークの詰まったデコイが積んであるのだが、今日はノエルの機転で久々に武装がされていた。
さて……海賊ごっこを始めるとしますかね……呟いて、ケントは頭の中でざっと作戦を立てると、ノエルに指示を出す。
「取引相手が何処かにいるはずだ、注意しろ」
「船舶識別確認」
「いや、パッシブで全周探査だ」
「アイ・マスター」
相手は軍産複合体だ、気をつけるに越したことはない。タッチパネルで座標指示をノエルに飛ばしながら、ケントはそう思う。
「オーケイ、ノエル、仕事の時間だ」
「アイ・マスター、ダンスを踊っていただけますか?」
「ああ、熱いルンバをな」
ステンガルド岩礁に海驢号が入りかけた所で、ケントは奇襲をかけた。こちらの素性を掴ませず、一気に片をつける作戦だ。
「ECM発動、中距離ミサイル四連射」
「アイ」
封鎖突破船の面目躍如とばかり、『フランベルジュ』が大出力の前方レーダーを使って前方九十度の宙域に電子妨害を開始する。
不釣り合いに大出力の巡航艦用エンジン、ペガサス・マークⅢが有り余るほどの電力をノエルとレーダー素子につぎ込み、相手を電子ノイズの海に叩き込んだ。
同時に『フランベルジュ』の船腹から、中距離ミサイルが放たれる。
「敵艦よりエネルギー反応」
ここまでは織り込み済みだ。レーダーを潰されても、光学センサーは生き残っている。全周警戒すればミサイルを見つけるのはたやすい。
「突撃ラッパを鳴らしてやれ」
「アイ」
ノエルがECM波にのせて指令を出し中距離ミサイルの速度を調整する。
「質量起爆」
CIWSの射程ギリギリで二発の質量弾頭が破裂すると、直径五センチ、長さ四〇センチほどのタングステンの矢が小さなロケットモーターをひらめかせ、星屑のように海驢号に殺到した。
「熱核弾頭起爆」
海驢号号のCIWSが、殺到するタングステンの矢を必死でさばいているところに、熱核弾頭が小さな太陽を作り出し、さらなる電子ノイズと熱光学センサーを焼き切るほどの大量の熱と光の津波を叩きつける。
「近接信管起爆」
最後に、あらかじめノエルから正確な未来位置を入力されたミサイルが、近接信管を起動させ、海驢号のメインスラスターを吹き飛ばした。
「敵艦機関停止、慣性航行に移行を確認」
「あっさりと決まるものだな」
「すごいです、マスター、よくこんなズルイ方法を思いつくものだと感心します」
「ありがとよ」
ケントのような艦載機乗りたちが、太陽系星系軍の相手に使った手の応用だ。艦載機ではECMの出力が足りず、おまけに複数の機体の連携が難しいので、当時はまぐれ当り以外、ほとんど上手く行くことは無かったが、ノエルにかかれば朝飯前と言ったところか……。
「あの、何か私、いけないことを言ったでしょうか?」
死んだ連中を思い出したのが、顔にでたらしい。キュインと小さな音がして、コンソールに埋め込まれたカメラがケントを見つめる。
「いや、よくやった、ノエル、お前に頭がついてたら、撫でてやるところだ」
「ほんとですか? 約束ですよ?」
はしゃぐノエルの声に、ケントはコンソールボックスをポンポンと叩く。
「ECMの角度を絞って出力を上げろ、敵の通信を押さえ込め」
「アイ」
ここまで来て救難信号を出されてはかなわない、角度を絞ってECMの密度を上げると、ケントはフランベルジュをゆっくりと海驢号に近づけた。
§
「ノエル、レーザー通信、文字情報と音声回線、射程内に入ったらCIWSは潰せ」
「アイ・マスター、敵艦をクラックしても?」
「許可する」
ゆっくりと船を近づけたところで、案の定、CIWSがこちらを向く。
正確には、ピクリと動いた途端に、ノエルに潰された。
「てめえ、何もんだ!」
響くダミ声はミハイルだろう。このごに及んで意気軒昂なあたり、なるほど荒くれ者揃いの鉱山ギルドの長だけのことはある。
「それはどうでもいいミハイル。要求はひとつ、ラグランジェⅡから持ちだした物の返還だ」
「てめえ、軍警察か?」
ケントは答えの代わりに艦首レーザーの出力を絞ると、深緑に塗られた海驢号の艦首でに描かれた海驢のノーズアートを撃ちぬいた。
ズン、と小さな炎を吐いて、ノーズアートの描かれた外板がはじけ飛ぶ。
「まて、まて、まて、金なら払う、こいつが売れれば、大儲けだ、どうだ二割やろう」
泡を食うミハイルを他所に、ケントはノエルに声をかける。
「どうだ相棒?」
「事務所と同じですね、旧式です。この人たち頭に宇宙塵でも詰まってるんでしょうか?」
「バージョンアップは大事だな」
「サブフレーム制圧、貨物コントロール把握」
ケントの耳に通信回線を通じて、海驢号の船内でブザーが鳴り響くのが聞こえる。
「何が起きた?」
「親方、コントロールがきかねえ! 貨物デッキのハッチが!」
「てめえ、何をしやがった!!」
悲鳴にも似た乗組員の声に、ミハイルの怒号が混ざる。
「三十秒まってやる」
「了解、敵艦のメインフレームを完全制圧、カウントダウンを開始します」
合成音声の冷たい声で、貨物デッキからの退避勧告が流れ始める。
「クソッタレめ!! ダルコ達を貨物デッキから引き上げさせろ」
ミハイルの声にケントも息を吐く。別に好き好んで真空中に人を放り出したいわけではない。
「敵艦、貨物デッキを確認、噴射装置付コンテナを発見、スキャン、反物質リアクターの反応を確認、反応炉の形式、一致」
宇宙空間での荷物の受け渡しに使う噴射装置付コンテナにしまわれているなら、回収がやりやすくて済む。
「ノエル、さっさと回収するぞ」
「そうですねマスター、さっさと回収してお家にかえりましょう!」
「お……おう」
下船すると寂しがるノエルにしては、珍しい事もあるものだと思いながらケントは『フランベルジュ』の貨物ハッチを開く。
「三十秒です、貨物ハッチ開きます、コンテナ操縦系に侵入、制圧」
「二秒かからなかったぞ」
「大事なものを運ぶのに、十五年も前のセキュリティ使ってる方が信じられません、バカなんですかこの人たち」
大型貨物を運ぶ貨物船らしく、船の背中部分がパカリと大きく開く。文字通り三十秒で開かれた貨物区域の空気と一緒に、工具だの何だのと細々した物が一斉に飛び出してくる。
「十五秒下さい、回収します」
火花が上がってコンテナが切り離され、こちらへと向かってくる。たった五回の噴射でベクトルを合わせると、磁気吸着ワイヤーでノエルがコンテナを『フランベルジュ』に引っ張りこんだ。
「大したもんだ」
「えへへ、褒められました」
貨物がロックされ小さな振動が船を震わせる。ミイエルが口汚く罵る声を伝え続ける通信回線を切って、ケントは貨物ハッチのスイッチに手をかけた。
途端、フランベルジュの発信するECMをはるかに上回る出力でレーダー波が叩きつけられ、警報がなった。
「くそっ!」
叫びながら、ケントは艦首スラスターを全開にしてスロットルを叩きつける。
粒子砲の光芒に貫かれて、背後で海驢号が爆散、衝撃波が『フランベルジュ』を襲う。
「全周探査、発見! メリクリウス級高速戦艦です!!」
「損害報告!」
ノエルに叫びながら、ケントはフルブーストをかけて『フランベルジュ』の艦首をめぐらせる。大圏内航空機の宙返りのように輪を描いた『フランベルジュ』をケントは迷わずステンガルド岩礁に飛び込ませた。