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2 オー・マイ・ゴッド

 休日の廊下は寒々として、身を縮こまらせる疎外感に圧されるようだ。きっと、まるで知らない都会の迷路みたいに入り組んだ駅構内に放り込まれると、こういう気持ちになるのだろうと思う。

 三人分、青い爪先の上履きがリノリウムの床を踏む。上履きの色は学年別だ。

 小学校までは男子が青、女子が赤。床はフローリングで、張られた床と床の隙間にビーズなんかが挟まっていた。そんなことを、唐突と思い出す。

 これから数年後、高校を卒業してから、この擦り減るようだった一年間も、やはり「あの頃は良かった」と懐旧の情のうちに振り返ることができるのだろうか。

「ところで」

 百瀬が切り出すと、啓一郎は気持ち身を引くように歩調を変えた。僕ら三人は啓一郎を挟んで横並びに歩いていて、彼の陰に隠れて、それまで百瀬の顔が僕からは見えていなかった。僕より啓一郎の方が少しだけ背が高く、肩幅もある。

 啓一郎の他にも中学に友人はいたけれど、彼と連れ立つその場に三人目はいなかった。何故だか分からない。昼食の時間になれば啓一郎は何人かで学食へ向かったし、僕は僕で友人二人と机を寄せて弁当を食べていた。それでも、僕と啓一郎ともう一人誰か、という組み合わせは記憶にない。

 つまりは、不慣れなんだ。僕は。

 啓一郎が気を遣ってくれていなければ、きっと僕は百瀬の声に、啓一郎へ向けて応えていただろう。

 百瀬と目が合う。ぴんと張った糸のように、視線は真っ直ぐに繋がる。

「生徒会室の場所知らないんだけど、どの辺りなの?」

「離れのどん詰まり」

「離れのどん詰まり?」

 復唱して百瀬は口を噤んだ。口に入れてから大き過ぎると気付いたキャンディーを、噛み砕くこともできないまま舌の上に乗っけて困っているみたいに、百瀬は固く笑う。

「それじゃあ分かんねえだろ」

 啓一郎が後ろから肩を小突く。多分、手の形はグーだった。小突いたきり、啓一郎はまた身を引いた。「自分で言い直せ」と、そういうことらしい。

「部室棟三階の奥だよ」

「なるほど。確かにあそこは離れかな」

 ポンと手を打つ百瀬が丁度、額縁に入れて掛けられた我らが鳥辺高校の航空写真の前を横切った。

 四層のカタカナの「コ」に、開いている方を渡り廊下で閉じて「ロ」にした校舎、その陰にある平たい食堂、青いかまぼこ屋根の体育館。小さく収まっている校舎に対して、敷地の半分以上に広がるグラウンドの片隅、本棟から遠く離れた場所にぽつんと立つ鉄筋コンクリートの三階建てが部室棟だ。

「靴履き替えないと行けないし、遠いし。でも聞いたことない呼び方だね」

「俺と弥生の間でフザケて呼んでるだけだからな。そりゃ通じねえさ」

「そうなの?」

「そう」

 そもそも大抵の人は部室棟その物を差して呼ぶことがない。運動部は「部室」で事足りるし、僕も生徒会顧問の沢渡先生の前では「生徒会室」で話す。きっと先生は、離れの意味どころか、僕たちが話しているのも聞いたことがないはずだ。

「確か百瀬んとこも離れだったよな」

「あー……」

「百瀬さんのところ?」

「私、じょばすなんだよ」

「……女子バスケットボール部」

「そうそう」

 理解までに少しだけ時間を要した。「じょし」の「し」まで省いてしまうものなのか。

「女バスの部室は二階。なんだけど、練習が体育館だからあんまり使わないね」

「不便?」

 訊ねると百瀬は、丁度ポニーテールに括るだろう頭の後ろの高い位置に手櫛で髪を乱雑に掻き上げて、「うーん」と唸った。隠れていた首や耳の上の生え際が見えて、その上に手櫛から零れた髪がはらはらと落ちる。

「予備のシューズくらいは置いてるけど、練習する分には困るってことはないかな。着替えは更衣室でできるし……。部室の引っ越しするの?」

「屋内組が不便してるって話は結構聞いてる。でも代わりになる場所が無い以上、生徒会から要望を上げるのも難しくて」

 学園モノの漫画や小説で猛威を振るう生徒会と違い、鳥羽高校生徒会は現実的で非力だ。直接現状を変える力は何一つ持っていない。精々生徒の間で募っている不満と、その解消のための方策を考案し、生徒会執行部の顧問たる沢渡尚純に報告するのが関の山だ。

 僕の手を離れたその先で職員会議を通過させるために、最低限、提起する改善案は実現可能であることが望ましい。ただあれをしろ、これをしろと駄々を捏ねるだけでは何も変わらない。誰も動かない。学校は、教師は、人だ。納得させる必要がある。

 必然的に「活動場所がグラウンドでない部にとって部室棟は不便である」という問題の解決案は「本棟側に部室を移設する」ことになる。しかし本棟に部室に使える場所はないし、プレハブ小屋でも新しく建てようものなら費用が掛かる。提案したところで承認されるとは思えない。「今の部室をそのまま使ってください」と一蹴されることだろう。仮に新設の費用が下りるとして、丸ごと大移動を果たした後の空き部屋をどうするか。そこまで考える……。

 一番の問題は、哀しくも、現状維持が最も楽だということだろうか。


 僕たちは昇降口で別れた。

 と、そう言ったのでは意図して誤解を誘っているようなものだ。

 下駄箱の区分けの都合上、三組の僕と二組の啓一郎たちは別々の辻へ入っていった。

 自分の割り当ての棚の正面を少し避けて上履きを脱ぎ、しゃがみ込む。体重を支える爪先に強く簀子の形を感じる。人が靴を脱ぎ履きする場所で頭を低くするのはあまり良い気持ちじゃないけれど、一番下の五段目の棚ではそうしないと勝手が悪い。下駄箱の扉を開けて上の段に上履きを入れ、下の段のシューズを取り出す。

 ふと、下駄箱の壁越しに二人の話し声が聞こえた。それはほとんど吐息と変わらない、耳朶にも触れずに後ろへ流れてしまうような潜めて微かな声だった。最早声より音に近い。啓一郎の掠れた低いものと、これも掠れていて、けれど女子らしい高さがある百瀬のもの。二種類の声の区別は付けられたけれど、会話の内容は単語のひとつさえも聞き取れなかった。元より聞く気がないなら、尚のこと。携帯電話で話しながら通り過ぎる人が皆、外国語を喋っているように聞こえるみたいに、自分が話す言葉と同一のものと思えないのだ。

 スチールの下駄箱の扉は薄く軽く、閉じ切る時には空洞を叩くような音を昇降口に響かせて、それきり壁の向こうの会話も打ち切られたらしかった。

 靴に足を入れる。冷えているせいかなんだか指先が落ち着かない。靴の爪先でトントンとコンクリートの床を叩いていると、下駄箱の陰から啓一郎が顔を覗かせる。

「どした?」

「別に」

 足を下ろす。コンクリートの地べたはまるで踏み固められた雪みたいだ。靴の底から冷え冷えと沁みて、気を抜くと滑って転んでしまいそうな危うさを持っている。

「大丈夫」

「そうか? ならいいけどさ。行こうぜ」

 顎をしゃくる啓一郎の足元でコンクリートが日差しを反射して光っていた。降り敷く雪に光の粒がまばゆく弾けるみたいに。朝ほどではないにしろ、冬の日は眩しい。鋭く、目を突き刺すように飛び込んでくる。

 一歩踏み出す。履き慣れた靴は確かにコンクリートの面を掴む。滑るはずもない。コンクリートは一面曇りなく平たく延びているようでいて、しかし眩しさを堪えて目を凝らせばあちこちがひび割れていることに気付く。その奔放に走り、冬の白光に染まらない黒い亀裂が視界の何もかもを巻き込んで灰色にトーンダウンさせる。

 二歩、三歩と。両脇を下駄箱に挟まれた息苦しい通路を抜ける。啓一郎と同じ明るみまで進むと途端に風が通る。体が震えた。陽に当たっているからといって必ずしも温かいわけではない。止まっていれば風に熱を奪われる。逆に、夏の炎天下から物陰に入れば寒いとさえ感じるものだ。

「寒いねー」

 手を擦り合わせながら零す百瀬の口振りにそれを疎む気色はない。寒さのためか声は固く僅かながら震えているようだけれど、風除けになっている啓一郎の後ろで彼女にはそこはかとなく喜びがあるように思えた。

 季節は巡れど今日の後に今日なしということだろうか。それとも啓一郎だからだろうか。

 僕としては「全て世は事もなし」と日々の終わりを締め括れることを願うばかりだ。


 外縁の防球ネット沿いに大回りし、グラウンドの果てに僕たちは至る。

 直線距離を行ければそれが一番苦労がないけれど、野球部がグラウンドの全面を使って守備練習しているところを突っ切るのはあまりに挑戦的だ。部費の予算申請書の提出締め切りを守らなかった一点を以て、硬式野球部に良い印象がないとしてもだ。それに、硬球は時に大事故を引き起こすとAEDと共に語られたのは記憶に新しい。高校野球、打球、投手の左胸、そしてAED。マウンドに倒れたまま微動だにしないユニフォームの背中は痛々しく、マウンドに集まったチームメイトや審判員の無力に彼を囲む姿と、心臓マッサージとAEDの処置の後に担架に乗せられて退場する投手に向けられた盛大な拍手のちぐはぐした感じがとても不気味で恐ろしかった。 

 部室棟までの道程で今日の模試について話をした。

「緊張とか無かったね」

「学校だし、クラス混ざっても知らない顔じゃねえしな。俺はマークシートの方が疲れたよ。同じような楕円形をグリグリグリグリ」

「續くん、筆圧強いもんね。試験の手応えはどうだった?」

「まあまあそつなく、いつも通りじゃねえかな。百瀬は?」

「国語がね。現代文、特に小説問題は得意なんだけど、古文がさっぱり」

「英語は?」

「大丈夫」

「古文もやることは英語と変わんねえと思うんだが」

「日下くんは?」

「英語は第五問の問四から」

「から?」

「真っ白か。弥生は正答率は高いんだけど、一問に時間掛け過ぎて間に合わねえんだってさ。中でも英語は速読ができないからその傾向が強い」

「へえ、意外。定期試験だとどの教科も上位だって聞くのに」

「そもそも弥生はデキる方じゃないからな。勉強量で稼いでんだ。英語の教科書の本文とかパッセージとか丸々暗記してるよ、こいつ」

「暗記じゃない。反復しているうちに覚えただけ。ちゃんと理解してる」

「はいはい。ともかく、学校のなら問題ないのに模試で振るわないのはそういうこと」

「学校の試験は英語の長文が教科書そのままだから、読むのに時間が掛からないと」

「そういうケイはケアレスミス多いんだから見直ししなよ。僕と違って時間余るんでしょ」

「一度解くと満足するんだ」

 と、大体こういう話をしていると、辺境の部室棟に辿り着く。

 この部室棟が建った当時。建設機械のエンジンや油圧系統から来るアナログテレビの砂嵐スノーノイズというらしいを地表近くにぎゅっと圧し集めたような騒音が止んで、ブルーだかグレーだかの防音防塵のシートが取り払われて、早朝と日没に工事関係の大型車がサスペンションを軋ませながら出入りしなくなった、その当時。外壁材のモルタルは雨に当てられた黒ずみもなく、ひびも剥落もなく、新品の部室に生徒は心ときめかせもしただろう。部室に踏み入れた第一歩は諸手を挙げて万歳しながらだったかもしれない。

 今では仕上げのモルタルは風化し、ひびどころでなくぼろぼろに大きく口を広げていて、コンクリートの素肌が顕になっている。それも随分汚れて見える。

 部室棟は三階建てだけれど横に広がりがなく、こぢんまりとして、鉄筋コンクリートの造りにしてはどっしり構えるような重たい感じが物足りない。

 一階は吹き曝しになっていて、グラウンドで練習する部活がスパイクシューズのまま入れるようになっている。室内ではロッカーの前に簀子を敷くなりしているのだろう。

 棟の方端に小さな折り返しの階段があって、その踊り場が男子トイレが繋がっている。女子トイレはその上の二階と三階の間だ。

 階段を上り切って三階。手前から女子テニス部、バドミントン部、陸上部。この並びの一番奥に生徒会が入っているのはこれもまた場所がなかったとかそういう問題なのだろうと思う。

 前年度の代も、それ以前の代も使ってこなかったのだろう。引き継ぎが終わるまでの活動は本棟の多目的教室や選択教室で行われ、完全に運営が切り替わってから初めて足を踏み入れた生徒会室は過去の余った資料置き場になっていた。

「ケイ」

 生徒会室の鍵を手渡す。

「先に行ってて」

「おう」

 行こうぜ、と百瀬を促して啓一郎は生徒会室へ向かう。

 僕は階段を引き返す。


 二分後。

 生徒会室は底冷えしていた。橋の路面が一際強く凍結するように、階下が空洞だからだろうか。教室と違って人が訪れず、留まらないからだろうか。部屋で唯一の暖房である電熱ヒーターが赤々と熱を放っているけれど、六畳はある空間には力不足で、ヒーターを囲んでパイプ椅子に座っている啓一郎たちの膝は寒そうだった。

 啓一郎がいそいそと立ち上がる。コーヒーを淹れるのだ。生徒会室には啓一郎が無断で持ち込んだコーヒーメーカーがあり、わざわざ豆やら水やらを鞄に潜ませて啓一郎はここで淹れる。用意やコーヒーがらの処分で手間が掛かることをしなくても家で淹れてマグボトルなり保温容器で持ってくれば、と思うけれど、彼なりのこだわりがあるのだろう。

 コーヒーメーカーは普段、目隠しと埃避けに無地の布を被せてはいるが、コーヒーの香りまでは隠せない。今日こうして部屋に入った瞬間も積み重なってきた匂いが微かに感じられた。しかし、撤去を命じられたことはない。沢渡先生が生徒会室に来たことがまず一度もないのだから。

 コーヒーメーカーと部屋の対角に位置する机ではブラウン管ディスプレイの一体型パソコンが準備万端で待機している。この古いパソコンは起動だけで二分待たされることもざらなのだが、啓一郎が電源ボタンだけ押しておいてくれたおかげでその煩わしさは回避できたようだ。

 パソコン前の椅子の座面に四つ角揃えて畳み置いてある布を手に取る。それを、所在なげに視線を生徒会室のあちこちに投げている百瀬のところまで持っていく。

「百瀬さん。これ、僕が使ってるのだけど」

 濃紺のチェック柄の、フリース生地の膝掛けを差し出す。

「よかったら使って」

「いいの? 日下くんは寒くない?」

「スカートよりは……」

 独り言のように声がぼそぼそとなってしまってちゃんと聞こえたのかわからないけど、百瀬は膝掛けを受け取ってくれた。

「じゃあ。ありがとう」

「うん」

「結構色んな物があるんだね、生徒会室って」

「勝手に持ち込んだ物も多いけどね」

「コーヒーマシンとか、膝掛けとか? パソコンも?」

「流石にそれはここにあったやつだよ。埃被っててちゃんと動くか不安だったけど。横の小さいプリンターは持ち込み。このヒーターは学校ので、あと、そっちの時計は私物」

 生徒会室は雑多に物で溢れている。

 二つ合わせた会議机には整理し切れずにいる書類が小さな山を築いている。大分終わりが見えてきたなと、最初の惨状を思い返し比べて感慨深く思う。長年放置されてきた雑書類なのだが、処分すべきか、それとも後のために保管しておくか精査しながら山肌を削ってきた。こればかりに時間を割くことができなかったから、進捗は遅々として、ここまで引き摺る課題になっていた。

 壁のある一面に組まれた無骨なスチールラックには段ボール箱やプラスチックの衣装ケースが突っ込まれている。書類はもちろん。マイクや延長コードがスパゲッティみたいに絡み合った箱や、文化祭などで使われる暗幕が詰め込まれたケース、どの代の誰が使ったか不明な仮装の道具なんかも紛れている。

 またある一面には月間行事予定表のホワイトボードがある。本来は壁掛け用なのだろうが、壁に付けて置かれた机の上で立て掛けられていて、ムーミンだかスヌーピーだか分からない、なんだかふわっとしたキャラクターが右下でパンみたいな丸っこい手をこっちに向けて振っている。ホワイトボードのマーカーではなく普通のマジックで描かれているらしく、消せないままだ。

 文化祭のバザーで販売するために預かっている中古の制服がハンガーラックに掛かっている。出所不明のサッカーボールが腹八分の空気で机の下に転がっている。いつかの文化祭にゲスト出演してくださっただろう方々のサインがドアの上の僅かな出っ張りに立っている。誰のサインかは分からないし、そもそも僕には文字に見えない。

 百瀬に指差しで紹介しながら改めて生徒会室を見直す。あっという間に過ぎた一年だったけど、それでもやはり一年に相応した時間が、思い入れが詰まっている。

 そうこうしていると室内にドリップされたばかりのコーヒーが香り始めた。芳醇とか濃厚とか味わいとか趣があるとか、僕には言葉に出来ないけれど、啓一郎のコーヒーは好きだ。そうでなければ、コーヒーメーカーの持ち込みは止めていただろう。

「お待たせ」

 笑顔の啓一郎は湯気の昇る淹れ立てのコーヒーを僕たちに手渡す。

 紙コップなのは啓一郎が渋々妥協したポイントだ。


 手が冷えて、キーボードを叩く指の動きはどうしてもぎこちなくなる。

 僕はコーヒーを一杯貰って、飲み終わってからパソコンに向かった。電子機器の近くに水分は置けない。万が一が起きないとは言い切れないのだから、神経質なくらいが丁度いい。その代わりではないけれど、件のチョコレート菓子の封を開け、チョコの整列した紙のトレイを外箱から全部引き出してキーボードの左に置いた。一個目を食べてしまったので三掛ける四の右上が欠けている。ダース、マイナス一。

 僕が作業をしている後ろで啓一郎は昔の書類の整理を、何かしたいと申し出た百瀬にはその手伝いをしてもらっている。古い書類の要不要は前以て僕が判別していくらか山を切り分けておいた。保存する物はファイリングし、破棄する物はシュレッダーに掛ける。シュレッダーは職員室にあるような立派な電動の業務用ではなくて手回しのちゃちな物で骨が折れるから、そちらを啓一郎に担当してもらう。百瀬にはファイルと穴あけパンチ、パンチ穴を補強するシールを預けた。

 他にも、百瀬にしか頼めないことがあるにはあるのだ。

 でも、それを頼むことはできない。

 自分の仕事に取り組む。作業自体はとても単純で退屈だ。生徒会は大抵そういうものだけど、模試の後には更にも増してつまらない内容に感じ、またそれが救いでもある。今日はもうあまり頭を使うようなことをしたくない。

 チョコレートをひとつ口に運ぶ。脳が糖分を必要としているということもあるけれど、退屈の反動かどうにも口が寂しくて、つい手が伸びるのが早くなってしまう。

 後ろの二人も状況は似たようなものだろう。目の前に積まれているタスクの山をせっせと切り崩す。特別考える必要のない単純作業をライン工よろしく処理していく。

 僕がチョコレートを口にするように、二人は閑談を口にした。そして、啓一郎と百瀬の会話に僕が加わることはなかった。

 ここには教室と教室の間の壁くらいの隔たりがある。一年二組の出来事あれこれは映画を見終わった後に喫茶店で交わされる会話を聞いているみたいで、二人の共有しているストーリーが省略されていて像を掴めなくて、加えて立ち聞きしてしまったような後味の悪さがある。

 僕が積極的に会話に参加すれば二人は語るつもりで話してくれるだろう。例えば「すえ」という名前の生徒は男子なのか女子なのか。下の名前は。漢字でどう書くのか。どういう容姿で性格で、普段はどんな様子なのか。啓一郎なら脚色を施して、調子が良ければ身振り手振りも織り交ぜて。けれど、そうして水を差してしまうのを僕は望んでいなかった。

 舌の上からチョコレートが溶けてなくなって、また次のひとつに指を掛けたその時。

 ガチャ、と。

 ドアノブが捻られた音に身構える。振り返ると百瀬だけが部屋の景色から消えていた。貸した膝掛けは丁寧に畳まれて百瀬の座っていたパイプ椅子に置かれている。

「フクジュソウの花が綺麗に咲いてたんだってさ」

 シュレッダーのハンドルを回しながら啓一郎は戯けて言う。A4の書類はシュレッダーにばりばりと飲み込まれ、細切れの紙クズになって小さな透明の受け箱に積もっている。机の上に聳え立っていた書類の山をボトルシップのようなミニチュアにしたみたいだ。

「……そういう」

「そういうこと」

 僕たちの間では十分な言葉だった。

「随分静かに出て行ったね。見たらもういなかった」

「百瀬はそういう奴だよ。意外と奥ゆかしいところもあるんだ」

「意外かな。大人しいイメージだけど」

「いや、百瀬はもっとこう、エネルギッシュな感じだぜ?」

 内心首を傾げる。

 啓一郎の口から聞く百瀬裕は別人みたいだ。引っ込み思案とか穏やかとかならともかく、エネルギッシュや元気溌剌といった形容は彼女にそぐわなく思う。しかし当然、初対面の僕が啓一郎よりも百瀬という一人の女子のことを理解している訳がないから、彼が言うならきっとそうなのだろう。

 啓一郎はシュレッダーに溜まった紙クズをそっくりゴミ袋に引っ繰り返して「それじゃ」と諸手を上げ、その手を長い筒を持つようなポーズに構え直した。

「俺もちょっくら雉撃ちに出てくるわ」

「言わなくていいよ」

 似合わない発砲のパントマイムまでして見せてから啓一郎は出て行った。

 百瀬さんを見習ったらどうだ。

 一人になった生徒会室で、電熱ヒーターに手を翳しながら溜め息を吐いた。

 そういえば、百瀬さんは大丈夫かな。


「續くんは?」

「雉撃ちに行ってくるって」

 手と手を擦り合わせながら戻ってきた百瀬に僕はパソコンの前から答えた。温めたおかげで指がよく動く。

「またどうして」

「ごめん。トイレのことだよ。『お花摘み』と一緒」

「へえ、知らなかった。なるほど、續くんめ」

 実に啓一郎らしい言い回しというか、気遣いというか。

 しかし、二人きりになってしまってどうも気まずい。

「日下くんは何の仕事をしてるの?」

 百瀬はファイリング作業に戻ったらしく、背後で紙を取る音がした。

「卒業式の座席表作り。今は送辞の清書」

「座席表は先生たちの仕事じゃないの?」

「生徒会なんて先生の雑用係みたいなものだよ」

「でもあれだよ。トイレットペーパーを芯のあるのに変えたのは女子の間で割りと評判良いよ。芯がないのは最後の方がふにゃふにゃして使うの難しかったから」

「まだ一部には残ってるけどね。でもあれは……」

 エコを理由に芯がない物にされていた使い難いだけのトイレットペーパーを芯ありに変えた、正しくは戻した案件。

「そもそも女の先生からの要望も大きかったから」

 あの規模で学校を動かすには生徒会顧問の沢渡先生に要望書を託し、職員会議で通してもらわなければならない。

 しかし残念ながら、沢渡尚純という人は交渉ごとに向いていなかった。物腰の柔らかいあの人は、言い換えてしまえば対立する人に真っ向から立ち向かえない人だ。反対意見に気圧されて訴えを曲げないか。望みは薄い。単騎での勝ち目はほぼなかっただろう。

「エコだ資源だで取り入れて引っ込みがつかなくなってる頑固な先生を説得するのは、沢渡先生だけじゃできなかっただろうし」

 それに、「ストックが無くなったところから普通のトイレットペーパーに切り替えてくれ」程度の要求なら費用もさして問題にならない。

「難しいんだね」

 感心したように百瀬が言う。

 そう、難しいのだ。だから、要望書が僕の手を離れた後もたかがトイレットペーパーのためだけに、沢渡先生が抜け目なく発議し議論を優位に進められるよう要点を抑えたカンペを作成したり、助け舟を出してもらえるよう発言力のある先生に事前に助力を求めていた。こんな馬鹿馬鹿しい苦労をしていると誰が想像できるだろうか。

 変換を確定させるエンターキーが強く響く。当時の苦労を思い出すうちに力が入ってしまっていた。

 音がしなくなったことで百瀬の手が止まったと分かった。それを誤魔化すように慌ただしく、またわざとらしい大きな音をさせて作業が再開された。

「そういえば他の役員さんは?」

「来ないよ。他は全員二年生だし、嫌われてるから。仕事は全部僕がやってる。委員会の人たちがサボった分の穴埋めも、全部」

 無言の間を恐れてかは知らないけれど、それでも明らかに気を遣って投げ掛けられた会話さえも叩き落としてしまう。坦々とした作業の音が生徒会室を占領する。

 こんなの、八つ当たりでしかない。

 キーを叩く指を止め、椅子を一八〇度回して百瀬に向き合う。百瀬も作業の手を止めて、空いた手で胸ポケットに挿してあるペンに触れた。その仕草がとても不安げに見え、ひどく責められているような気持ちになった。

 いや、呵責は自分自身によるものだ。胸の真ん中で重たく膨れたやるせなさ、悔悟の念。その出処を百瀬に押し付けるなんて、そんな卑怯なことはない。

 僕は引き攣るように狭まっている声帯を時間を掛けてどうにか制御して、なるたけ声音を意識して百瀬に言葉を掛けた。

「チョコ、食べる?」

 百瀬は小さく吹き出して笑った。なんだか自分の頬がかあっと熱くなったような気がしたけれど、それよりも百瀬の手がペンから離れたことに、僕は安堵した。

「うん、ありがとう」

 僕がおずおずと差し出した紙トレイの上のチョコレートをひとつ、百瀬は優しく摘んだ。


 作業は一旦打ち止めて、電熱ヒーターの前に僕らは膝を突き合わせ、チョコを摘みながら少し話をした。百瀬との接点を探りながらの話だから、ちょっとこれが難しい。

 僕らに共通している点といえば、チョコか啓一郎かしか思い当たらない。こちらとしては登校中にコンビニに寄って買っているという後ろめたさがあるから(考えてみればこんなこと、学校に禁止されながら誰もがやっているようなことで、高校生になってまでこそこそと隠すほどのことではなかったのだが)チョコのことには触れてほしくない。だから、そちらに話が流れぬよう、僕から話を振った。

「百瀬さんはケイといつからの付き合いなの?」

 これは気になっていたことでもあった。

「小学校で同級だったの。中学は別々になったけど」

「やっぱり」

 百瀬が首を傾げる。ついでに人差し指をこめかみに当てもした。

「どうして日下くんは私たちが高校からの知り合いじゃないって分かったの?」

「呼び方だよ。あいつは今、初対面には自分のことを『ケイ』って呼ぶように言ってる。ケイはなんていうか、打ち解けやすい性格だから、大抵の人はそう呼んでるんじゃないかな。僕が知る範囲で、だけど。直接ケイと関わりがなくても、ニックネームとか、周りの人が使ってる呼び方って結構自然と浸透するものだしね。だから、もしかしたら百瀬さんは昔の呼び方のままなのかと思って」

「昔はそんなこと言ってなかったなあ。ニックネームも『つっきー』だったし」

 「つづき」が「つっきー」とは。小学生の考えることはよく分からない。

「徹底し出したのは高校からだけど、始めは中二の終わり頃だったかな」

 家とか長男とか、嫌なんだ。

 そう言い出したのは冬休み明け、三学期の始業式の日だった。表情か、声か。それとももっと別の瞳の奥の光とかそういう詩的な表現じゃないと言い表せない機微の変化が啓一郎に起こっていた。

 啓一郎とは中学からの付き合いでもう四年になるけれど、初詣というものには一度も一緒に行ったことがなかった。啓一郎には年末年始に續の家の親戚付き合いがあったからだ。

 續は親もその親も教師という家柄だそうだが、そこに本家と分家の話が絡んでくる。續は分家で、本家は鳥辺高校の理事だとか。両家の仲は険悪で、いがみ合い、比べ合っていて、續家の長子である啓一郎にも相応の期待が掛けられているらしい。

 時代錯誤な話だと、中一の冬に啓一郎から愚痴として初めて聞いた当時の僕はそれ以上踏み込んで聞くことはなかったけれど、その一年後、当人にとっては重苦しい現実なのだと分からされた。

 「啓一郎」と呼ぶな。

 何があったかは話さないで、彼はただ一言そう言った。切実な願いだった。

 僕はそれまでのように「啓一郎」と呼ぶのを止め、彼は次第に「とにかく笑えることだけをやろう」という「ケイ」になった。

「私もそう呼んだ方がいいのかな」

 腕を組んで百瀬は神妙な顔で唸る。

「あれはただのお願いだよ。小学生の時と同じ呼び方でも何も言ってこなかったでしょ?」

 頼みはするけどさ、事情を知らない人に強いる程のことじゃないって。

 きっと、啓一郎ならそう笑い飛ばしただろう。

 くぐもった振動音が断続的に鳴る。百瀬が自分の鞄のファスナーを開けて、その中に手を突っ込む。携帯電話を探しているんだろう。しかしこれは。

「ごめん。僕のだ」

 学生服のボタンを上から二つ外して内ポケットから携帯電話を取り出す。近頃ではガラケーとかフィーチャーフォンとか呼ばれるようになってしまった、古き良き薄型のスライド式だ。普段学校では電源を切っているけれど、生徒会室に来る前、トイレに寄った折に電源を入れていた。

 メールの着信。噂をすればというやつで、送り主は啓一郎だった。


  From:續啓一郎

  Sub:オー・マイ・ゴッド!

   トイレなう。

   紙がなくて考える人ポーズで絶望中。

   ついでに寒くって寒くって震える。

   悪いけど助けてくんない?

  (神と紙を掛けたギャグ!)

  (信心深い人に怒られるか?)


 ヘルプを求めてる割に結構余裕そうだった。

「啓一郎がトイレットペーパーなくて助けてくれって。ちょっと行ってくるよ」

「あ、それなら私も」

 百瀬が椅子から腰を上げて膝掛けを畳み直す。

「女子トイレの取ってくるよ」

「……なるほど」

 まずは間抜けな友人の救出を優先するとしよう。残る疑問はそれからだ。


 百瀬が持ってきたトイレットペーパーを僕が中継ぎして個室に閉じ込められている啓一郎に渡し、僕と百瀬は生徒会室にそそくさと戻った。トイレの前で待っている理由もなかったし、ヒーターを離れたばかりの身に外気は思った以上に寒かった。生徒会室にとんぼ返りして一番にしたのはヒーターの電源を入れることだった。

「いやあ、助かった」

 無事に帰還した啓一郎は爽快な笑顔で感謝を述べて、壁に立て掛けてあったパイプ椅子を一脚持ってきて僕の隣に開いた。彼の制服に沁み込んだ冷気が空気中に溶け出して、隣にいて少し冷たかった。

「ズボンを下ろす前に紙があるか確認すべきだったな!」

「そうだね」

 綺麗な話でもないからさっさと流してしまいたい。そんな僕の気持ちは露知らず、啓一郎は追及を始める。

「でもさ、弥生。ここ来る前にトイレ行って、そん時いつも通り備品のチェックしたんだろ? 紙がないって教えてくれてもよかったんじゃねえか?」

「それは……」

「そういえばね」

 と、百瀬。

「私がトイレに行った時、警備員のおじちゃんと会ったよ」

「百瀬さん、本当?」

「うん。『どこの部の生徒さん?』って訊かれて『生徒会の友達の手伝いで』って答えたら、『最後、電気と戸締まりだけしっかりお願いね』って」

「……じゃあその警備員さんが使い切っちゃったのかも知れないね。明日早いうちに補充しておくよ。今日は日曜日だから」

 部屋の時計を見る。

「事務も閉じてる時間だ。僕たちもそろそろ帰ろう。こっちもあとは印刷するだけだしね」

 立ち上がり、座っていたパイプ椅子を畳む。啓一郎が来て、百瀬と挟まれる形になったからこうやって退路を作らないと退けられない。

 スリープに入っていたパソコンを起こして送辞の文章にざっと目を通す。多少タイポ、誤変換やタイプミスがあっても最終的には自分が読み上げて終わりだから、印刷した後に鉛筆で赤ボールペンで修正しても問題はない。

 印刷の種類をカラーから白黒に変えて出力する。プリンターはカラープリント対応だけど最初から黒インクのカセットしかセットしていない。それなら白黒印刷に一々切り替える必要はないのかもしれないけれど、こういうのはちゃんとした方が機械に優しいのだと思う。

 プリンターがA4の用紙を少しずつ飲み込んで、僕だけでなく普通の人は絶対に使わない歯の浮くような畏まった言葉を少しずつ紙面に載せて吐き出してくる。印刷が終わるまでの間にパソコン周りを片付ける。

「百瀬さんも、悪かったね。折角の日曜なのに結構遅くなっちゃって」

「ううん。お構いなく」

 百瀬は途中だったファイリングを済ませ、その最後のファイルを棚に並べていた。啓一郎はゴミ袋の口を縛って閉じている。帰り際に収集所に出していくのだろう。

「百瀬は器用っていうか、几帳面だよな。パンチ穴のシール、俺がやると汚くなるんだ」

「そんなに難しくなかったよ? 續くんが雑なんじゃないの」

「ケイが雑なんだよ」

「マジか」

「マジ」

「大マジ」

 印刷した送辞をクリアファイルに入れて鞄に。送辞のファイルを保存してパソコンをシャットダウンさせる。

 これでこっちは終わり。啓一郎がコーヒーの片付けを終え次第、解散になる。それまではヒーターの前にいようか。そう思い、振り向くと。

「あの!」

 百瀬が胸の前で両手をぎゅっと握り締めてこちらを見ていた。

「告白してもいいですか⁉」

 その頬を染めている色は電熱ヒーターの光ではなく、正真正銘彼女の赤だった。


 百瀬は真っ直ぐ僕を見つめている。目を離さない。

「なんでしょう?」

 動揺していた。聞き返すその他には百瀬の目を見つめ返すしかできることはなくて、そうしていると、百瀬の頬は赤みを増していった。

「実は……」

 彼女は数度口をぱくぱくと、開いては言い掛けて閉じるのを繰り返してからようやく続きを告げた。

「『警備員のおじちゃん』なんていないんです!」

「あ、やっぱり?」

 これは啓一郎。コーヒーメーカーにカバーを掛けながらだった。

 僕は頭を押さえ、これまでになく大きな溜め息を吐いた。

「言っちゃったか……」

 百瀬は混乱して僕と啓一郎を交互に見た。

「えっ。えっ⁉」

「百瀬。弥生は多分全部分かってるよ」

「あのね、百瀬さん。百瀬さんが隠したがってるって、分かった上でこの問題はさっさと流してしまおうってしてたんだよ」

 椅子に座る。百瀬にも座るよう促す。長い話にはならないけれど、ちょっと脱力してしまった。一旦腰を据えて落ち着いた方がいい。

「学校のトイレットペーパーが芯なしから芯ありになった話をしたよね。その切り替えはストックが無くなり次第順次って形で、だからまだ場所によっては芯のない物が残ってるんだ。これは少しだけ話したっけ。

 部室棟がそのストックが残っている場所なんだ。しかも、男子トイレだけ。ここに入ってる部活、ここのトイレを使う部活って基本男子が多くて、面倒だからストック多めに入れてたんだよ。女子の方が、その、消費が早い、とか、そういうのもあるんだけど。

 なのに、百瀬さんが取ってきてくれたのは芯がない方だった。だから」

「うん……。男子トイレから借りました……」

 百瀬はさっきまで握り締めていた両手を今は広げて顔を覆っている。百瀬が隠そうとしていたのはそこだった。彼女は啓一郎と違ってちゃんとトイレットペーパーが十分にあるか確認し、緊急で、仕方なく男子トイレから拝借したのだ。百瀬は元あった場所に戻そうとしていたのに、運悪く啓一郎が男子トイレに入って行った。

 気付いたのは啓一郎からメールが届いた後、百瀬が率先して女子トイレのトイレットペーパーを取ってくると言い出した時点。百瀬は男子トイレにストックが無いと知っていた。

 しかし、問題はそれ以前にある。

「僕も悪かったんだ。……残りが少ないって分かってたのに百瀬さんに注意もしなかった」

 きっと百瀬が生徒会室を出る前に一声掛けてくれていたとしても、僕はこのことを注意できなかっただろう。僕が隠そうとしていたのもそれなのだから。

 仕事をしない美化委員の穴埋めもやはり僕がしている。仕事をしないのなら、こんな離れのトイレは尚更だ。トイレットペーパーや石鹸の補充、時には見兼ねて掃除をすることもある。その範囲は男子トイレだけでなく、女子トイレもだ。

 今日に限っては百瀬に頼むこともできた。けれど、もし訊ねられたらと思うとそれはできなかった。「いつもはどうしてるの?」と。

 僕たちは互いに、異性側のトイレに入ったということを知られたくなかったのだ。


 その後、僕らは寄り道をせず、無駄話も交わさずに下校した。

 百瀬と揃って耳まで真っ赤になっているのを別れるまで啓一郎にからかわれたけれど、二人とも言い返す程度の抵抗をする気力もなかった。

 ただ、そっちがその気ならこちらも水に流さずに、近い将来何か仕返ししてやろうと心に誓ったのだった。

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