第6話 NPC(ノンプレイヤーキャラクター)
大広間の扉を開けると、広い通路がまっすぐに伸びている。床は踝まで埋まってしまうほどの深く赤い絨毯が敷き詰められている。
そこに一人の男とその背後に四人のメイド姿の女が跪いていた。
男は、白髪にヒゲを蓄えた老人のように見える。ただ、跪いている状態でも彼の体が相当に引き締まっており、背丈も小さくないことが認識できる。
レイフェルが注視したことを確認するように、彼は顔を上げ声を発する。メイド姿の四人は俯いたままだ。
ゲーム解像度の設定変更が行われたのかもしれないが、彼・彼女達の姿は、かつてのゲームで見ていたよりも遙かに造形が複雑で、精密に造形されているように見える。いや、見えた。髪の毛一本、肌の毛穴さえも鮮明に見える。もはやポリゴン集合体のような作り物ではなく、現実の人間という存在にしか見えない。
男は執事のギャリソンだ。彼はギルド作成時のプレゼントとしてギルド用の家とセットで貰えたNPCキャラクターである。
執事という名前を聞くと多くの人が想像するような、いかにも執事というテンプレート的な外見をしている。
外見や名前、スキルは自由にカスタマイズできるため、当時ギルメンだった、【ざーさん】という自らを腐女子プレイヤーと名乗るウォーロックがリアルマネーまで投入して徹底的にカスタマイズしたと聞いていた。本来ならギルドのアイテム管理やギルドメンバー間の連絡、そして攻城戦での罠配置等を行うだけの職なのだけれども、高額課金アイテム等を使用し、戦闘まで参加できるように設定してしまっていた。
スキルやレベルだけでいうなら、アイテム等の加護によりギルド城に配置された守護者より強く設定されているらしい。
そして、彼の背後に控えている四人はギルドで雇っている……いや、制作されたメイドだ。もちろん、全員が女性キャラである。ゲームプレイヤーの大半が男性であることから、これも当然のことなんだろうけど。
かつてのゲームでは、消耗品の売買仲介や装備精錬、露天代行、ワープポータルなどの業務を行っていたNPCキャラクター達である。このギルドでは10人のメイドがいるのであるが、執事のギャリソン同様、彼女たちは課金さえすれば様々なカスタマイズができるため、着用しているメイド服やアクセサリーだけでなく、その顔などの外見、さらには所有するスキル、さらにはステータス付与も可能となっており、ギルド攻城戦においては戦闘の補助もこなせるように設定されている。
もっとも、最盛期のこのギルドにおいては、あらゆる敵対ギルドが攻城戦において侵攻をかけてきたが、誰一人城の中に入ることさえできずに撃退していたため、彼・彼女が戦闘に参加することはなかったのだが。ゆえに、彼らのカスタマイズ作業に参加していないレイフェルは、彼らがどのような能力を持っているかは、あまり知らないのだった。
「レイフェル様、ご命令をお願いします」
恭しく執事が問いかけてくる。バリトンのきいた渋い声だ。
「え? 」
と、レイフェルは驚きのあまり声を上げてしまった。
「何かございましたか? 」
不思議そうな顔でギャリソンが彼を見る。
「い、……いや」
動揺を悟られぬようにするのが大変だった。実のところ、衝撃が全身を貫き、一瞬ではあるものの悲鳴を上げそうになっていた。
何が大変かというと、ゲームにおいてのNPCキャラクターには、常にプレイヤー側から指示をしていたわけで、何もない状態でNPCから問いかけてくることなどありえなかった。そもそもが、こちらの問いかけに対しても、あらかじめプログラムされた定型的な受け答えしかできないはずなのだ。確かに人工知能を導入して会話をある程度こなすキャラクターも作成されていたが、それは運営側がイベント用に配置したNPCキャラクターのみであった。
それが、なんとレイフェルに話しかけてきている。しかも、動揺した時に、どうしたのかと心配するような素振りまで見せているのだ。こういった機能は、無かったはずだ。これは、どういうことなのだろう。
原因は分からないが、無い想像力をフル回転させて考える。ゲームサービスが終了して、自分が閉じこめられてしまったことと関連があるのかもしれない。
「ギャリソン……外の様子は、分かるのか? 」
気になっていたことがあるので、まずは、そちらの疑問と合わせて試してみる。
「は。……残念ながら、先ほどの異変が起こって以降、領土の外の様子が魔水晶に映らなくなりまして。現在、原因を究明中なのですが、全く見当もつかない状態なのです」
魔水晶というのは、いわゆるモニタのようなもので、あらかじめ設定した任意の場所の映像を見ることができる機械のことである。
「先ほどの異変とは、……何か? 」
レイフェルは心当たりの無い異変について問いかける。
「レイフェル様は、お感じになられませんでしたか……。確かに、レイフェル様がいらっしゃった部屋には外部の全ての音や現象を遮る結界が施されていましたから、気づかれなくても仕方ありません。実は、先ほど……時間にして、深夜0時において、瞬間的ではありますが」
執事の話を聞いて、異変の重大さに気づいたレイフェルは思考をフル回転させる。
「ギャリソン、十柱との連絡は取れるか? 」
十柱とは、ギルド城を守る10人のNPCキャラクターの総称である。ゲームプレーヤと同じレベルは150であり、城を守る存在であることから、ギルドメンバー達により惜しみなく資金をつぎ込んで制作されている。天使、悪魔、吸血鬼、魔神、龍、亜人、人間、機械等から作成され、全部で10名いることから十柱とギルドでは読んでいる。名前だけ日本神話の天地開闢から拝借しているらしい。
それぞれの能力は、ギルド城においてはその結界の加護を受けることから、プレーヤーに匹敵する程の能力を発揮することができる。守護者としては最適の存在だ。
「全員、現在も部署において警備中でございます」
「分かった。お前は十柱全員に連絡を取り、ギルド城の状況を報告させてくれ。城内に問題が無ければ部下達を使っても構わないから、ギルド領地の全域の索敵を行うよう指示してくれ。まずは、危険の有無、あればその大小を確認する必要がある。……よし、大至急、行ってくれ」
「御意」
瞬時に執事は消失する。
「それから、お前達は……」
レイフェルはメイド達の方を向く。
一人の少女が顔を上げる。
どうやらこの四人の中では一番役職が上の子らしい。
「お前達はここに待機し、集まった情報をまとめるように」
「かしこまりました。レイフェル様は? 」
「僕は城の外に出る……」
「そ、それは危険です」
メイド姿の少女が心配そうに声を上げる。
「まだ外がどうなっているか分かりません。十柱のみなさんやギャリソン様の報告をお聞きになってからのほうが良いと思います」
その表情は本気でレイフェルの身を案じるように不安気だった。少し涙ぐんでいるようで、見ているこちらが苦しくなってしまうくらいだ。
それにしても、ゲームとは段違いの表情の豊かさをするし、感情表現も本物の人間と変わらない。そんな冷静な目でも彼女たちを見てしまう。ほのかに漂ってくる香水の香りを感じ、やはりここはゲームとは異なる空間なのだと思ってしまう。
バーチャリアリティとはいっても、匂いまでは再現できていなかったのがゲーム世界だったのだから。
「大丈夫だよ。僕はそれほど弱い訳じゃない。お前たちだって知ってるだろ? 」
「す、すみません。決してレイフェル様が弱いなんて思っている訳ではありません。そんなつもりじゃないんです。ほ、本当に失礼しました。申し訳ありません。許して下さい」
大げさな動きで何度も何度も頭を下げるメイドの女の子。まるで、レイフェルの気分一つで命が消されるとでも思っているような慌てようだ。
ゲームでそんな乱暴な態度などしたこともないのだけれども、やはりゲームとは違うのかな。
そんなことを思いながらぼんやりと少女達を見つめる。
「レイフェル様、私からもお願いします。この子は悪気があって言ったのではありません。どうかお許しください」
隣の少女も必死になって訴えてくる。
「……ああ、ごめんごめん。全然気にしていないから、大丈夫だ。驚かせてすまなかったね」
できるだけ優しい感じで話しかける。
「あ、ありがとうございます。ありがとうございます」
涙をぽろぽろと流しながらメイドは頭を何度も何度も下げている。彼女を庇った子も自分の事のように嬉しそうにしている。ふと見ると他の二人も少し涙ぐんで、ほっとした表情を浮かべている。
しかし―――。
自分の態度一つで少女達は怯えたり驚いたり泣いたりするらしい。通常世界とはまるで違うほどの自分の存在というものの影響力を実感し、ちょっと怖くなるレイフェル。あまり雑な対応をすると、良くないらしい。ゆっくりと慣れていって貰わないといけないようだ。これ以上長くいると、いろいろと面倒くさそうだ。ギャリソン達が一緒じゃないと、何が起こるかわからない。
「では、僕は少し外の様子を見てくるよ。お前たちはここで待機しておいてくれ」
そう言うと、システムメニューを立ち上げて、造物主としてのコマンドを実行する。
「ギャリソンも僕の指示があるまでは、現状把握に専念しておいてくれ」
【空間移動】
瞬時に空間が歪む―――。